第2話 案件『あなたと夏の恋を』その4
◇祭り会場を後にして
その時、聖子達の耳に低い男の声が聞こえてきた。
「ほお~、俺の和花菜と何を楽しむ気かな?」
「碧生! 遅いよ」
「私の聖子から手を放して貰おうか」
和花菜が嬉しそうに声を掛けた相手の後ろから、菱沼まで現れた。聖子はこんな時なのに、菱沼の姿に見惚れてしまった。菱沼も浴衣を着ていたのだから。
「ほら、さっさと手を放せよ」
碧生と呼ばれた彼が、和花菜の腕を掴む男の手を簡単に捻じりあげた。男は和花菜から手を離した。和花菜は掴まれていたところを、不快気にさすっていた。
菱沼も聖子のそばに来ると、軽々と男の手を捻じりあげてしまった。相手は抵抗する間もなかった。聖子も男から解放されて、ホッと安堵の息を吐き出した。
「痛えな。放せよ。なんだよ、ちょっと声をかけただけだろう。そばにいないお前らが悪いんだろうがよ」
腕を捻じりあげられて男達が喚きだした。その様子を見ていた聖子は、もう一人いたはずだと思い出し、辺りを見回した。
少し離れたところで男が、浴衣姿の男性に抑えられているのが目に入った。男のそばには細長い棒のようなものが転がっていた。
「道具を使うなんていけないな~」
浴衣の男性は楽しそうな声をあげた。その後ろから小柄な女性が現れて、聖子達のそばに来た。
「あの、お二方とも、怪我はありませんか?」
「ええ。大丈夫です」
「私も。……えーと、あの人はあなたの彼氏なの」
心配そうに声を掛けてきた女性は、和花菜の問いにニコリと笑顔で頷いた。
しばらくすると誰かが連絡してくれたようで、祭りの警備員がやって来た。三人を彼らに引き渡したが、事情を聞きたいと言われて一緒に本部に向かった。
本部に着いて何があったのかを、聖子と和花菜は話した。掴まれた腕をみたら、掴まれたところがくっきりと跡になっていた。聖子と和花菜の二人ともがだった。それを見た和花菜の彼氏、碧生から殺気のようなものが漏れ出した。男達は顔を青褪めさせて、小さくなっていた。
その時ちょうど巡回の警察官が顔を出したので、男達はそのまま引き渡すことに本部の人は決めた。それに聖子と和花菜が待ったをかけた。そこまでしなくていいと言ったから、結局男達は厳重注意だけで開放されることとなった。
ただし、この後は弁護士を通しての交渉がなされることが決まった。上条家の顧問弁護士をしている人が、たまたま通りがかり、本部に入る聖子のことを見かけたのだ。事情を聞くために中に入り、事のあらましを聞いて『この後のことは任せてください』と言っていた。弁護士まで出てくる事態になって、男達は顔色を失くしていた。
本部を出たところで、聖子は改めて和花菜にお礼を言った。それに対し、逆にいい笑顔の和花菜に耳打ちをされた。
「ほら、素直に甘えなさいね」
男同士も挨拶を終え、そばに来た菱沼に聖子は手を繋がれたのだった。
そのまま祭りの会場を出て、和花菜とその彼氏、菱沼と共にタクシーに乗り、病院へと連れて行かれた。腕を掴まれたところを診察してもらうためだ。跡が残るくらいの力で握られたから、念のためということだった。幸いにも骨折やヒビは入っていなかった。
和花菜達と別れ、聖子は菱沼とまたタクシーに乗った。着いたところは菱沼の部屋だった。ソファーに座らされて、いつの間に買ったのか、お好み焼きにたこ焼き、焼きそば、焼きトウモロコシ、リンゴ飴、フランクフルトにホットドック、ポテトフライなどがテーブルの上に並べられていた。
その様子をぼんやりと見ていた聖子は、腕を菱沼に取られた。袖を軽く捲られて腕を見えるようにされた。念のためにと消毒をされて包帯を巻かれている。その腕に菱沼の顔が近づいた。そっと包帯の上から口付けるのを、聖子は信じられない思いで見ていた。
顔を上げた菱沼と視線が合う。真剣な眼差しにドキリと心臓が音をたてた。
「どういうつもりで電話に出なかったんだ」
菱沼の怒り口調に、聖子も昼間のことを思い出して、ムッと言い返した。
「主任こそ、私と会うよりも他の女性を優先させたくせに」
「なんのことだ。話を聞かずに電話を切ったのは聖子のほうだろう」
「しらばっくれないでください。電話口から女性の声が聞こえてきたんですから」
「だからなんだ。話を聞かずに電話を切る方が悪いだろう」
「だから、私より他の女性と会う方が大切なんですよね」
菱沼は睨むように聖子のことを見ていたが、聖子の手を掴んでいない方の手をあげて眉間を軽く揉んだ。
「君は、俺が君より他の女性と会うことを優先させたと思っているのか」
「ええ、そうよ。親しそうに話していたから、私……」
聖子はあの時に、聞こえてきた電話のやり取りを思い出して、目が潤んできた。その様子を見ていた菱沼は、もっと眉根を寄せたと思ったら聖子を抱き寄せた。
そのまま聖子の唇に唇を重ねた。聖子が目を閉じると顔中にキスが降ってきた。優しい啄ばむようなキスにくすぐったさと嬉しさが込み上げてきたのだった。




