第3話 案件『一目で気に入りました♪』 その1
◇妹弟の心配
案件 親代わりの兄に幸せを
依頼主 対象者・桐谷尋昇の妹・桐谷優香、弟・桐谷康太
私達の兄・桐谷尋昇は私達と歳が離れていることもあり、妹弟である私たちのことをすごく可愛がってくれています。長男ということもあるからか、自分のことは二の次、三の次にしてしまいがちです。そんな兄なので、恋人ができても長続きしませんでした。
妹である私には恋人がいます。先日プロポーズもされました。兄と一回り歳が離れた弟も、来年の春には大学を卒業します。弟は両親が住んでいる地元に帰って就職する予定です。
私達は今まで兄にいろいろしてもらっています。それを少しでも返したいと思っていますが、兄は気持ちだけで十分と言っているのです。私達は兄にも幸せになって貰いたいのです。
兄にはどうやら職場に好きな人がいるみたいです。アプローチもしているみたいなのですが、相手の方が手強いらしくうまくいっていないようです。兄は穏やかな性格の為に、その方に対して強気に出ることが出来ないのでしょう。
それと兄が強引にいかないのは、弟の卒業までは恋愛にうつつを抜かさないと決めているようにも見えます。
どうか、お願いします。
こんな兄が幸せになれるようにお手伝いをしていただけないでしょうか。
岡本社長からの依頼と同時に来た、もう一つの案件。兄思いの妹弟からのものだった。岡本社長の案件は結城が担当することになったので、こちらは相馬に担当してもらうことになる。
「この人、桐谷尋昇さんって、モトミヤ株式会社に勤めているんだ。それで、俺も和花菜みたいに、会社説明会に行って、その後バイトとして潜り込めばいいの?」
「いや。会社説明会には行って欲しいが、バイトは募集していないんだ。だから入り込むために、お前はこっちの会社にバイトに入ってくれ」
もう一つ、別の会社のパンフレットを見た相馬は、嫌そうな顔をした。
「ゲッ。清掃会社じゃん。なんでこれなんだよ」
「文句を言うな。それにな清掃会社は使えるんだぞ。怪しまれずにいろいろな部署に入り込めるんだからな」
そう言ったら、相馬が不審そうな顔をした。
「ん、なんだ」
「ねえ、社長。言いたかないけどさ、うちってイベント会社なんだよね」
「ああ、そうだぞ」
「これってさ、よくドラマとかで、探偵とかが調べるために潜入する時に使うやつじゃないの。いつから調査会社に鞍替えしたのさ」
相馬の言葉に一瞬言葉を失う。いやいや。ここで言い負かされてどうするよ、俺。
「こらこら、さっきの説明を聞いていなかったのか。岡本社長の案件でも言っただろう。まずは対象者の情報収集だって。今回の案件は対象者の桐谷尋昇氏の好きな相手がわかっていないんだ。それを調べるところから始まるだろう。あとは会社内の協力者も見繕わなければならないんだ」
「ふぅ~ん」
信じていない目で俺のことを見る相馬。本当にこいつは可愛くない。いや、顔立ちは女顔なこともあって可愛いけどな。口を開けば言葉使いは悪いし、態度も横柄だし。仕事に真面目でなければこんなやつ……。
いや、違うな。こいつはこの可愛い顔のせいでいろいろと厄介ごとに遭ってきたと言っていた。隣に座る結城と幼馴染みで、二人とも本当にいろいろなことに遭ったそうだ。そのことからしたら、まだ真直ぐに育っていると思う。
俺がそんなことを思いながら相馬のことを見つめていたら、相馬は顔をしかめて俺のことを見てきた。
「なんだよ、気持ち悪い顔で見てんなよ」
おい。親心……ならぬ兄心で見つめていたのに、気持ち悪いだと。もう、知らん。とっとと仕事に放りこむことにしよう。
「とにかく、相馬はここに行け。そしてモトミヤ株式会社に清掃に行って、桐谷氏の相手を見つけ出してこい。わかったな」
「へ~い」
「こら、返事は」
「はい!」
本当にくえないやつだ。まあ、優秀なやつだから、今は不真面目にしていても、調査はきっちりやってくれるだろう。
相馬が週に二回、モトミヤ株式会社に清掃に行くようになって、ひと月が経った。そんなある日、相馬が清掃のバイトのあとにこっちに来ると連絡をしてきた。
ドアを開けて入ってきた相馬は、30代半ばくらいの男性を連れてきた。生活に疲れたような、くたびれた感じの男。背中を丸めて、ぼさぼさの長めの髪が目を隠している。
その男を応接スペースに案内して、相馬がその男を紹介してきた。
「社長、こちらは清掃会社で一緒に働いている永井さんといいます」
男は胸元から名刺入れを出して、名刺を一枚取り出すと俺に差し出しながら言った。
「どうも、私はこういうものです」
名前も名乗らずになんだと思いながら名刺を受け取り、自分も名刺を差し出そうとして気が付いた。顔を上げて男の顔を見たら、ニヤリと笑ってきた。俺も自分の名刺を取り出して、男に渡した。
「このイベント屋 四季堂の代表兼社長をしている」
同じように名前を名乗らなかったら、男は面白そうに笑ってきた。
「代表取締役社長ではないんですか」
「そんなけったいなもの、つけたくねえよ。本当は社長ではなくて、ただの代表でいたかったんだけどな」
本音を混ぜて言ったら、男は面白そうに笑った。