23話 おれはこくりとうなずく女子キャラが出てくる物語は死ぬほど嫌いなのだ
「き………君たち、ぼくらと同じ格好の者が先に来てたりしないか?」
入って来たのは、2、3分前に出ていったのと同じように、泥だらけでびしょびしょの、物語部の顧問で神でもあるヤマダと、リアルで水もしたたっているナイスバディなお姉さん(物語部の先輩でフランス人のルージュ・ブランさん、略してルーちゃん先輩)だった。正確には出ていったふたりよりも余計に濡れている。
物語部の全員は首を振った。
この、首を振ったってのが叙述トリックだってのはひどいから本当のことを言うと、女子の2人、樋浦遊久先輩と樋浦清は縦に、女子のひとりと男子の3人、松川志展・市川醍醐・関谷久志とおれは横に振った。志展の場合はその前に、どっちが多いか確認してから首を振る方向を決めたので数には入れなくてもいい。
2年生のふたりの先輩、年野夜見さんと千鳥紋先輩は、マイクの位置を確認したり、キャメラを回したりしていた。千鳥紋先輩の撮影技法は、くだらないカット割りをしない、つまり、ヤマダたちのセリフのあとに、えっ、なんですって、みたいな、おれたちの誰かの顔のアップを入れたりしないという、段取りが難しい、ほどほどの長回し技法なので、マイクと照明のセッティングが大変なのである。ちょっとメタな話になっちゃったね。
「おれたちは、先に来たヤマダたちから聞いています。あとから来るヤマダたちが偽者だ、と」と、おれは嘘を言ってみた。
「いや、どのように考えても最初に来た我らと同じ格好の者がルパンであろう?」と、ルーちゃん先輩は言った。
「ルパンだったらそうなんだけど、ヤマダはルパンでも銭形警部でもないでしょ」
松川はうなずきながら話を聞いていた。表現的には「こくりと」とか「こくこくと」みたいなのを入れたくなるんだけど、おれはこくりとうなずく女子キャラが出てくる物語は死ぬほど嫌いなのだ。そんな表現が出てくる小説に出会ったら、作者を殺して自分も死ぬ、ぐらいに思う。なんかもっと、さり気なくうまい言いかたはないもんかなあ。長く書くことは、そりゃできますよ。自分自身を納得させるように、とか、力強く不機嫌に、とか、何も考えていないけど、演技がアップでもクドく感じられない程度に、とか。ここは普通に、素直に、で、いいか。要するに、松川は素直にうなずきながら話を聞いていた。
「なんとなく、あなたたちが偽者のような気が、ぼくもします。つまり、邪神と連続殺人犯」と、市川は言った。
「確かにね。ぼくが偽者じゃない、という証明はむずかしい」と、ヤマダは言った。
ここで、ぼくたちが偽者なわけないだろ、信じてくれよ、と、ヤマダが言ってたら、ああこれは偽者だな、とすぐにわかるんだけど、すこし微妙になったな、とおれは思った。
「………………………………………………………………ルーちゃん先輩、上着を脱いでください」と、おれは一秒ほど考えて言った。
ルーちゃん先輩は、国家公務員かあんまりいかしてないフランスの女子高生のような、日本の夏にはすこし暑すぎるように見える濃紺の上着を黙って脱いでおれに渡した。その下の薄いピンクホワイトのブラウスも濡れていて、肌色をやや濃くしたような下着も透けて見えた。本来なら豚色(というのは失礼ですが、白色人種の肉色)で透明感の高そうな肌は、改めて見ると屋外活動ボランティアをけっこうやっていたようで、陽が当たっていた部分は黒豚色、というのは失礼だな、焼き豚色、というのも違う気がするし、とりあえず豚から離れると、健康的な十代白人女性の肌色をしていた。
そして、そのブラウスの背中には、ナイフで斬られたような切れ目と、しずく型に流れた血のあとがあった。
「………どういうことだ?」と、関谷久志はおれに聞いた。
待ってました、とおれは心の中で叫んだ。ちゃんと質問役と説明役がいる。これこそ正しいミステリーである。
物語部のみんなは、すこし知られているけどあまり知られていない有名なトリックサスペンス映画を見ているから質問しない。
「つまり、ここにいるルーちゃん先輩が連続殺人犯で、ここにいるヤマダは邪神だ」と、おれは説明した。




