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冒険者の宿  作者: 有珠
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罪悪感という夢

正直書くのを躊躇ったが書いちゃったので投稿する。

夢を見たことがあるだろうか。寝る時に見る夢ではなく、恋い焦がれるような熱意に揺さぶられるあの夢だ。

俺ももちろん見たことがある。冒険者となり歴史に名を残したい、騎士となり尊敬を集めたい、魔術師となり深淵を覗き見るのも憧れたし、魔物と心通わせて森の管理者達の仲間入りも心擽られたものだ。

夢は誰だって一度は見るだろう。なぜならそれは今よりも幸せでありたいという願いだからだ。

奴隷は解放を願い死んでいく。農民は都会を夢見て骨を埋める。都会人は何を夢見るかは知らんが、まあ基本的に叶わずに死んでいくだろう。

俺達一般人が夢を叶えるというのは非常に難しい。現実の柵、現実の金銭事情、現実の移動距離、現実の才能云々。

まあ、理由なんて数あれど言葉にすれば一言で済む。──ようは何が足りなかった、それだけだ。


さて、そこで重要になってくるのはなんだろうか?

答えは簡単で現実を見ることだ。夢の残酷さの前に膝をつくよりも先に明日もしれない我が身を引き締め、明日をまた歩めるように歯を食いしばる事だと俺は知っている。自分のできることと自分の出来ない事をまずは把握することから始めるべきだろう。

そうして俺は実家に帰った。少し前まで活動の拠点としていたフィールヘルの街から街道を通って馬車で3日、料金僅か1800コール。そんな割と都会から近い場所にある故郷は慢性的な人不足、なんとも悲しい事に俺のように夢を見て出ていった者が帰ることもなく、そのまま人工が減少していった結果である。


此処なら仕事の一つや2つ見つかるだろうと帰った俺を待っていたのは両親が死んだという事実と、俺の実家──この村唯一の宿である【猫にマタタビ亭】の地下室に牢獄型の迷宮が生まれた事だった。

両親が死んだことに頭が一杯だと言うのに、唐突に叩き込まれた迷宮化した我が家の地下室。おまけに両親が死んだせいでギルドや領主様に連絡をまだ通していないという事実。これは駄目だと空を仰いだ俺は悪くない。急ぎ役場の伝書盤を利用してギルドと漁師様宛に緊急連絡。……正直報告したくなったが、しなければ下手すれば国家反逆罪扱いになる代物を報告しないわけにはいかないしなぁ。

数日もしない内に両者から迷宮化の事実確認のための調査員が派遣され、なんと無事我が家は迷宮の一部として認められましたとさ。なんてクソッタレな仕事をしやがるのか、普段どおりに丁重なお仕事をしていけばいいっていうのに!


まあ、控えめに言って最悪だ。

迷宮の管理は基本的に国が行うのだが、問題はその管理人というのは基本的に庶民には選ばれない。

というのも、迷宮とは尽きない資産そのものであり、迷宮の型によっては色々と算出する生きた素材生成器であるからである。

それがある領地というのはそれだけで収めている者の位が上がる程であり、わかりやすく言うなら今回の発見により我等が領主様であるフィールヘル男爵様はフィールヘル子爵へと格上げされるのである。尚貴族社会では成金扱いされる模様。

だがそんな事はどうでもいい。一番の問題は我が家が迷宮の一部として認められてしまった事実である。

迷宮の一部である我が家は国の管理対象である。つまりそこにあった思い出や、家族の遺品、自室に隠した春画や、子供の頃にポエムってた黒歴史は、なんと国の管理物として俺の手から所有権が失われたという意味だ。

つまり俺は現在家なき子の根無し草だ。しかもその状況を見ていた村人からは厄介事の匂いを嗅ぎ付けられたのか優しく追い出されかねない始末である。


いや、うん。まじでどうしようか。根無し草が嫌だと夢をそこらに捨ててきたのに現実が俺をポイ捨てしよった。

このまま両親の後を継いで宿屋の一員としてそれなりに苦しくも最低限の衣食住を求めようと思ったのにこれである。

今更街に戻って冒険者をやれるだけの気力はもうないのだ。なろうと思い、実際になり、けれどもどれだけ経っても何かが足りない事を認めた今、その選択肢はあまりにも虚しい。

なにより実家を手放すのは嫌だった。別に思い出云々という話ではない。そんな物一文の金にもならん。

アレは両親が残した遺産だ。土地と、物件と、各種物品。それに今まで両親が培ってきた商人との信頼関係と、それに付属する情報網。さらに言えば固定客というのも時期によってはそれなりにいた事を俺は知っている。

アレは金を生む迷宮ではなく、両親が遺した金そのものだ。それをどうして国なんぞにくれてやらねばならないのか。

腹が立つし、なにより腹が減る。服もいい加減洗いたいし、柔らかくなくても地べたよりもベッドで眠りたい。

人は限界が近いと何をするか分からないものだ。それこそ自分自身でも理解できない事をしでかす事も珍しくはない。

だから少しでも余裕をもつために俺は荷物の中から携帯食料を取り出して齧る。


あまりにも不味いソレを食べながら無数の自分の言葉に耳を傾ける。別に多重人格なんて眉唾なものではなく、単に思考を他局的に見るための処理方法の一つだ。視点や感情を変えながら現状を判断する方が割とそれなりの結果が引けるのは冒険者時代の経験則である。……まあ、限界の時は感情に身を任せて突っ走るのが一番だったりするときも多いんだが。

