第8話 大切な時間
ファミレスから帰宅した後、時刻は19時30分。
カノンはサクヤの部屋に来ていた。
「サクー、もうそろそろできるから手洗ってきなさーい」
「お前は俺のお袋か……」
いつもの夕食の風景。
食事は基本的にカノンがサクヤの部屋で準備する。
まぁ、サクヤとしては美味い料理が出てくる上にそれを作るのは美人。嫌な気がするわけがないのだが、だいたい食事の時に説教されることが多いということだけが少しマイナスポイントだった。
「おー、うまそうだな。本当に料理の腕あがったなぁ」
カノンは少し照れ臭そうに小さく喜ぶが、
「最初は謎のダークマターを食わされてたのによ」
次の瞬間、フライパンから白い炎が上がる。
「おいやめろ、せっかくの肉が黒焦げになる!」
サクヤは慌ててカノンをなだめる。
「大丈夫よ、こういうアルコールで火柱を出してステーキに香りを移す調理法だから」
目だけ笑わないニコニコした顔。
確かにカノンは左手にブランデーを持っているが、この顔はダメだ。マジで怒っている。
どこでそのブランデーを入手したのか気になるがそんな場合ではない。
「そ、そうか、悪かった。少し茶化しただけだ。料理がうまくなったと思っているのは本当なんだ」
「そりゃこの生活が始まったら少しくらい上達するよ。それに私ができなきゃサクはコンビニで済ませてばっかになっちゃうでしょ」
「そ、そうだな」
どこまでお袋みたいなことを言うのだ、と思ったがもう余計なことは口にしない。
サクヤとカノンは遺伝子操作によってその役割を無理やり与えられた存在。
そしてその2人の過去の生活は実験と観察される日々を過ごすというものだった。
そんな中、カノンはサクヤの父、2人の遺伝子操作の計画を実行した魔法協会会長であるトウヤに一度だけ意見した。
その内容はサクヤとともに学校へ行きたい、というもの。
一度は却下されたが、卒業後必ず、再度協会の元で指示に従うという条件のもと許可された。
また実験や観察の辛い日々に戻るのだが、今の普通の学校生活という時間はカノンにとって大切な時間であり、サクヤはそれをわかっていて、まぁ、守ってやるかという気持ち。
過去の生活で母親から母親らしい対応を受けたことはないので、お袋か、というツッコミは自嘲気味になる。
そんなことを考えながらカノンの方を見ると、彼女がエプロンを脱ぎながらこちらへ料理を運んでくる。
「さ、できたから食べましょう」
「おう」
学校生活が始まってからいつも通りとなった、しかし2人にとっては期限付きの大切な時間である食事の時間が始まる。
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この先もしばらくおつき合い願います。