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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の天使

第四十六回開催は7月21日(土)

お題「寂しくないですか」/記念写真

7月20日は修学旅行の日、Tシャツの日です。皆様の参加をお待ちしております。

作業時間7/22(日)

0:00~0:58

 ぼくがその隊集合の記念写真を見る度に思い出すのは、あの人の事だ。

 長かった大戦が終わろうかという頃、ぼくは死に損なった。ぼくが乗るはずだった戦闘機が言う事を聞かなくなってしまって。メカニックを呼んで修理して貰っても、うんともすんとも言わない。愛機がへそを曲げてしまったのだから、今日は空へは行けそうに無い。

 ぼくはふて腐れて、基地の休憩所で長椅子に寝そべっていた。

「まったくこう暑くちゃ、戦闘機の方も参っちまうってな」

 一回目の爆撃をかいくぐり、帰還したメルクリオがぼくにスキットルを投げて寄越した。僕の胸元にとぷん、と音をさせながら着地したそれを、面倒臭そうに受け取ると、フタをひねり、口内を湿らせる程度に含むと、すぐに咽せた。彼は派手に笑う。

「まだガキ舌は直んねえみたいだな、ラウロ」

「そんな事言ったって、ぼくはもともと酒が苦手なんだよ」

 まあ、口に入れようとしただけ進歩だな、そう言ってメルクリオはスキットルを長テーブルに置くと、長身に見合う長い足を組んで、ぼくの向かいの長椅子に腰掛けた。

「この戦争はもう終わる。ラウロ。戦闘機にはもう乗るな」

 メルクリオは酷く真面目な顔つきで言った。ぼくは話半分で聞いていたけれど、ふと戦闘機乗りの手練れの彼が恐れる何かに興味が湧いた。「なぜ?」と。

「俺は見てきた。戦闘機乗りになって、お前みたいな何にも知らない若い奴らが、何も知らないまま死んでいくのをな、俺はもうたくさんだ、死を見届けるのも、若い奴らより生き残るのも」

 メルクリオの瞳は真剣そのもので、ぼくも黙って頷くしか無かった。

 二回目の空爆が決まった時、ぼくとメルクリオは同じ班に配属になった。メルクリオは苦虫を嚙み潰したような顔をして、ぼくに機を降りろと言ってきた。

 二回目のぼくの機は順調でハエみたいに飛んでくる敵機三機を撃ち落とした。敵味方乱れ飛ぶ中で、メルクリオの漆黒の機体だけは輝いて見えた。旋回する、反転する、迎え撃つ。ひらりと躱して敵に一発お見舞いする様なんて、ぼくでも胸が空くようだった。「空に愛される」とはこういう事を言うのだろう。

 仇とばかりに敵機はぼくのうしろに食らいついてきた。スピードを上げても、左右に尻を振ってもぴたりと付いて離れない。やがて疲労で意識が遠のきかけた時、滑り込む様にして黒の機体がぼくと敵機の間に割って入った。ぼくはその時、死神の鎌が、空を切り裂いて死を呼び込んだのかと思った。相手のプロペラと片翼をもぎとって、自分も片翼を。パラシュートが開いて人が堕ちてゆく。無事なのか? ぼくは慌てて着陸できそうな所を見つけると、かれを救出に向かう。彼は砂浜の上に赤黒い染みを作っていた。

「メルクリオ!」

 駆け寄って傷口を押さえる。彼の腹からは鼓動のように血が溢れていて、死はもう目前だった。

「メルクリオ、死ぬな! お前みたいな熟練の戦闘機乗りは空じゃ死なないんだろ!」

「は……はは、無茶、言うな」

 ぼくは彼を担ぎ上げ、何とか基地に戻った。正確には「メルクリオの遺体」と基地に、だ。

「寂しくないですか」

 ぼくを診た医者がやけに人間くさいことを言うものだから、思わず言ってしまった。「悔しい」って。「ぼくのせいで、メルクリオは死んだんだ」って。

 それから涙が止まらなくなって、彼に申し訳が立たなくなって。戦争の意味を、人が死ぬと言う事を、彼が死ぬまでぼくは甘く見ていたんだ。


 だから、この話はお前達に継いで貰いたいと思ったんだよ。

 そう言って私は幼い孫達に語りかける。何度でも、あの黒い天使のことを。

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