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アントラクト メイ・ハーