第2話 案件『君を見つけた』告白の日 その1
◇報告書 菱沼忠興の気持ち
季節は春。それも三月も終わりに近づいてきた頃のことだったと思う。
桜の開花宣言は昨日だった。
会社にほど近い公園のベンチに座り、俺は缶コーヒー片手に、ぽけらーと桜の木を見上げていた。その日は天気が良くて風もそれほど強く吹いていなかった。昼下がりでポカポカ陽気に誘われたのか、あちこちのベンチでお弁当を広げている姿が見えた。
あの木には開いた花が一、二、三・・・八輪。この木は一、二・・・・五輪。それでこの木は・・・まだ開いている花はないのか。
などと暇つぶしに数えていたら、視界の端に華やかな服装の一団が目に入った。男はスーツに身を固め、女はスーツ姿もいるが圧倒的に着物姿が目に入る。それも袴姿だ。
ああ、そういえば近くに大学があったなと、納得しながらその一団を眺めた。今日はその大学の卒業式なのだろう。もう終わったのか、それともこれから始まるのか。
はしゃいで賑やかに笑いあっている姿を何となく見ていたら、少し離れたところに一人佇む袴姿の女性が目に入った。彼女は髪を結わずにリボンで上半分だけ縛り、あとは背中に流している。ストレートの黒髪は肩を五センチほど越したくらいか。大正浪漫なんて言葉が浮かんでくるくらいにその姿は自然で似合っていた。
どこか懐かしさを感じさせるその姿に、惹きつけられたように目が離せないでいたら、視線を感じたのか彼女が俺の方を見てきた。その黒曜石を思わせる瞳にまた目が離せなくなった。
視線が合ったのは一瞬なのか、永遠なのか……。
「菱沼主任~。すみません、お待たせしました~」
その声に振り向けば、部下の増岡が走ってきたところだった。俺は残っていたコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「増岡、今度は忘れ物をしていないだろうな?」
「大丈夫です。確認してから来ましたから」
「それじゃあ、行くか」
そう言って公園の中を歩き出す。方向はあの一団がいる方だ。無意識に彼女を探すと、彼女は俺の方を見てはいなかった。友人と話をしていたのだから。
「卒業式ですかね。なんか、懐かしいです」
「まだ、そんな年じゃないだろう、お前は」
「そうなんですけど、でも二年も経てば大学時代は遙か彼方ですよ」
おいおい、大学時代が遥か彼方って。いま卒業してから二年だって言ったよな。
そう思ったが言わないでいてやる。
彼女が友人と共に歩き出した。そちらに意識がいきそうになるのを押さえて、増岡との会話に集中しようとした。
「でも、主任は懐かしいでしょう」
「おい、人を年寄り扱いするつもりか」
「そんなつもりはないですけど、でも彼らと一回りは違うんじゃないですか」
「そこまで離れてないぞ。十歳だからな」
「十歳ってひと昔じゃないですか」
「お前は~!」
そう言った時にこちらに歩いてきた彼女とちょうどすれ違った。ちらりと彼女を見たら彼女も俺の方を見てきたので視線があった。彼女の黒曜石のような瞳がすぐそばに在る。
だけど、たったそれだけだった。そのまますれ違って歩いていった。
彼女とはこの一瞬だけでもう会うことはないと思っていた。
約一週間後の入社式。俺はそこで彼女と再会した。彼女は我が社の新入社員だった。
研修の時、俺も一日講師として参加した。講師なんて大それたものではなく、営業の心得みたいなものを話しただけだった。その後に彼女は熱心に質問をしてきた。意欲がよく伝わってきた。
偶然は続いた。研修が終わって彼女が配属されたのは俺の下だった。営業の事務職。彼女は優秀だった。飲みこみも早く、ミスも少ない。それどころか彼女にフォローをされるようになってから、うちの課の業績が伸びた。彼女にいいところを見せようと、営業担当が頑張ったからだ。
そんな彼女に何か報いてやりたかったが、二人だけでの食事なんてもってのほかだろう。というよりも、いつも彼女は『皆さんが頑張っているから契約が取れるのですよ』と、言っていた。それでは彼女だけ労うわけにはいかないから、課でか、もしくは俺が率いている班での食事会に誘うしかないだろう。
彼女は清楚系の美人で人当たりもよく、男性社員に人気があった。だけど、彼女は誰にも靡かなかった。
そのうちに『彼女はいいところのお嬢さんで婚約者がいるらしい』という噂が流れた。彼女に突撃した奴がいて、噂について聞いてみたけど彼女は微笑んで否定も肯定もしなかったそうだ。
これによって彼女は、俺には縁のない女性なのだと思った。
*相談があると菱沼氏を飲みに誘い、その後ほどほどに酔わせて聞き出しました。この言葉は菱沼氏の本心だと思われます。この分だと菱沼氏からの告白はない模様。プランBのほうに移行することを進言いたします。