37話 おれたちって、みんなあんまり性別を意識させる名前じゃないんですね
この怪奇現象、つまり豪雨と停電と洪水がおさまったら、俺たちは光の訪れ・回復とともに闇に帰ることになるだろう、と、真・樋浦遊久先輩(首)は言った。物語部の部員は、物語に関する情報は共有していても、解釈は共有していない。ふたつの異なる世界で、真と自称する世界の人間は、闇の力を真と信じているのでそういう解釈が可能である。
「要するに、長くて数時間で、この、首から上の俺は、元の首から下の胴体につながるだろう」と、真・遊久先輩(首)はその首と、おれたちの物語部の遊久先輩の胴体とのつなぎ目の、赤く線のようになっているところをなでた。
「とりあえずもう、トイレは済ませてあるし、入浴の時間までには悠々間に合うはずだ。しかしこの胴体、なんかせっかくの女性体なのに、全体から漂う残念感はひどい。どうせ次の文化祭の女装コンテストでは、似たような服をまた着ることになって、今度は3着なんだろうな」と言いながら遊久先輩(首)は、男子がさわったら叩かれるか逮捕されそうなところをさわったりしていた。
「えー? すごく可愛いですよ遊久先輩! ちなみに1位と2位の予想は誰なんですか?」と、物語部サポーターで現役高校生のアイドル声優(という設定)の松川志展は聞いた。いつもの遊久先輩とは違う(のは当然で、クールな性格のうえ男子の真・遊久先輩(首)だから)言動に、なんか目をきらきらさせている。
「2位は去年は1位だった千鳥紋、今年の1位は樋浦清、と言いたいところだが、あいつはいつも女装しているうえに、コンテストとかそういうのと関係ないから、ってんで、多分レジェンドの清の友人・藤堂明音かな」
「でしょうね。ところでおれたちって、みんなあんまり性別を意識させる名前じゃないんですね。ツヨシとかムサシみたいな」
物語部の6人は、樋浦遊久・年野夜見・千鳥紋・樋浦清・市川醍醐・立花備。
そのサポーターは、今のところ松川志展・関谷久志・藤堂明音。
きっとおれたちが違う世界で、違う性別で活躍する物語も、作者の脳内にはあったりするんだろう。
おれたちはだらだらと話をしながら、調理室のある階から階段をのぼって物語部へ戻ろうとしていた。冷蔵庫をもう一度見たら、ひょっとしたら去年の夏、海水浴のときに忘れた忘れ物みたいに、うまいこと冷えたスイカが見つかるかもしれないからだ。
しかしおれは、遊久先輩(首)が言ったことが気になって足を止めた。
「遊久先輩、ところでさっきなんて言いましたっけ?」
「多分レジェンドの」
「その前は」
「いつも女装」
「その前」
「今年の1位は」
「その前」
「女装コンテスト」
「その前」
「残念感」
「その前」
「入浴の時間までには」
「その前」
「謝ってあげるわよ」
「………………前すぎるんで、すこし先」
「あのなあ、そんなにいちいち自分が言ったこと覚えてる人間なんて普通はいないぞ。トイレは済ませてある、かな」
「それそれ、それですよ! 真・物語部からこの世界に来た真・物語部員で、真・遊久先輩だけが冷蔵庫の冷やしハーブティーを飲んだんだ。関谷、お前が男子トイレに行ったとき、個室のひとつが使われてなかったか?」
そうか、と関谷は思い出した。
「俺も使うつもりだったから覚えてるぞ。なんで聞かなかったんだよ」
おれたちはこそこそと階段をのぼって、左に行けば物語部と図書室がある階を、こそこそと右に行った。その方向にはトイレと、ゆとりルーム、じゃなくてふれあいルームがあるはずだ。
そしておれたちは、その部屋のテーブルに横たえられている眠り姫を見つけた。




