27話 ねーちゃんを守れるのは備しかいないから!
部室を出る前におれたちは、めいめいの携帯端末を胸あるいは胸の谷間にいろいろな方法で懸けて、校内をめぐる地獄旅の実況動画を部室の、やや大きめの携帯端末に送れるようにした。ヤマダはそれをマルチ画面で確認し、必要ならば指示や救援をおこなうことになる。
廊下でおれたち6人は、どういう組み合わせで回ることにするかを相談した。千鳥紋先輩と年野夜見さんの組はすぐ決まったのだが、それ以外が決まるにはすこし時間がかかった。
「ねーちゃんを守れるのは備しかいないから!」と、樋浦清は言った。
「お願いしますよ、備くん」と、市川醍醐はお願いした。
樋浦遊久先輩は、ちゃんとうち守ってよ? と、すがるような目でおれを見ていて、おれの気持ちはみそっかすを押しつけられそうになっている小学校の学級委員長みたいな気持ちにちょっとなった。
しかし、おれと市川、遊久先輩と清の組み合わせはあり得ない。おれたちふたりは仲悪いし、樋浦姉妹もダラダラ無駄話をしている日常雑談モードならともかく、連続殺人犯と戦えるとは思えない。
おれと清、市川と遊久先輩が、おれ的には理想なんだが、遊久先輩の目と、そのパラメーター(知力・経験値・体力・気力。魔力はないものとする)からこう判断せざるを得ない。
遊久先輩は、知力と経験値はあるが、体力と気力がない。遊久先輩が疲れて倒れたり、飽きてしまったときには、かついで物語部に戻れるのはおれしかいない。
「わかった。まかせてください、遊久先輩」と、おれは言った。
結局、校内の見回りはこういう段取りになった。
千鳥・年野組は校庭と校舎外の部室・体育館から当たる。
市川・樋浦妹組は新校舎の3階から当たる。
樋浦姉・おれ組は、新新校舎の特別教室から当たる。
最終的には、新校舎のどこかでみんなが合流したのち、一番こわくてなおかつ連続殺人犯がいそうな食堂に行く。
廊下の窓から見た北側の風景は、この学校が嵐の中の難破船であることを一層強く感じさせた。絶え間なく押し寄せる黒雲は、この豪雨がスーパーセルであることを示し、雨は滝のように外を濡らしていた。
おれと遊久先輩は、ほかの4人と別行動を取ることになった。
別校舎(新新校舎)の最上階がおれたちの物語部で、下に降りる階段をはさんで反対側には、かつて部室として使われていて、今は物置となっているいくつかの部屋があったが、おれたちはそこを開ける鍵を持っていなかったので、最東端の「ふれあいルーム」をまず見ることにした。
昔はどういう目的で使われていたのかはわからない。そこには、今はもう水が出ない水道の蛇口と、簡単な調理台がほこりをかぶった設備として残っていたので、第二調理室あるいは第二理科室として使われていたときもあったのだろう。普通の教室で使われるひとり用の椅子と机が4つひと組で6組ほど置かれていて、こざっぱりしたテーブルクロスが掛けられていた。どうもクラスでは落ち着けないが、トイレで食事をすると落ち着けすぎて困るという難民者用かな。だったら難民ルームにすればいいんだろうが、そんな名前のところには誰も行きたがらない。
ヤマダは、各教室の電気は非常用電源が使われているため、一度照明をつけたら必ずまた消すこと、と念を押していた。照明ぐらいの電力消費はたいしたことはないが、そうしないと停電じゃなくなったときにうまく起動しなくなるらしい。
おれと遊久先輩は、ふれあいルームを出て下の調理室を見てみることにした。しかし特別教室は、顧問の先生がいないときには原則として鍵がかかっていると思うので、中に入れたりはしないだろう。
おれたちは、遊久先輩が一年生のときの物語部について話をした。おれはただ、その話を聞いているだけだった。
「県の教育委員会とか、えらい人が視察に来る日、俺は海老茶の袴で乗った自転車でつっこんで事故に会った。気がついたら病院で、おれのベッドの側の椅子でルーちゃん(ルージュ・ブラン先輩)が居眠りしてたよ」
それは小杉天外『魔風恋風』の冒頭やん。 片手にバイロンゲーテの詩、口には唱える自然主義。




