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13、エピローグ

 二週間ぶりに探偵事務所のあるビルにやってきた瞳は小さくため息ついた。初めて来たときと同じように緊張してはいるがその種類が違った。階段を上り、浩二が事務所の扉を開く。


「やあ浩二、お疲れさま!」

「お疲れさまじゃねえよ! 事後処理全部こっちに押しつけやがって!」

「いいじゃんそれくらい。あ、五十嵐刑事もお疲れさまです」


 二週間前と変わらない笑顔で出迎える進に少し焦りながら瞳は頭をさげた。

 浩一の言葉の通り、あの事件が終わった後、その後処理に追われるようにして探偵事務所に足を向けることができなかった。

 物理的な処理はもちろんのこと、書類仕事に、はては普段姿をまじかで見ることもほとんどないようなお偉方への説明にと、むしろ仕事は事件後よりも盛りだくさんだった。

 もちろん通常の事件でも書類仕事などはあるが、しかしこれほどでもない。とくに今回はいくつかの虚偽報告書も作らなくてはならなかったので心労も並大抵のことではなかった。


「座って。今お茶いれるから」

「菓子も出せ」

「しかたないなー」


 初めて来た時と同じように長椅子に浩二と座っていると、すぐに進が緑茶と浩二の要望であるあるお菓子を持ってきた。


「はい。創餡庵の大福」

「お、いいね! ここのコーヒー大福旨いぞ」

「……なんだか色々種類がありますね」


 浩二が示したのは白地に茶色のパッケージの大福だった。木製の菓子入れにこんもりと盛れた大福は白の和紙に包まれ、それぞれの名前がイメージカラーとともに印刷されたシールが貼られてある。例えばコーヒー大福なら茶色で、ブルーベリーなら青、苺なら赤、桃ならピンク、抹茶なら緑と言った具合だ。

 十種類ほどあるそれを眺めていた瞳だが、せっかくお勧めされたのでコーヒー大福を一つ手に取り包装を解く。


「あ、ほんとだおいしい」

「だろう?」


 コーヒークリームのほのかな苦みが、意外なほどにほのかな甘みをもつもちによくあった。その隣で浩二は蜜柑大福を、彼女たちの目の前に座った進はブルーベリー大福をそれぞれ手にとっていた。


「ここたまにすげえ冒険するけどあんまハズレってないよな」

「トマト饅頭ってどうなんだろうと思ったけど案外美味しかったしね」


 ここまでトマト。思わず瞳は言っていた。


「トマトお好きなんですね」


 瞳としてはいつも進と浩一がトマトジュースを飲んでいるようなイメージがあったので言っただけだったのだが、その言葉に進と浩二は一瞬動きを止めた。そしてちらりと進は浩二をみると苦笑しながら答えた。


「トマトジュースっていうか赤い食べ物が多少吸血衝動を抑えてくれるからね。ちなみに二人して辛いものはダメだから、その流れでトマト一択になりました。トマトは普通に好きだけどねぇ」

「は、はあ」


 思っていたより重い答えに相槌を打つのが精いっぱいだった瞳。しかしトマト饅頭とはいったいどんなどんな食べ物だろうと首をかしげつつ瞳は苺大福に手を伸ばした。その時やっと仕事で来ていたのを思い出す。


「って、先輩! 書類渡すんじゃなかったんですか?!」

「んー、ああそうだった」


 掌についた粉をハンカチでぬぐいつつ浩二は書類を進に渡した。それを受けった進は必要な部分をチェックすると笑顔でうなずいた。


「うん、さすが五十嵐刑事。記入ミスなんかもないですね」

「まて、しょっぱなから俺が書いたって可能性はゼロか」


 進は浩二の言葉を鼻で笑った。


「はっ! 僕がどれだけお前の書類ミスにつきあわせられたと思ってんだよ」

「む、それは、まあ……」


 言い返す言葉もないらしい。瞳は初めてみるような進の座った眼を見ながらそれもしかたがないと静かにうなずいた。その瞳に視線をうつすと、進は今度はうって変わっての穏やかな表情になる。


