35話 これは、霊的・超越的静止状態にある肉体と察する
おれと物語部の顧問で神でもあるヤマダ、元物語部で美少女探偵(名探偵かどうかは不明である)のルーちゃん(ルージュ・ブラン)先輩、そして物語部サポーターの松川志展と関谷久志は、物語部の下の階にある調理室に入った。調理室の明かりはおれがつけたままの状態で、樋浦遊久先輩の体と思われるものは引き続き、調理台のひとつの上に、首のないままで横たわっていた。
松川は息を飲み、関谷はおれの胸ぐらをつかんで聞いた。
「どういう意味だこれは、立花!」
普通なら質問されたら喜んで説明するんだが、これに関してはおれも、わからん、と言うしかなかった。わかるのは、おれに遊久先輩が守りきれなかったということだけだ。
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豪雨と停電、そして連続殺人犯の逃走、ルーちゃん先輩が来る前に、おれたち物語部の部員同士で各人が「こわいと思われるものの話」をしていたときと同じ怪異が、リアルに現れている。どう見てもスイカにしか見えない生首、失敗した映画のカットの取り直し、意味を持たない壺、そのときはいい考えだと思ったサボテン、か。
そして樋浦清とおれは、そこでは自分のこわいものが何であるか話さなかった。
そして多分、おれと清とは、同じものがこわいはずだ。
おれは、清と市川醍醐に通知を送った。
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「これは、霊的・超越的静止状態にある肉体と察する」と、ルーちゃん先輩は、おれには遊久先輩の生首のようにしか思えない物体を別の調理台に置き、遊久先輩の体と思われるものをあれこれ調べたあげくに言った。
「そして、もし仮にソナエが言ったことが本当なら、このスイカ、ソナエはユクの首だと言い張っているが、それをこの体とつなげれば、ユクは元通りになり、ヤマダが今おこなっている行為は無駄になろう」と、ルーちゃん先輩は言った。
ヤマダは何をしているかというと、調理室の特別なところにしまってある包丁をなんとかしようと、錠をいじくっている。どうも神の力の一部を失っているヤマダにはうまいこと開けられないらしい。
つまり、遊久先輩が元に戻ると、スイカはなくなって、包丁を手に入れようとしているヤマダの行為は意味がなくなる、ということである。包丁が手に入っても、切るものがない。
おれは、ルーちゃん先輩からスイカあるいは遊久先輩と思われる生首を受け取り、前と後ろを間違えないように、まあすこしぐらい曲がってても大丈夫だろうな、と思いながら、首のない胴体に近づけた。
胴体の切断面と生首の切り口からは、くっつけたとたん鋭い白色光が出て、全体が淡い燐光に包まれたと思うと、半開きの白目は一度閉じられ、ニ、三度まばたきしたあと、はしばみ色の通常の遊久先輩の瞳になった。
この時点で、おれはようやくその首に感じていた違和感に気がついた。
照明の加減で気がつかなかったが、遊久先輩の生首のようにしか思えなかったそれは、実際に知っていた遊久先輩の、はしばみ色の髪の色よりはやや薄くてみじかく、開かれたその目は遊久先輩より落ち着いていた。
これは、真・物語部の、真・遊久先輩の首だったんだ。
真・遊久先輩は、遊久先輩の上半身を静かに起こすと、首のまわりを右手の人差し指と親指の二本でさわった。胴体とつながっているその部分にはひと筋の、赤い輪が残っていた。
そして、真・遊久先輩(って、首だけはそうなんだけど、なんて呼べばいいんだろう。真・遊久先輩(首)かな?)は調理室の床にすたっ、って感じで降りて、さらに両手をついて、おえっぷ、って感じでえずいた。
その口からは、大きさは数センチほどのアオガエルが飛び出し、おれたちが固まって立ちすくんでいる間に、なんのひねりもなく床を、普通のカエルとなんら見分けがつかない動きで跳躍しながら、目の前から消えてしまった。
「茶番だな」と、真・遊久先輩(首)は、口の端のよだれを手の甲でぬぐいながら言った。
では、いったい真ではないほうの遊久先輩の首と、スイカはどこにあるのだろう。
「包丁がどこにも見当たらない。誰かが持っていったか、隠したかしたんだな」と、ごそごそ別行動をしていたヤマダが言った。