と言っても、俺は頭が悪いのでそこまで多角的に見るなんて出来ない。精々冷静な部分と、怒り狂ってる部分、それを俯瞰する自分で、他者から見た現状を考えるくらいしか出来ない。

冷静な自分は国から実家が迷宮化した事による土地や物件などに対する金が貰えるのは確定している上に、それは人生で見たことがない額であるのは分かりきっているのだから納得しろと言っている。怒り狂っている部分に関しては両親に大して多少は抱いていたらしい愛情とか、思い出とか、あとは果たせなかった約束とかを理由にあの宿屋を取り戻すと息巻いている。

それを見ている自分は冷静な部分の方を全面的に支持しているし、他者から見れば降って湧いた泡銭に羨ましいだけでなく、奪ってやりたいと思っているに違いないと、自分自身を当てはめてもそう思うと確信している。

結論はまあ、現状維持をしつつ得た金で何かをさっさと購入してギルドに預ける事が一番重要という事になった。

あの理由がいまいち微妙な怒りの言葉に耳を傾ける必要性があまりにも薄かったし、金が手に入るのならば別にいいんじゃないかという諦観というか、まあ正直言うなら楽して稼ぎたい精神が強かった。現金をギルドに預けると日に日にこっそりと少なくなっていくが、現品ならば無くしたならば支払った額をそのまま返金請求が出来る。実に完璧だ。

そうと決まればさっさと街に戻って金を受け取りに行くとしよう。──そう思った矢先である。


親父の飲み仲間であり、宿屋の一階で常に飲んだくれていたロバートからポンと手紙を渡された。

なんでも病気に伏した親父が遺した手紙を御袋から預かっていたらしい。……何故このタイミングで渡すのか、もっと早い段階でわたし欲しかった。なんというか出鼻を挫かれた気分だ。

まあ、そんな個人的な微妙な気分は気にするだけ時間の無駄なのでサクッと手紙を読むことにした。

どうせ親父のことだ。少し真面目な事を言って残りはちゃらんぽらんに御袋の事でも頼むつもりなんだろうと予想して手紙を開いて、──まあ、正直に言うとかなり驚いた。

別に隠し財産があるとか、実は捨て子だったとかそういう内容ではないし、御袋を頼むとも一言も書いてない。

書いてあるのはたったの一言だ。けれど俺から言わせれば色々と心揺さぶられるには十分な一言で、


『お前は満足してから死ね』


悔しいが、その通りである。

満足して死ぬのは大事なことだ。満足して死ねなかった親父にとっても、御袋にとっても、今を生きてる俺にとっても大事な事だ。

別に親父は俺が夢諦めたなんて知らなかっただろう。なにせ一度も手紙を送っていないし送られた事もない。互いの現状なんて知るよしもなかった。だからこれは親父がただ満足して死ねなかったから俺にはそうなるなという意味で送った言葉である。

けれど、その言葉は滲んでいる。涙か涎か鼻水かは分からないけれど、少なくともそういうもので滲んでいる。

親父はいつだってこの宿屋をでかくして、御袋に楽させて、大きくなった俺と一緒に酒を飲んで、客が笑って帰ってもう一度来てくれるような宿にするのが夢だと語っていた。そんな夢を真っ先に破ったのは金がないという現実で、それに嫌気が差して夢追いかけた俺だった。両親の怒鳴り超えの中、頬は真っ赤で鼻血を出して逃げ出したクソガキだった。

別に後悔もしていないし、自分に嫌気も差さない。俺の人生だ好きに生きて何が悪い。……けど、俺は親父の夢を一つ叶えるチャンスをくれてやる事だって出来たのかと、今更ながらにふとそんな事を思った。思っちまった。

そうたら冷静な自分よりも、怒り狂った声よりも、もっと根本的な部分の何かが声をでかくし始めた。最初の頃はうんともすんとも言わないクソッタレが今更になって言い始めやがった。


じゃあ、親父の夢の一つだけでも叶えてやろうぜ、なんてふざけた夢を抜かしやがる。

まさしく夢だ。寝る時に見る夢ではなく、恋い焦がれるような熱意に揺さぶられるあの夢だ。──胸の奥で疼くような感情(なにか)だ。

クソくだらねぇと笑いたいが、悔しいかな笑けるほど今の俺は余裕がない。

なにせちっぽけな罪悪感が夢になった。夢追い求めたクソガキが、夢を叶えてやれるチャンスを不意にした罪悪感を晴らすためだけの夢を見てしまった。こんなの夢じゃねぇ、なんて言えるほど俺は人生を純粋に見ていない。個人の中に立てた免罪符が夢となることもある。そんなもの、古今東西ありふれてる。


「はぁ……、面倒くさい」


面倒くさいが良いことがある。愚痴を言う相手に困らない事だ。

なにせ相手は墓石で、口もなければ動きもしない。飲むべき酒を掛けてやるためにも、さっさと国から金を貰いに行くとしよう。

村長や領主様との交渉はその後だ。あの宿屋は諦めるしか無いが、金が手に入ればまた別だ。

宿なんて、また建てればいい。金は飛ぶのが悔しいが、信頼が出来て仕事が早い魔導建築の気狂い共とは知り合いだ。奴等に任せれば料金分は間違いなく働いてくれる。……全額搾り取られるんだろうが、まあこればかりはしょうがない。

夢を見た。恋い焦がれるような罪悪感という夢だ。けれどそれがガキの頃に追い求めた夢と何一つ変わりはしないだろう。

ようは夢なんて個人の感情でしか無い。つまりはアレだ。

熱意を持てればそれが夢、人生なんてそんなもんなんだろうな。




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