第3話 案件『一目で気に入りました♪』 その2
◇興信所の男
相馬が連れてきた永井という男。俺の対応を気に入ったのか、彼の雰囲気が変わっていった。
くたびれた感じは、丸め気味にしていた背を伸ばしただけで払拭された。そして、少しぼさぼさとしている前髪をかき上げて隠れていた目を出すようにした彼は、意外に涼やかな切れ長の目をしていた。もちろん目の色は濁っていない。
「相馬君に訊いた通りの方のようですね。さすがは大学の時に会社を立ち上げた方だ」
「俺のことを調べたのか」
「ええ。ですが調べるまでもなかったですよ。ホームページにも書いてありましたし」
「表だけじゃわかんねえぞ」
「ええ。だから興味を持ちました」
ニヤリともう一度笑った永井。いや、永井ではなくて興信所所長の松崎拓実と、名刺には書いてあった。まさかほんまもんの探偵とお近づきになれるとは思わなかった。
それに遊び心で付け加えておいたホームページのあれにも、気がついたようだ。よほどの暇人か、うちの会社に興味を持ったやつしか気がつかないようなものに。
ということは、こちらのことを徹底的に調べたということだろう。
まあ、普通に考えりゃイベント会社と銘打っているのに、探偵みたいに調査らしきことをしてりゃ、怪しんで調べたくもなるんだろうな。
そんなことを考えて松崎を見ていたら、松崎はスッと表情を改めた。
「ところで急に訪ねてきたのには、もちろん訳があります。そちらが依頼を受けている案件にも関わりがあることなので、出来れば協力できないかと思いましてね」
松崎の言葉に、俺は目を細めて相馬のことを見た。相馬は慌てて首を横に振った。相馬は何も話していないと言いたいのだろう。必死な表情に嘘がないことがわかる。
ということは、松崎は清掃で行ったモトミヤ株式会社での相馬の様子をみて、何かを調べていると勘づいたということだな。
「一応相馬君の名誉のために言っておくけど、彼は何も俺にしゃべってないよ。彼はちゃんと自分の仕事をしていたし、彼に興味を持った向こうの女性社員から話し掛けられても、普通の会話をしていただけだから。ちゃんと何気ない会話からうまく誘導して情報を聞き出そうとしていたしね。ただその会話を小耳にはさんだ俺が怪しんで、相馬君のことを調べさせてもらったというわけさ」
俺が聞くより先に、種明かしをする松崎。先ほどより砕けた言い方にしたのも、他意はないと言いたいのか。というよりも、彼の言葉からすると、こちらが何のために相馬をあの会社に行かせたのかは知らないが、観察対象が桐谷氏だということはバレているんだろう。そして、松崎が調べていることに桐谷氏も関わっているのだろう。
思考を巡らす俺に、松崎は何でもないことのように言葉を続けた。
「協力してくれるのなら、そちらがお探しの桐谷尋昇氏の意中の相手を教えるよ~」
俺はもう一度相馬の顔を見た。相馬は蒼白な顔で首と手を振った。そんな俺たちのことを、松崎はニヤニヤとした顔で見ていたのだった。
結局、松崎と協力しあうことになってしまった。松崎が帰った後、相馬は自分のミスだと落ち込んでいた。
だけどこれは相馬のミスじゃない。松崎の話でも、たまたま松崎がマークしていた相手に、近しい人物としてチェックをしていた桐谷氏のことを、伺う感じの相馬に何かあると探偵の勘が告げて、相馬を調べることにしたようだ。これが本物なのかと、俺は感心したけどな。
とにかく珍しく自信喪失している相馬に、相手が悪かったことと、そんなに気になるのなら松崎のノウハウを盗むくらいのことをしてみろと、はっぱをかけておいた。そんなことは思いもしなかったようで、相馬はしばらくして不敵な笑顔を顔に浮かべていた。
相馬が帰ったあと、俺はパソコンの前で唸っていた。松崎から貰ったデータに見知った名前が書かれていたからだ。よりにもよってなんでこいつなんだよ。
「さっきから何を唸っているのよ」
その声に顔を上げると、智絵がパソコン越しに心配そうに見ていた。
「えーと、いや、すんごく進展があったんだけど、桐谷氏が気になっている女性が、まさかのやつで……どうしようかと」
訝しそうに俺の顔を見てくるので、智絵をちょいちょいと呼んで、パソコンの画面を見せた。その内容をしっかりと見た智絵が、面白そうな声を出した。
「あら~、桐谷さんが気になる人って萌音のことだったのね。なら、話は簡単ね。私が桐谷さんのことをどう思っているか、萌音に直接訊けばいいだけじゃない」
「あのな、萌音にいろいろ気づかれずに、ことを進めたいんだぞ。特に桐谷さんの妹弟からの依頼だってことは気づかれるわけに行かないんだから」
「もちろんわかっているわよ。だから逆に私が話しをするんじゃない。親友同士で恋バナに花を咲かせるのよ。そのことの何処におかしなことがあるっていうのよ」
智絵のいうことはもっともだと思う。けど、俺は不安が拭えなかった。
「だけどな、もう一つ問題があるだろ。萌音って俺たちがこんな仕事をしているって、知らないはずなんだ。そこを気づかれたら元も子もねえんだぞ」
そういった俺に智絵は不敵に笑った。
「まあ、そこはこの智絵さんに任せておきなさい。伊達に中学から萌音のお守りをしてないんだからね」




