1話 10年間は捨てないで、それ以前のものは取っておいて
おれはこの話をどう始めたらいいのかわからない。おれは結末を知っているし、その結末に至る過程も知っているから、正確に言えば、どういう形式で書けばいいのかがわからない、だろうか。過去に起こった事件の関係者として記録を残し、それを後世の人間、あるいは未来のおれ自身が語る、物語の中の物語として、本来は語られるべきものなのだろう。このように、どうでもいいことから書きはじめるのは、自分がうまく書けるかどうか試しているだけである。物語は漠然とはじまり、あっけなく終わるのが正しいと思う。
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その日もまた、朝から暑い日だった。高校生になって最初の夏休みも半ばを過ぎ、宿題も自由研究もないにもかかわらず、学校の各学科の先生は勝手に、夏休み終わったらテストやるから、とぬかすので、午前中にあまり集中しないで復習をして、すこし早い昼食をとったのち、学校に行くことにした。行けば同じ部員の仲間と進捗状況の確認ができるし、先輩が一年生のときの昔のノートを借りることもできる。
おれの名前は立花備、趣味は読書と映画鑑賞、通っている高校は関東地方のどこにでもあるような県立高校で、所属している部は物語部という。文芸部や古典部とほぼ同じような、県大会も全国大会も武道館・甲子園出場という目標もない、あってもなくてもいいような部である。部員は全部で6人で、メンバーについてもそのうち多くを語ることになるだろう。
夏休みの間、部活は原則として毎週火曜日に、自由参加ではあるが集まって行なわれていた。神である(自称)と同時に物語部の顧問であるヤマダは、おれたちに交じると違和感を感じさせない年齢不詳の教師だが、創造神としても教育者としても責任感のある熱心な神・人で、おれたちのために、まあ、だけのために、ではないと思うけど、火曜日は教員室か、その隣の教員予備室か、おれたちの隣の図書室にいてくれることになっていた。神あるいは教師は、ヒトあるいは生徒とそれなりの距離を置いて見守り、困ったときにだけサポートするというのが基本姿勢らしい。むしろ単純に、クーラーのあるところでごろごろしていたい、というだけのことかもしれない。
おれたちの物語部はクーラーがなく、かつては図書準備室として使われて、いらなくなったけど捨てるにはもったいない本や、資料としては取って置かなければならないけど個人情報で一般の閲覧が難しくなってしまった学校関係の資料が置かれていたが、今はあちこちの部活のいらなくなった備品なども置かれるようになった。そしてそれらのがらくたは整理されてダンボール箱に入れられて部室の片隅に積み上げられている。むき出しのものでは茶道部のハーブ、演劇部の木刀、映像音響部のアップライト・ピアノ、声楽部の錆びた自転車のサドル、生徒会のブルースハープ、ひと世代前のテレビと録画機など、いろいろなものがある。整理してメモファイルを作っていたのは、今は2年生である年野夜見さんで、それをおれたちと同じ一年生の樋浦清が引き継いだ。
年野夜見さんは金色の瞳とビスク色の髪をした無口タイプの人で、他の部から預かったものに関しては、10年間は捨てないで、それ以前のものは取っておいて、という県立図書館の収書方針みたいな主義で管理していた。どうしようもないものは、各部の現役の部員ではなくて、顧問・元顧問の先生に相談して、当時の先輩と連絡をとって渡す、ということである。