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物語部員の嘘とその真実(夏休みの火曜日の午後、物語部員が巻き込まれた惨劇について)  作者: るきのまき
午後2時20分~30分 どんどん部員が殺される
30/72

30話 新部長になる予定の年野夜見は寡黙な働き者だった

 物語部の2年生で、新部長になる予定の年野夜見は寡黙な働き者だった。

 中学時代、上履きを隠されると来賓用スリッパを代用し、一人で掃除をやらされたら机と椅子の脚の裏まできれいにし、年野夜見の代わりにいじめられるようになった子のために一緒に上履きを探し、一緒に掃除を手伝った。誰にも相談せず誘わず、誰からも相談されて誘われたが、特定のグループとはつるまないで距離を置いていた。自分ではぼっちの謎キャラのつもりでいたが委員長キャラにさせられた。行けたら行く、とは言わず、行きます、と言った。上級生には愛され、下級生には慕われ、同級生には敬して遠ざけられた。多くの同性には好かれ、すこしの同性には嫌われていた。多くの異性には遠い距離感で話され、すこしの異性には近すぎる距離感で話された。

 年野夜見はどんな人間、どんな事象や物も好きだった。そして喜怒哀楽を表現することはめったになかった。人のために時間を使うのは好きだったし、人の話を聞くのは好きだったが、自分の話はすこしの人間に対してしか話さなかった。

 年野夜見が作っていた物語は映画のシナリオなので、陰影と奥行きと角度と音がない不完全なものだった。

 同じ一日が繰り返される話、男子と女子が入れ替わる話、事故で10分・80分・13時間しか記憶が蓄積できなくなってしまった男性や女性の話、難病で死ぬ少女あるいは死なない少女の話、いたはずの誰かを誰も覚えていないので当惑して探す主人公の話、異世界に転生して温泉とラーメンを作る話、登場人物が作者を探す話など、様々なテンプレの物語を作ったあげく、年野夜見は思った。

 テンプレの物語は、読むより作るほうが楽しい。

 そんな年野夜見は、作者によって、物語の都合で殺された。

 豪雨の中を走る野武士に斬り殺されるという、脇役的なテンプレで。

     *

 おれが物語を作るとき、考えてしまうことのひとつに、この物語ではすこししか出てこない人物、たとえば新入生の自己紹介のときに最初に話す女子とか、男子トイレで立ち話をする男子とかには、どの程度の物語を作るべきか、いや、作っておいたあと、どの程度物語に組み込むべきか、というのがある。

 たとえば、愛綾子さんは、いつも最初に自己紹介をする、という記号として、そりゃその子を扱うこともできますよ。温泉とラーメンが好き、というほとんど記号以上の意味がない性格設定もできる。でもそれでいいのか、みたいなことやね。街ですれ違う人、ライブの観客、同級生、先輩や後輩。記号以上の意味を持ちながら、物語のメインキャラクターほどには目立たないようにキャラを作ると、その人の、その人のための物語を作りたくなる。しかしまあ、ひとつの物語で普通に扱える人数の上限は、12人ぐらいですかね。

     *

 特別校舎の調理室のある階、男子トイレの前で、女子トイレに行った樋浦遊久ひうらゆく先輩を待ちながら、おれは携帯で女子のトイレの平均使用時間に対する検索から、各高校の調理室、校舎の配置などまで検索範囲を広めて、これは物語作りに使えるな、と思ってたのだが、異状に気がついた。

 遊久先輩は、いつまで待っても出てこない。

 ほかの生徒がいる場合ならともかく、いや、いたとしても非常事態すぎるので、おれは女子トイレのドアを開けて飛び込み、個室のひとつひとつ、さらには掃除用具その他の備品が収納されているところまで調べた。

 遊久先輩はいなかった。

 落ち着け、と、おれはおれに言った。遊久先輩はここに入って、トイレの電気をつけた。

 ただし、トイレの電気は消えていない。LEDの照明が青白く、本来は薄黄色であるはずの、男子トイレと比較すると1.5倍ほど個室が多いそこをもう一度、丁寧になりすぎない程度に探している間、おれは生ぬるい汗を流し続けていた。

 かつて、手塚治虫担当の編集者は、常に3人で手塚治虫を監視していた。ふたりだと、ひとりがトイレに行っている間に、もうひとりの編集者が先生をどこかに連れていって、自分の雑誌の原稿を書かせるからだ。

 連続殺人犯の探索は、3人ひと組でなければならなかったんだ。

 あるいは少なくとも、男女の組ではいけなかった。

 おれはさらにあわてて調理室のほうへ向かった。

 その部屋の鍵はかかっておらず、照明をつけるまでもなく、薄暗いひとつの調理台の上に、シアーチェックワンピースの可愛い服を着た遊久先輩の体が横になっているのがわかった。

 その体には首がなかった。

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