「今後ともよろしくお願いします、五十嵐刑事」

「あいえ、こちらこそ!」

「……降りたいと言われなくてよかった」


 ぽつりと漏らされた言葉に瞳は顔を伏せた。それは何度も考えたことだった。けれど自分が辞めてどうにかなることかと言われればそうではない。あまりにもどこか瞳とは無関係の場所でことが進んだ。


「あの……いまさら何ですけど、あの時なにか他に方法はなかったんでしょうか?」

「つまり藤村さんの記憶だけ変えずにあの兄弟の記憶だけ変えたこと?」

「はい」


 浩二はそれに関して口をはさむつもりはないらしい。静観の構えを見せていた。


「藤村さんは結局死体遺棄にしか問えない。ミケ本人の証言があるからね」

「それです! どうして死体遺棄に問えるのにそうしなかったんですか?」

「遺体が存在しないからだよ」

「それはミケが美奈子さんの体を使っているからですか?」


 進はその問いに小さく息をはいた。椅子に深く座りなおし瞳をみる。どう説明するかと小さくつぶやきながら、ゆっくりと言った。 

「まず、その認識からちょっと間違ってる」

「え?」

「五十嵐刑事は猫又ってしってる?」

「え、えーと、尻尾が二股に分かれてて人間に化ける?」

「そうそう。で、本題なんだけど、猫又が人間に化ける方法は知っているかな?」


 瞳は少し考え込むように押し黙ったが、すぐに首を横にふった。それを見て進は彼女から眼をそらした。頬をかきながら答える。


「丸ごと食べるんだよ」

「あ」


 事件の最中、浩一はミケが美奈子の体を食べたと言っていた。


「詳しくは文献を漁らないといけないけど、まるごと人間を食べてその人間になるみたいだね」


 食べようと思っていた苺大福を思わず机においた瞳。どう考えてもこの話の流れはミケの話だった。確かに猫の姿に戻ったミケはたまに尻尾が二股に分かれていた。


「だからミケは」

「食べたみたいだねえ。いや、食べざる得なかったのかな? それが症状の一種ともとれるし」


 何をとも、誰をとも言わないが瞳にはその文脈の意図はしれた。なるほど、たしかに遺体はない。


「そうなると立証は難しいし、ならなかったことにしようというね」

「それは、怠惰なのでは?」

「そういってくれるなよ、五十嵐刑事」


 苦笑交じりでそう言ったのは探偵事務所の奥からやってきた浩一だった。また片手にトマトジュースを持っている。その一見するとかわいらしいアイテムが一種異様なものに見えるのは彼らがトマトジュースを飲む理由を知ってしまったからだろう。

 今日の浩一ははじめて会った時とは違い最初からスーとを着ていた。それて最後に見た時のような大人姿ではなく子どもの姿である。思わず瞳は首をかしげた。ミケを連れて帰る時は間違いなく大人姿だった。自分のデスクに腰を下ろした浩一は瞳の視線に気が付き苦笑した。


「あの一時的なものでね。なんていうか、常に血が足りていないんだよ。常に百パーセントの力を出せるように血を飲むのも、ねえ。あんまりいいことじゃないし」

「じゃ他の探偵も?」

「まあなにからしら力の制限があるけど、こんな風に小さくなってるのは俺だけ」


 ちらりと進を見た浩一は肩をすくめてその理由も説明する。


「そこのバカが一回死にかけて、正当な手順を踏まずに延命したらこうなった。まあ、俺がかなり部分で悪かったんだがな」


 最後は自嘲じみて言った。だが進が少しだけ表情を硬くしているのをみて鼻で笑うとあえておどけるように言った。


「つまり、進が俺の生命力みたいのをごっそり持っていったせいで俺は縮み、あいつはでかくなった。気をつけろ五十嵐刑事、あいつは見た目以上の大食漢だぞ」

「なですかそれ」


 思わず瞳がくすりと笑うとそれを笑うと進もまた釣られるようにして笑みを浮かべた。それを確認すると浩一は先ほどの話の続きをしゃべり始めた。


「あて、説明の途中だったね。現状としては今だアクアマリン症候群の患者に関する明確な規定をした法律が存在しない。もちろんだから俺たちが何をしてもいいかと言うとそれは違うけど、それよりなにより事例なんかを集めるのが最優先っていう事情があるんだよ」

