33話 どう見てもスイカではないかこれは
物語部にいるべきはずの4人がいないのをおれは知った。部室の奥、窓際の中央、顧問のヤマダが座っていたパイプ椅子には、ヤマダが羽織っていた黄色いカーテンがくしゃくしゃに置かれ、窓ガラスには、ヤマダの席から見える非携帯端末のモニター画面が、反射して写っていた。部屋の照明は十分に明るく、十分に静かだった。
おれは、自分がつばを飲み込む音を確認すると、部室の入り口側から見た右側、アップライトピアノと並んで置かれている家庭用サイズの冷蔵庫のドアを開けて、見るべきものを見た。
白い冷蔵庫の中はやや黄色めの内部灯に照らされており(あまり青色すぎると食べ物がおいしく見えないらしい)、その通常の棚をひとつ外して、樋浦遊久先輩の生首と思われるものがあった。
その首は、冷蔵庫を開ける者と向き合う形で置かれており、薄く白目を剥いて、半開きの口から半透明の、白い泡の混じった液体をすこし垂らしていたが、切り口から血が出たあとがあるわけではない。色も特に青くも白くもない。単純に顔の表情だけ見れば、だらしない高校生がソファで寝ているだけのように見える。
とにかく、おれはその遊久先輩と思われた生首そのものの異状さには、冷蔵庫の中にそれがあること事態の異状さほどには気がつかなかった。
おれは冷蔵庫を、閉める前に冷蔵庫の中の生ぬるい水でも飲んで落ち着こうかと思ったけど、それはないだろうな、と考えなおした。
おれの推理では、遊久先輩と思われる首と胴体を、超越的な方法で切り離すことができるのは神ぐらいの超越的存在しかいない。そして、現在のところ神と認識されているのは、ヤマダしかいない。
つまり、犯人はヤマダだ。しかし、それは多分最初に、元物語部のルーちゃん(ルージュ・ブラン先輩)と来て、護送移動中の連続殺人犯が逃げた、という話をしたヤマダのほうだろう。
連続殺人犯は、今のところヤマダとルーちゃん先輩による伝聞でしか確認されていない。
おれは、市川醍醐が残しておいたタブレットをいじりながら、なすべきことをして、4人が戻ってくるだろうぐらいの時間を待った。そして騒々しく戻ってきた。
説明は以下のとおりである。
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まず、物語部のサポーターである松川志展が、どうもお腹の調子が悪いのでちょっと、と言って席を立ってとある場所(っていうかまあ、女子トイレですね)に行こうとするところを、ひとりで行動するのは危ないから、と、ルーちゃん先輩が一緒に行くことになった。
だったら俺も行く、と、剣道演劇部で剣道の達人だが、今のところあまりその能力が生かされていない関谷久志も男子トイレのほうに行くことになり、ヤマダは、ひとりだけ部室に残されるのは嫌だ、と言って行動を共にすることにした。
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要するにあれだな。冷蔵庫の冷やしハーブティーを飲んだ人間はみんなトイレに行く呪いがかけられる。いや、呪いってほどでもないんだけど。物語部員の何人かは、飲んでもある程度の耐性はあるみたいだが、部員じゃない人間はあかんわけやね。
おれは本当の犯人がわかった。
それはヤマダじゃなくて冷やしハーブティーを作った、おれと同じ物語部の一年生である樋浦清だ。
「どう見てもスイカではないかこれは。何をおかしなことを申しておる」と、ルーちゃん先輩は、おれにはどう見ても遊久先輩の生首にしか見えない物体を冷蔵庫から取りだして言った。
「そうですよ、何おかしいこと言ってるんですか。よく冷えてるし」と、松川はその物体をぽんぽん叩きながら言った。
「とりあえず人数分切らないとな、真・物語部のみんなも数に入れて。包丁はどこにあるんだ」と、関谷は言った。
「そうだよねえ。おれ以外の人間には、これ、スイカにしか見えないよね」と、おれは萎え萎えの気分で言った。
「包丁は調理室の秘密の棚にあるし、ぼくは万能鍵を持っているので開けられる。バラバラにならないで、みんなで取りに行こう」と、ヤマダは言った。
とりあえず、遊久先輩の胴体があるはずの調理室へは行ってくれそうなので助かる。
ふふふーん、と、ルーちゃん先輩は、スイカ(仮)を両手で、胸の間にはさまるようにして持って出ていこうとした。ふたつのメロンの間にあって、遊久先輩のようにしか見えない生首の表情はすこし緩んだようにも思え、口から出ていた液体の量もすこし多くなったように感じられた。




