第1話 依頼解決のための下準備! その1
事務所のデスクに並べられた依頼書を見て、俺はほくそ笑んでいた。彼らからの依頼を受けてから二週間。下準備は整ったから、これから仕掛けていくことにするか。
その時ドアを開けてドヤドヤとかなりの人数が部屋に入ってきた。俺はパーティションで仕切られた自分のデスクの区画から出て、戻ってきた彼らを出迎えた。
「ただいま戻りました~。社長なんなんですか。今日の結婚式は半数ぐらいがこちらの身内じゃないですか」
入ってくるなり、白ネクタイを乱暴に引き抜きながら、人員部長の高杉が文句を言った。
「おう~、お疲れさん。仕方がないだろう、そういう依頼だったんだからよ」
「皆様、お疲れ様でした。それでは今日のバイト代を支払いますので、こちらにお越しください」
俺が高杉に答えている横では、会計担当の智絵がテキパキと指示を出している。その声に老若男女の皆さんは移動をした。
「ああ、先に着替えをなさりたい方は更衣室のほうに行ってくださいね。でも、そのまま帰らないでくださいよ。手続きをしないとバイト代は支払われませんからね」
「ああ~、そうよね」
「気をつけてくださいよ、美代さん」
「あら、嫌だ。前のことを持ち出さないでくださいよ」
と、年配の方数人が楽しそうに話をしながら、ドアの外へと出て行った。部屋に入った半数くらいが先に着替えに行き、残った人達は渡してあるIDカードを取り出して社員たちに渡していく。受けとった社員は確認作業をして、現金で受け取りたい人には現金を、銀行振り込みがいい人には振り込みをと、手続きをしていく。
「はい、これで終わりです。本日はお疲れ様でした」
「こちらこそ楽しかったわ。綺麗な格好をして、披露宴の招待客として座っておいしいものを食べればいいだけでしたからね。また何かありましたら、よろしくお願いしますね」
「それはこちらの台詞ですよ。また連絡をいたしますので、よろしくお願いいたします」
「こんな乳飲み子を連れて、参加するなんてと思いましたけど、皆さん子供に目がいって偽物だなんて思われませんでした」
「まあ、普通そうですよ。子供を連れてまで来てほしい人が、赤の他人だなんて思いませんから。ご参加いただきありがとうございました」
バイトの人たちと社員のやり取りを聞きながら、高杉とパーテンションで仕切られた応接セットのほうに移動した。
「で、どうだった」
「いや~、話には聞いていましたけど、来賓のやつら、あの会社を狙っていますね。これじゃあ代理人を用意したくなるのもわかりますよ。あとのことは雲野に任せてきました。あいつなら大丈夫でしょう」
それを聞いて俺は顔をしかめた。俺の顔を見て、高杉が笑いながら訊いてきた。
「どうしたんですか、社長。心配しなくても大丈夫ですから」
「いや、そうじゃなくて、なんか本来の業務と違うことになっているだろ。この会社を立ち上げた時と、今じゃ大違いだろうが」
「ああ、確かに」
高杉が真顔に戻って相槌を打ってきた。
「だけど、仕方がないんじゃないですか。そういうことにも対応するようにしたのは、社長ですよね」
高杉が痛いところをついてきた。確かに最初は偶然に起こった、傷害事件に発展しそうになったものを、バイトの機転で回避することが出来た。そのことをどこからか聞きつけて、そういう感じのことを匂わせる依頼が増えたのは確かだ。それと共に腕に自信のある奴がバイトとしてくるのも増えた。だけどな~……。
「うちはただのイベント屋なんだぞ」
ハア~と、ため息を吐き出しながらそう言ったら、向かいに座る高杉が笑いながら言ってきた。
「何を今更言うんですか。ただのイベント屋でいたかったら、バイトを雇ってサクラを作らなきゃよかったんですよ」
至極ごもっともなことを言われて、俺はまた「ハア~」と深くため息を吐き出したのだった。
うちの会社は『四季堂』という。業務はイベントに関することなら、なんでもやっている。最近では『イベント屋 四季堂』という名は、かなりの知名度を持っているのだ。
この会社は俺が大学生の時に作った。大学の時にあるサークルを作ったら、そのサークルの延長で会社まで作ることになっただけなんだよな。
発足当初はイベントのお手伝いが主だったんだ。それも誰かのサプライズバースデーパーティーの企画や、思い出に残るプロポーズの企画演出などだった。
それの成功と共に口コミで話は広まり、還暦のお祝いをしたいだの、退院祝いがどうの、退職者のお別れパーティーなどといった依頼が来るようになった。基本はそのパーティーのプランの提示がほとんどだったけど。もちろん相談をされれば、会場の手配から料理などの相談にものったさ。
そんな時にある会社の創立30周年パーティーの相談を受けたことが転機になった。
本来なら会社内でパーティーの準備をするべきだったが、この時その会社は窮地に立たされていたそうだ。社員をリストラして、少しでも人件費を減らして何とかしようとしていたという。なら、30周年パーティーなんかしている場合ではないだろうと思ったけど、そのパーティーで社運をかけた新商品を発表するつもりなのだと、俺は聞かされたのだった。