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イベント屋へようこそ ~恋愛のご相談も承ります~  作者: 山之上 舞花
第2章 夏の恋はクロスオーバー
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第2話 案件『あなたと夏の恋を』その1

◇待ち合わせ


夏祭りの日。浴衣を着た上条聖子(かみじょうせいこ)は、かなり早めに家を出た。待ち合わせの公園に着いたけど、待ち合わせ相手はまだ来ていなかった。それどころか、相手は土曜日である本日も仕事をしていたのだ。聖子は木陰のベンチを見つけて、そこに座った。


聖子はすぐに手に持った手提げからスマホを取り出した。その画面を見て、嬉しそうに微笑んだ。どうやらいい知らせが来たようだ。スマホをしまった聖子は、一度会社のほうを見てから、視線をある木へと向けた。まるで夢想するようかのように、微笑みを浮かべながら。



聖子は待つ間に、待ち人である菱沼忠興(ひしぬまただおき)との出会いを思い出していた。二人の出会いは二年四カ月くらい前。大学を卒業した日に、この公園で出会ったのだ。先ほどから見つめている桜の木。この木を見上げていた時に、聖子は視線を感じた。その視線を辿った先に、菱沼がいたのだ。ただ、視線が合っただけ。それなのに、その眼差しが姿がとても印象に残り、忘れることが出来なかったのだ。



しばらくして、聖子はどこからか音が鳴っていることに気がついた。それが自分のスマホからだと気がつき、いそいそと取り出して耳にあてた。


「はい、聖子です」

『菱沼です。お待たせしてしまい申し訳ありません』

「いえ、お仕事ですもの。それにそんなに待っていませんわ」


聖子の返事に電話の相手である菱沼から、すぐに言葉が返ってこなかった。どうしたのだろうと思い、聖子から声をかけようとした時に、耳に済まなそうな声が聞こえてきた。


『上条さん、その……お待たせしておいてなんなのですが、もう一時間お待ちいただいてもいいですか?』


先ほどもうすぐ終わるというメッセージを受け取ったのだが、急な仕事でも入ったのだろうか。それとも何かトラブルが起こってしまったのかもしれない。それなら事務の自分にも手伝えることがあるかもしれないと、聖子は思った。


「あの、仕事のことでしたら、私にも何かお手伝いできることはありませんか?」

『いえ、仕事ではなくて……『菱沼君。急いでね』……(ああっ、今行くから)……えーとですね、……そう言えば上条さんはどちらにいらっしゃいますか』


菱沼の声の間に、彼を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。聞き間違いでないのなら、経理課の女性の声だ。彼女は菱沼と同期で、前に菱沼と付き合っていたと噂があった人だった。彼女は他の人と結婚をした。それが、この春に離婚をしたと噂されていた。現に彼女は苗字を旧姓に戻していたのだから。何故、その女性と一緒にいるのだろうと、聖子は気になった。


『上条さん、聞こえていますか?』


菱沼の声に聖子は我に返った。一瞬考えこんで、ボーッとしたようだ。


「あっ、はい。聞こえています」

『そうですか。それで上条さんは今』

「あの、菱沼主任は会社なんですよね」


聖子の返答にホッとしたように言葉を続ける菱沼に、何となく苛立った聖子は菱沼の言葉を遮るように訊いた。それも少しきつめの口調で、問い質すような感じになってしまっていた。


『会社にいますけど……上条さんは今どこにいますか?『ちょっと、ま~だ?』……(だから、少し待てよ)』


菱沼は少し戸惑ったような声を出したけど、また聞こえてきた声に彼が親しげな口調で返すのを聞いて、聖子はなんとも言えない気分になってきた。それに聖子と会う前の時間を、その女性に使うのかと思い悲しくもなった。


「わかりました、菱沼主任。それでは、私は先に行っています。会場についたら連絡ください」

『えっ? 上条さ』


聖子は一方的に言って、菱沼の返答も待たずに通話を終わらせた。ついでに電源も落とすと、ベンチから立ち上がりスタスタと駅に向かって歩き出したのだった。



聖子は電車に乗り涼しさにホッと息を吐き出した。木陰に居たとはいえ、やはり夏の日差しは暑かったようだ。そして、同時に頭も冷えてきて、後悔が頭をもたげてきた。そっとスマホの電源を入れると、この短時間で十回も菱沼から着信が入っていた。それを見て、すぐに電話をかけようとした。だけど電車の中なのを思い出して断念する。そしてマナーモードに切り替えておいた。


聖子はお祭りの会場近くの駅で降り、同じようにお祭りに向かう人混みに、押されるように改札を抜けた。そのあと行き交う人々の邪魔にならないようにと、少し脇の方に行って立ち止まった。それからスマホを取り出した。あれから菱沼からの連絡は入っていなかった。


聖子はスマホを見つめて、菱沼から連絡が来るのを待っていた。聖子からかけてみようかと思いもしたけど、菱沼の邪魔はしたくないという思いもあった。


(というよりも、電話をかけて、また菱沼だけでなく彼女の声を聞くことになったら。それよりも、電話に出てくれなかったら。今、二人で一緒にいて……)


嫌な考えばかりが浮かんでくるので、聖子はまた菱沼と再会してからのことを、思い出すことにしたのだった。


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