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逢魔怪奇譚  作者: 和泉キョーカ
1/1

情報課長

ちなみに、WHLの存在は、世界の首脳レベルの人物にしか公開されていない。

 僕は何のために生まれ、なんのために死ぬのか。――いや、それ以前に、僕には死があるのか。もはやわからない――わからない中で、僕は何度も悔やみ、その死を望んだ。それでも僕は死にきれない。幾度となく友人の今際の際を看取り、老いぬ体を気味悪がられ、心に深い傷を負って、満月に吼えた。それでも、天の神は何の答えも僕に与えない。今までよく接してくれていた同族たちは、いつしか気が狂ったように人間を襲い始めた。その理由も、僕にはわからない。

 いつからだろう。僕は、同族を屠る狩人になっていた。僕の生きる理由と、同族の正気を取り戻すために――。


 もう会議はとっくに始まっている。相棒たちは何をやっているのだろう。僕は、議長に断りを入れ、隣席の同僚に会議内容をメモしてもらうことにして、会議室を出て、特殊な呪術を解き、普通にエレベーターを使って表に出た。そこで、携帯電話を取り出して、相棒に電話をかける。

『あー、レイか。わりぃ、ガキが道に迷った。』

「エド、君が案内すればいいじゃないか。……どうせまたマイヤが駄々をこねているのだろうけど。」

『あぁ、さっきからこっちであってるって聞かねぇんだ。あっ! おいガキ! そっちじゃねぇ、だからそっちは反対方向だって!』

『うるさいなぁエドは! たどり着けばいいの!』

 電話の向こうで、青年と少女の喧嘩が聞こえる。僕の相棒、エドワードとマイヤだ。エドワードは昔から押しに弱いところがある。正反対にマイヤは、昔から押しが強すぎる。したがって、方向音痴のマイヤが道に迷うと、必然的にずるずると時間が過ぎていく。

「……近くに何がある?」

『あー。……グランドハイアットニューヨーク。』

「おーけー。迎えに行くよ。」

 僕はそういって電話を切り、ひとり呟く。

「東四十二番街を直進すれば着くじゃないか……。」

 エドもけっこうな方向音痴だなぁ、なんて思いながら、僕は不可視の翼を広げ、大空へはばたく。そのまま東四十二番街を直進していると、確かにいた。日本とは違って山吹色のタクシーがひしめく東四十二番街とレキシントン街の交差点で、喧嘩している青年と少女を見つけた。そこに着地して、二人の肩をたたく。

「ほら、もう会議終わっちゃうよ。」

「あ、レイ!」

「やっと来たか……。」

「二人とも、何回もこの街に来てるんだから、少しは地理に慣れようよ。」

「「だってこいつが!」」

 二人仲良く息を揃えて、両者の鼻を指さす。

「はいはい。……もう会議終わっちゃってるね。仕方ない……。ロッジルームのチェックアウトをして、夜には帰国しよう。」

「ほらぁ、エドが黙って私についてこないから!」

「どの口が抜かす! まったく見当違いの方向行きやがって!」

「喧嘩しない!」

 僕は一喝して、ふたりをその場所――国際連合本部ビルまで連れ戻した。その事務局ビルの、最上階三十九階を通り越した存在しない四十階に、僕らの職業である『ハンター』の国際組織本部オフィスはある。そしてまたその中に、各国から集うハンターたちのための宿泊施設、ロッジルームがあり、チェックインをすればハンターのだれもが使えるようになっている。

 僕らは夜までに荷物をまとめ、オフィスのロッジルーム受付でチェックアウトをすると、オフィスの奥にある長距離移動用の魔水晶ポータルを起動させ、開かれたゲートをくぐった。そこは、僕の生まれ故郷――日本。その首都東京の、僕が住む一軒家だった。エドとマイヤは、一応僕の居候ということで、同居している。


 そもそも『ハンター』とは何なのか。そこから説明する必要がある。最低限の知識を備えた日本人ならば、彼の名を知らぬ人はいないであろう。安倍晴明――。彼に類する、いわば『陰陽師』。日本のハンターの起源は、厳密にはもっと古くからあれど、明確に「魑魅魍魎と相対する存在」として人々に認知されたのはそこが始まりだ。

 つまりは、一般人のあずかり知らぬ場所で、秘密裏に妖怪やモンスター、悪魔なんかを討伐する職業である。昔から特異な力、『魔力』、または『妖力』を持つ一族だけが就くことを許された、退魔の狩人だ。最近は魔物が住まう世界、魔界による人間世界への浸食が激しく、秘密裏に行わなければならないはずの討伐作戦が公に出てしまい、度々ゴシップを騒がす事態になってはいるが、それでも魔性の異物は秘匿しなければならない。

