34話 樋浦清に気をつけろ
物語部から階段を降りて、照明がつけっぱなしの調理室に行く間に、物語部の先輩であるルーちゃん(ルージュ・ブラン)先輩は、聞き役である物語部サポーターの松川志展・関谷久志のふたりに、とても簡単に岡本綺堂『西瓜』のあらすじを語ってきかせた。
物語部の部員は、転校した人間やOBも含めて物語に関しての知識をある程度共有している。記憶としてそれなりにしっかりしているか、薄ぼんやりと読んだ記憶はあるんだけどなあ、という違いはある。ルーちゃん先輩は、あー、その話なんだー、って、すぐに思い出してくれた。
先頭は物語部顧問のヤマダと関谷で、ふたりは霊的・物理的攻撃に備えながら用心して歩いた。
その後を松川とルーちゃん先輩が、へーそうなんですか、そうなのだ、と感心したりさせたりしながら歩いた。
おれは最後尾をひとり、これはどういう意味があるのか考えながら歩いた。
ルーちゃん先輩を含むおれ以外の全員が、おれには樋浦遊久先輩の生首にしか見えないものをスイカだと認識している。岡本綺堂の話では、その認識の歪みをもたらすものは「妖」であり、風呂敷包みで包んだり広げたりすると、スイカになったり生首になったりする。
だとすると、おれに必要なのは風呂敷か。
*
物語部の一年生の、別の探索チームである市川醍醐・樋浦清は、いくつかの3年生の教室を回って、明かりをつけたり消したりして、雑な調査を続けた。真面目に調査をすると、いきなり逃走した連続殺人犯に即座にふたりとも殺されるかもしれないからな、と、市川は思っていた。
いきなり携帯端末が振動したので、市川は驚いて身が固くなった。これは、一番鳴ってはいけないときに携帯端末が鳴る、あまり頭の良い人向きには作られていないサスペンス映画と同じだな、と、市川は思った。
市川が受け取った通知は、立花備からのもので、その1行の通知は奇妙で戦慄を招くものだった。
『樋浦清に気をつけろ』
これを正しく解釈するなら、殺されないように気をつけろ、という意味なのか。
立花備が常に嘘を言う人間なら、それは「おれ(立花)に気をつけろ」という意味だろう。
常に正直な人間なら、通知通りの意味だろう。
しかし、それが曖昧な人間なら、「自分でこの意味を考えろ」ということだ。
結局立花は、樋浦清に気をつける人間にさせようとしてるんだろうな、と、市川は判断した。
つまり、樋浦清に気をつけなくてもいい。
そして市川は、ほぼ同時に樋浦清も携帯端末の画面を見ているのに気がついた。
その顔は、携帯端末による青い照明より、さらに青く見えた。
「誰からの、何ていう通知でした?」と、市川は聞いた。
「え、えっと、備からで、おいしいスイカが冷えてます、みたいな…」と、樋浦清は動揺しながら答えた。
「そうか。ぼくのと同じですね。3年生の教室を見終わったら、いったん物語部に戻りましょう」
市川は、樋浦清が受け取った通知についてはだいたい想像がついた。
『市川醍醐に気をつけろ』
そしてふたりは、さらに雑に、新校舎の3階、残りの3年生の教室を調べた。
その間じゅう、市川は、立花が何をどこまで知っているのか考え続けていた。




