32話 まず、記憶を失ったスタローンがメコン川を流れて来るんだよね
樋浦清は曖昧な疑いと合理的な無垢、そしてポニーテールにしたさくら色の髪、同系色の瞳を持つ妹キャラだった。
樋浦清のモデルは、リアルにもアニメにも存在しない。ピンク色の髪の子はリアルにはあり得ないし、アニメの中のピンク色の髪の子はだいたいツインテールにしていて妹キャラではない。
比較的近いのは『けいおん!』の平沢憂か、『てさぐれ!部活もの』の田中心春、特に後者はリボンがピンクのポニーテールなので割と似ているが、そんなアニメを苦い追憶と甘い感傷を持って思い出せる人は少ない。
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樋浦清と市川醍醐ふたりによる、連続殺人犯探索の担当は新校舎からということになり、新校舎と特別校舎・体育館とは渡り廊下・通廊でつながれている。3年生の教室は新校舎の3階で、通常なら露天になっている渡り通廊の屋上部分を使うのだが、豪雨のためとても無理なので、ふたりは一度特別校舎の2階に降りて、濡れない通廊を通り、新校舎の2階へ、そして階段を登って3階へ行くことにした。
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物語部のふたりとサポーターである新人アイドル現役高校生声優の松川志展は同級生で、同じクラスの物語部サポーターで才色兼備のレジェンド・藤堂明音を含めた4人はよく昼休みに食事を共にしていた。顔・性格・頭脳・体力ともに人より秀でていた4人はクラスで特に浮くことも埋もれることもなく、ありふれた高校生として毎日を過ごしていた。
しかし話す内容はいつも非日常生活で、「もしシルヴェスター・スタローンが桃太郎だったら(それは 『エクスペンダブルズ』。嘘です)」とか、「もしトム・クルーズがゴルゴ13みたいな水戸黄門だったら(それは『ジャック・リーチャー』。こっちは本当)という、最近見たり読んだりした映画・本をネタにした話ばかりなので、お笑い芸人のトーク番組みたいな感じで、クラスの他の(一部の)人たちは聞いているだけで参加してくれなかった。
「まず、記憶を失ったスタローンがメコン川を流れて来るんだよね。で、ベトナム人の老夫婦が助ける」
「犬は剣の使い手、猿はマーシャルアーツの達人、雉はスナイパーですね」
「きびだんごをショットガンに詰めて鬼に向かって撃つというのはどうでしょう」
「いやそれはおかしい、別に鬼はきびだんご苦手なわけじゃないだろう。撃つなら桃じゃないと」
「桃はどちらかというと手榴弾かな?」
樋浦清はたとえば、桃太郎を桃子にして、その本当の父親は鬼が島の鬼の大将で、父と戦う前に姉と戦って、ふたりが改心する、というような物語を作る。
それに対して市川醍醐は、村を焼かれた桃太郎が、邪神と契約をして覇王の鬼に対して復讐をする、というような物語を作る。
大ざっぱに言って、樋浦清は改心する勧善懲悪ハッピーエンドの物語、市川醍醐はダークヒーローで誰も救われない物語を書く。
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そんなふたりだが、物語部の顧問であるヤマダに言われて、学校内に潜む連続殺人犯を探す作業に関しては、お互い無口に進めていた。これがただの肝試しみたいなものだったら、吊り橋効果的にふたりの仲も急接近、となるところだが、そんなことはなかった。
廊下を渡り、階段を登って、ふたりは東端の3階、3年生の教室から見ることにした。
新校舎の北側には泥水で埋もれた校庭が見え、本来なら校外の街灯などがいくつか点灯して、薄闇の中の光点にもなっていたことだろうが、近隣の一斉停電から復旧していないため、そのような光は見えなかった。
市川醍醐は先頭を、LED懐中電灯を持って進んだ。薄いピンクのTシャツではやや寒すぎたので、えんじ色の学校指定のジャージを着込み、首から下げたホルダーの携帯端末でヤマダのほうへ中継動画を送っていた。
3年生の教室は、3年生っぽい匂いがするな、と、市川醍醐は思った。それは長い間この高校に通った人間たちが積もらせた匂いだ。3年間履き続けた上履き、持ち続けたバッグ、そして恋や失恋、汗や涙、怒りや苦痛といった思いから来る汗と涙とよだれ。二度と戻らない青春の体液。
市川醍醐は教室のドアを開け、樋浦清は教室の明かりをつけて、消し、またつけた。教室のすみずみを用心深く探すのは市川醍醐、それを撮影するのは樋浦清だった。
同じように見えながらもそれぞれ違う教室をいくつか回ったあと、ふたりはヤマダからの緊急連絡を音声で聞き、急いで物語部に戻ることになった。
(以上、語り手は年野夜見、の霊)
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階段を駆け上って、調理室から物語部に戻ったおれは、そこにいるべきはずの4人、つまり顧問のヤマダ、先輩で美少女探偵のルーちゃん先輩、サポーターの松川志展とその弟子で脳筋である関谷久志が消えているのに愕然とした。
ヤマダが座っていたはずのところにあった非携帯端末のモニター画面、それに市川がサブとして使っていた携帯端末のタブレットはつけっぱなしで、タブレットのほうは自動的にオフになるはずだから、いなくなってそれほど経っていないということだ。
タブレットには、大雨レーダーのサイトが表示されていて、その画像は学校を中心に集中的に真っ赤(つまり大雨)だった。