 ――最も、僕のような異端者がハンターになることも最近じゃ珍しくなくなったけれど。


 僕の家のリビングで、下着姿のままだらしない格好でソファにもたれこむマイヤは、僕があらかじめ会議で隣席になった、肩書上は『ワールドハンターズレギオン(WHL)』の修理課代表、イネス・モンテマジョルというスペイン人女性に頼んで取ってもらっていたメモを、最高クラスの機密文書であるにもかかわらずひょいと僕のカバンから取り出し、音読し始めた。……いや、おいおい。

「えーっと。昨今の魔界による人間界の浸食は史上に類を見ない激しさである。これを受け総務課は情報課から二名、討伐課から四名を派遣隊として結成し、魔界探索を行うことを決めた。……レイ、情報課から二名だってさ。決めてあるの?」

「いや、その前に言いたいことがいくつかあるんだけど。」

「どったの?」

「ひとつ。何回も言ってるけど下着だけでうちの中ウロチョロしないで。ご近所様に見つかったらどうするのさっていつも言ってるよね。ふたつ。一応僕WHLの幹部なんだから、一般ハンターが幹部のカバン漁って機密文書拾いあげてなおかつ音読するとか上に報告すれば君の処遇もことによっちゃ……あれなことになるよ。」

「レイはそんなことしないでしょ?」

「……しないけど。」

 しないとは言えやめてほしい。組織の体系というのは幹部の情報秘匿によって成り立っているのだ。それは一般ハンターに混乱を招かないようにするためでもある。確かにマイヤは肉親でもないのに、幹部の一番近しい距離にいる。だがそれは理由にはならないのだ。

「とにかくやめて。あと服着て。それじゃ突然小父さんが来た時に僕が怒られちゃう。」

 一応マイヤはまだティーンにもなっていない幼い少女なのだ。下手をすれば僕に風評被害が出てしまう。そんな会話をしていると、エドが自家製のフライドポテトをボウルいっぱいに詰めて運んできた。

「そら、もう遅いからそれ数本食ったらガキは寝ろ。」

「えー、やだーまだ眠くないー。」

「明日プリキュア見れなくても知らねぇからな。俺は起こさねぇぞ。」

「レイが起こしてくれるもの!」

「僕も起こさないよ、ここ数日ずっとデスクワークで疲れたんだから……。」

「……わかったよぅ。」

 そう言って、すごすごと自室に向かうマイヤ。彼女がリビングのドアを閉め、気配が完全になくなったのを確認して、僕はカバンからノートパソコンを取り出した。


「うちからはルディとクラウスを送るよ。二人とも異論はある?」

『ないぜ。』

『ないっすよー。』

 ビデオ電話で仲間と連絡を取り合い、今回の会議の結論をおおまかに話す(細かくは機密事項なので言えないけれどね)。僕は、先ほども言った通り、WHLの幹部を務めている。その役職は、『情報課長』。情報課とは、WHLにおいて、情報収集や現地調査を主な任務として動く、いわばエージェントの集う課だ。その総合課長を、不肖ながらこの僕が任されているというわけだ。

 ビデオ電話とはいえ、僕は実に二千人の上に立つわけだから、いちいち画面に仲間の顔を映していてはパソコンのスペック的に危ない。そんなわけで、今は音声だけになっている。それでも、僕は全員の声を聴き分けることができるし、やろうと思えば聖徳太子的なことも可能だ。そんな中でも、僕がいまだに声の判別にやや時間のかかるふたりがいる。

『ねーチーフ! 私らがいけばいんじゃないかな! 私らなら息もぴったりでへましないよ!』

『チーフ! ワタシもクロエと一緒に行きたい!』

「あ、君がクラリスだったか……。」

『あぁっ、ひどい! チーフってばまだ私たちの声が聞き分けられないの!?』

『ひどいよ! ワタシたちのこと半分育ててるようなものなのに!』

 クロエ・レルネとクラリス・レルネの双子の姉妹。声だけでは判別が不可能なので、僕はいつもどちらか一方が別の一方の名を呼ぶまで個人の特定はしないようにしている。

『クロエ、これは母様に言いつけましょ!』

『クラリス、これは父様に言いつけよう!』

 話し方が童話の主人公のようだ。いやいやそうじゃない。このふたりの両親は総務課の幹部だ。こんなことで謹慎処分とかたまったものじゃない。

「あぁ、ごめんごめん。えぇっと、じゃあルディとクラウス……。」

『あぁ、こいつらが駄々こねると終わらないからな。私はそれで構わん。』

『はっはっは、せっかくの魔界上陸チャンスだったんすけどねー。仕方ないっすね!』

「ありがとうね。じゃあ、今回の派遣隊に同行する情報課メンバーはクロエとクラリスで。」

『やったねクラリス!』

『やったわクロエ!』


 この派遣隊が何をもたらし、僕らにどんな変化を与えるのかはまだわからないけれど、きっと、いい結果がやってくると信じてる。

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