「……嘘つけ、好き勝手やって、いてっ!」


 小さな浩二のつぶやきに、いつの間にか用意していた小さなネズミの使い魔で浩二のふくらはぎを噛ませると浩一は何事も起こっていないような顔で話を続ける。


「ただまあ見ての通り並みの人間だと太刀打ちできない案件もごろごろしているからそれをどうクリアするかって問題もあるんだけどね」


 納得はしないが理解はした。そんな表情の瞳に浩一は案外優しい眼を向けた。その目線に勇気ゆけられるようにして瞳はもう一つ気になっていたことを聞いた。


「あの! ミケってどうなったんですか?」


 検体にすると言って連れ帰られたミケ。寅吉たちはミケを車から守ろうとして母親は亡くなったという記憶が浩一によって植えつけられている。本当の記憶を覚えているのは琴美だけだ。


 浩一が与えた罰。それはその罪の意識を持ったまま記憶を書き換えられた兄弟と接するのは優しい彼女には苦痛であるはずだった。そして実の息子である寅吉と、息子のように思っている戌吉と申吉を見捨てることなどできない。

 その問いににやりと浩一は意味深に笑った。進に視線をもどすと彼は何とも、若干疲れたような顔で肩をすくめる。


「検査の結果、人間の遺伝子と猫の遺伝子が半々にまじりあっていることが分かってね、しばらくは日常生活の中でどんな変化があるか観察することになった」

「へえ」

「その報告も逐一送れっていうんだから人遣いが荒い」

「え?」


 小さな鈴の音がした。どうやら使い魔にとりに行かせていたらしい大福を持つ浩一の手元から猫が顔を覗かせた。見覚えのあ三毛猫。


「えーと、もしかして?」

「もしかしなくてもミケですよ」


 猫の口からでた人間の言葉に思わず瞳は固まりかけた。それを見てミケは小馬鹿にしたように二股に分かれた尻尾を振った。そして自分の先輩の顔を見る。すると浩二は笑って言う。


「こんくらいで驚くなよ。こいつらの破天荒ぶりとしたらまだ大人しい方だ」

「そう、なんですか」

「そうなんだよ」

「しばらくはうちで働いてもらうことになったから。ま、これがこの子への罰だね。かなり富山の家を気にいっていたみたいだし」


 浩一の言葉を聞きながら落ち着くために瞳はだされたお茶を一息に半分ほど飲んだ。深く息をはいて気分を入れ書ける。

 そしてこの場にいる全員を見て言った。


「けどこれで事件も終わりですね」

「うんそうだね、五十嵐刑事もお疲れさま」

「ありがとうございます、水月さん」


 新しい大福に手を伸ばしながら進はそう言って瞳に微笑みかけた。その時ふと彼女の眼にいたずらっぽい輝きがともる。隣の浩二に言った。


「これで彼女さんとゆっくりできるんじゃないんですか?」


 仕事中の愚痴からそう言ったのだが、一瞬で部屋の空気が凍りついた。言われた本人はどこか照れくさそうにしてるのに対して、浩一と進は半笑いだ。何が起こったのか分からず、思わず同じように首をかしげているミケと目線を合わせることになる。

 いぶかしんでいるミケの頭をなでながら浩一は言った。


「五十嵐刑事」

「はい」

「どうも貴女とは長い付き合いになりそうだから言うが、彼女じゃない」


 浩一は意味が分からず首をかしげる瞳も浩二を見ないようにしながらも口ごもる。ゆえに浩二自ら言った。


「彼女じゃなくて彼氏」


 恋人云々の話をした時の刑事課の面々のすさまじい表情をやっと理解し、今度こそ衝撃の真実に凍りついた瞳。

 そして外のはき掃除をしていた一階の喫茶店の店長は晴天の下に響き割った女性の声に、彼はやれやれと首を振った。



完結しました。タグがオチのネタバレだった件。

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