第2話 案件『君を見つけた』告白の日 その2
◇告白の日
今年も桜が咲く季節になった。菱沼がいる課では、毎年親睦を兼ねたお花見会を、土曜の昼間に行っていた。今年は入社二年目の男性社員がよく飲むやつだったようで、開始早々のそんなに経たない時間でビールが足りなくなってしまった。課長がお金を出してくれて、追加のビールを買いに行くことになった。買い出しの指名を受けたのは菱沼と入社三年目になる上条という女性社員だった。
近くのスーパーでビールともう少しつまみを買って歩いて戻る二人。公園内に入り桜の木を見るとはなしに見ながら歩く菱沼。チラホラと花びらが開いているのが見えた。
今年の桜は二年前より開花が遅くて、昨日開花宣言が出たばかりだった。
(なんか二年前を思い出すな)
と菱沼は思いながら歩いていた。ふと気がつくと上条の歩みが止まっていた。
立ち止まった上条を見るとそばの桜の木を見上げていた。その横顔にデジャブを感じて見つめる菱沼。上条は視線を桜の木から菱沼の方に変えて、見つめてきた。
「菱沼主任、初めて会った時のことを覚えていますか?」
突然の問いかけに菱沼の心臓がドキリと鳴った。
「ああ。君は緊張していたよね。だけどあの時には周りも同じようなものだっただろう」
「違います。入社式の日ではありません」
菱沼はわざと入社式の日のことを言ったのに、上条は否定した。その言葉に菱沼の心臓が早鐘を打ったようにドキドキしてきた。
(まさか、あの公園でのことを覚えていたのか)
口に出せずにいる菱沼に、上条は視線を桜の木に向けた。
「私の大学の卒業式の日に会っていますよね。この公園のこの場所で」
菱沼は言われて思い出した。離れていたからわからなかったが、あの時、彼女はこの木の下に立っていた。菱沼の鼓動が早くなる。ドキドキからバクバクという感じに変わっていた。
「私、入社式の時に主任に会えて嬉しかったのです。もしかしたら主任も覚えていて、くれているのではないかと思っていました。ですが、研修で講師として会った時も、その後に主任の下に配属されてからも何も言って頂けないのですもの。私、いい加減痺れを切らしてしまいました」
そう言って上条は真直ぐな視線を菱沼に向けてきた。
「菱沼主任のことが好きです。あの日あなたに一目惚れしました。どうか私とつき合ってください」
上条は菱沼に右手を差し出した。それはまるで、舞踏会でダンスに誘う相手に許しを与えるような手つきだった。
菱沼は動かずにその手を見つめていた。躊躇いの色が顔に浮かんでいる。
「駄目ですか?」
不安そうに上条の瞳が揺れている。
「俺は・・・」
菱沼は声を出したが掠れていた。彼は一度口を噤み唾を飲みこんでからもう一度口を開いた。
「俺は、君より十歳も年が上だ」
「知っています。でも、大丈夫です。うちの両親なんて十五歳離れていますから」
一瞬、菱沼は迷ったような表情を浮かべた。
「主任なんてやっているけど、そんなに頼りになる存在じゃないよ」
「そんなことないです。商談を強気に出て強引に纏めるようなタイプではないですが、取引先からの信頼は厚いです。主任だから取引しているという相手がいることは知っています」
上条が言うように確かにここ二年、菱沼を指名してくる取引先があった。それは菱沼から引継いで担当になった者が、対応を間違えて相手を怒らせてしまったものを、フォローしたものだった。
「それに俺は地味で、今までの彼女には振られてばかりで・・・」
言いながら菱沼は少し肩を落とした。彼は今までに付き合った女性全員に、振られていたのだから。
「それは相手に見る目がなかったのです。それに主任は地味じゃないです。塩顔のイケメンです」
力説するように上条に言われて、菱沼の顔がみるみる赤くなっていった。隠すように左手を顔に当てたが、耳まで赤くなっていた。
菱沼は顔から手を離し、一度息を大きく吸い吐き出してから、上条のことを見つめた。
「上条聖子さん、俺も二年前にこの公園で君を見つけました。そして、一目惚れしました。よければ一生共にいることを視野に入れてお付き合いください」
そう言って菱沼は右手を出して頭を下げた。勢いで余計なことまで言ってしまったと気づき、菱沼は頭を上げることが出来なかった。
その手に彼女の手がそっとのった。
「はい。一生ついていきます」
菱沼が顔を上げたら上条は涙ぐんでいた。菱沼は愛しさが込み上げてきて、そっと包み込むように彼女を抱きしめた。
「これからよろしく」
そう彼が言った時。
パ~ン
パン パン
クラッカーや紙テープが二人に浴びせられた。それと祝福する言葉も聞こえてきた。中にはやっかみや失恋した~などの声も混じっていたようだが。
菱沼が驚いたように周りを見回した。彼らが所属する営業部だけではなく、他の部署の人たちもいることを確認して目を見開いていた。そんな中、菱沼に抱きしめられた上条が微笑んで言った。
「皆様、ご協力ありがとうございました。皆様のおかげで無事プロポーズしていただけました」
そう言って頭を下げた彼女につられたように、菱沼も一緒に頭を下げた。その姿に周りから盛大な拍手が沸き起こったのだった。