第2話 案件『あなたと夏の恋を』その2
◇不思議な出会い
入社式で菱沼と再会して、同じ会社だと知った聖子は喜んだ。菱沼の下で働けるように、社長である伯父にお願いをしてしまうほどに。仕事を頑張って、有能な部下として意識してもらおうと思ったのだ。聖子の素性が少しバレて、それで距離を置かれるようになって寂しく思った時もあった。菱沼に見合い話が持ち上がっていると知って、他の人に取られる前に自分のほうに振り向いてもらおうと頑張ることにした。みんなの協力のおかげで告白することが出来て、思いが通じ合った。
辛いこともあったけど、告白がうまくゆき、すべては楽しい思い出に変わった。それなのに……。
気持ちはグチャグチャに乱れていた。菱沼から連絡がこないのは、あの女性と一緒にいて……。
よからぬ考えが浮かんでくるので、また聖子は思いが通じ合った後のことを、思い浮かべていった。
菱沼にプロポーズまでされ、天にも昇る気持ちになった。その後、場所をホテルに移動して、会社の表彰式やら親睦会が行われた。酔い潰れてしまった菱沼と共にホテルに泊まり、何もない一夜を過ごしたけど、それでもずっと思っていた人といられて、幸せだった。
菱沼とのおつき合いは、夢のようだった。彼はいつもとても優しく接してくれた。デートも聖子が行きたいところを優先してくれるし、いつでも紳士的に接するのだ。男性とお付き合いをしたことがない聖子でも、菱沼に大切にされていることはすごくよくわかった。
それから菱沼は、必要以上に聖子に触れないようにしていると思った。女子校育ちの聖子とて、男女のつき合いがどういうものか知らないわけではない。大切にされていることはうれしいけど、もう一歩先の恋人らしいことをしたいという気持ちも、聖子の中に芽生えてきた。
周りにそれとなく聞いてみた。先輩から『男性が遠慮をして積極的になれないのなら、女性の方から積極的に動くこともあり』と、アドバイスをされた。
だから菱沼の誕生日に、思い切って聖子からキスをした。不意打ちで軽く唇が触れ合うものだった。唇が離れたあと、菱沼は『ありがとう』と言ってくれた。
けど、あれからひと月以上経つけど、菱沼からキスをされたことはないし、まして名前を呼ばれることもないままだ。自分に魅力がないのか、それとも社長の親族ということが枷になっているのか、判断がつかなかった。
そこに今回のことである。菱沼が好きだった(と思われる)女性が、菱沼と一緒にいたのだから、聖子の心は千々に乱れたのだった。
聖子はスマホを手提げにしまうと、駅前を離れて祭りが開かれている神社に向かって歩き出した。
トン
聖子は祭りの屋台の間を歩いている時に、後ろから押されて、斜め前にいた女性にぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
「いえいえ。すごい人混みだものね」
慌てて謝った聖子に、ぶつかった女性は振り返り笑って言った。が、聖子のことを見て目をパチパチとした後、聖子の手を取り「こっち」と誘導してきた。連れて行かれるままに、聖子は歩いて行った。
連れて行かれたのは屋台の裏側だった。
「ちょっとここで待っていて」
女性はそう言うと、聖子から離れて屋台の一つに近づいていった。屋台の人と少しやり取りをして、すぐに戻ってきた。
「はい。使って」
彼女は聖子にティッシュを箱ごと渡してきた。
「えーと?」
「涙……拭いてよ」
彼女に言われるまで聖子は自分が泣いていることに気がついていなかった。ティッシュの箱を持ったまま動かない聖子から、彼女は箱を取り上げて、ティッシュを数枚取り聖子に渡してきた。それを目に当てた聖子は、自分の目から次から次へと涙が溢れてくることに戸惑った。だけど一度タガが外れたのか、涙は止まることはなく嗚咽まで漏れてきたのだった。
ひとしきり泣いて気持ちが落ち着いたところに、ペットボトルのお茶が差し出された。聖子はお礼を言って受け取り、早速ふたを開けて飲んだ。
「えーとね、おせっかいかもしれないけど、何があったのか話してみない? ため込むのは良くないっていうし、ね」
おどけた様にいう女性に聖子は少しためらったが、やがてポツリポツリと話しだした。要領を得ない話し方になってしまったのに、女性は聖子が言いたいことをすべて言うまで、黙って聞いてくれた。
「そうか~。不安に思っているところに、嫉妬をさせるような行為をされちゃあねえ~。でも、これは男が悪い! 彼も結婚を前提とした告白をしているんだから、もっとフォローをちゃんとしないとさ~」
「でも、彼は私のことを大事にしてくれています」
「うん、それはわかるよ。でも、聖子さんを不安にさせた時点で、彼氏失格じゃん」
「そうでしょうか」
「そうよ~。それにね、聖子さんも、もう少し我儘を言っていいと思うな~、私」
女性こと結城和花菜は、そう言うとニッコリと聖子に笑いかけてきた。
「だからさ、あったら甘えちゃいなさいよ。なんだったら『今夜は帰りたくない』と、言ってみるとかさ」
「か、帰りたくない……そ、そんなこと、言えません」
聖子は真っ赤な顔になって言ったのだった。




