第1話 依頼は終わりじゃなかった その1
春にカップル成立したことで依頼は終了だと思ったのに、岡本社長から追加依頼がきた。
案件 二人の仲が進展していない件
依頼主 サンワ商事 社長 岡本源蔵
菱沼忠興は上条聖子との交際において、慎重になり過ぎているようだ。私の親戚だと知って、キスどころか手を握ることもほとんどしていないそうだ。こんなことなら、酔い潰すまで飲ませるんじゃなかった。
……おい、岡本社長。本音駄々洩れな依頼文を寄こすんじゃない。
まあ、とりあえずは菱沼氏の誕生日に、上条さんからキスをしたらいいんじゃないかと、返事をしておいた。そっから先は盛り上がっていくとこまでいくもよし、キスだけで済むもよし。
……というかさ、これって二人のプライベートなことだろ。もともと菱沼さんは真面目な人みたいなんだから、結婚してから事始めだっていいわけじゃないか。それをなんで親戚のおっさんが口を出してくんだよ。ほっといてやれよ。
えーと、再度の依頼文がきたぜ。俺の返答のとおりに上条さんは菱沼氏の誕生日にキスをしたけど、菱沼氏は抱きしめて「ありがとう」と言っただけだったとか。それで上条さんは「私には魅力がないのかしら」と落ち込んでいるらしい……。
ということで再再度の正式な依頼だ。
案件 菱沼忠興と上条聖子の結婚までを見守ること
依頼主 サンワ商事 社長 岡本源蔵
上条ゆかり (聖子の母)
私の娘、聖子は一人娘ということもあり、かなり厳しく育てました。悪い虫がつかないように高校までは女子校に通わせています。さすがに大学は男性への免疫がなさすぎるのもどうかと思い、女子大に進ませることはしませんでした。ですが、大学でも浮いた存在だったようで、男の影もありませんでしたのよ。これはこちらがいい方を探すしかないかと思っていましたわ。
でも、出来ることなら娘にも恋をしてもらいたいと思っていましたの。大学を卒業して恋をする様子がなければ、お見合いも致し方なしと思っていたところに、娘は恋をしました。
私に似たのか、かなり年上の方だと聞いて驚きましたけど、お相手の菱沼さんのことを知れば知るほど、いい方に恋をしてくれたと思いましたわ。
今回そちらのご指示のおかげで、縁を結ぶことができました。
ですが、まだ二人の関係は始まったばかりです。結婚の約束を言い交しただけの状態です。ちゃんと結婚するまで安心できませんの。
というわけですので、二人が結婚するまでのフォローをお願い致しますわ。
って、これ。社長じゃなくて、上条さんの母親からの依頼じゃないか。
俺はパソコンを操作して、二人のことを調べた時の資料を引っ張りだした。やっぱりそうだ。上条さんの母親は岡本社長の妹だ。つまり上条さんは社長の姪というわけだ。これじゃあ、社長も出張ってくるわけだ。そういや、この親戚関係を調べた時に引っかかったことがあったんだよな。
……ああ、これだ。やっぱり。上条さんのいとこは男ばかり。それも上条さんが一番年下だ。こりゃあ、周りが放っておくわけはないか。
このあとの二人の予定が追加資料にあったよな。なになに、夏祭りに行くだって。それならこの時に軽い事件を起こして、つり橋効果を狙って仲を進めさせるようにするか。
そんなことを思案していた俺の前に、人影が立った。声もかけずにくるなんて珍しいと思いながら、俺は顔を上げた。
「ゲッ」
「ちょっと、ゲッて、何よ。ゲッて!」
目の前には明らかに不機嫌な顔をした智絵が立っていた。仕事の場で自分の感情をあらわにすることがない智絵が怒っているんだ。驚いたって仕方がないじゃないか。
その智絵は一枚の紙を俺に差し出してきた。
「はい、依頼よ」
渡された紙の内容を一瞥して、すぐに視線を智絵に向けた。
「どういうことだ」
「書いてあるとおりよ! いい加減頭に来たから、懲らしめるための知恵を貸しなさい!」
案件 桐谷尋昇を懲らしめたい
依頼主 綾瀬智絵
私の親友の萱間萌音は、春に住んでいたマンションの水漏れ事故により住む場所を失いました。その時に課長である桐谷尋昇氏の、自宅の空き部屋を間借りすることとなったのです。二人が恋人同士ならいいのですが、二人の関係は会社の上司と部下でしかありません。それなのに、萌音は毎日言い寄られて困っているそうです。いまとなっては軽い軟禁状態と言えるでしょう。
というのも、桐谷氏は萌音に告白をしていないそうですから。好きと言われていないし、つき合おうもなし。ただ部屋が空いているから居ていいと言われただけ。
それなのに、萌音が休日に出かけようとすると、『どこに行くのか? 誰と出掛けるのか?』という詮索がすごくて、辟易した萌音は外出をすることをしたがらなくなった。
というわけで、私と萌音の中を引き裂こうとしている桐谷氏に、天誅をくらわせたい!!
もう一度、ちゃんと読み直して顔を上げた俺は言った。
「マジ?」
「真剣に決まっているでしょう! こんなこと、冗談で言えるか~!」
智絵は怒りの叫び声をあげたのだった。




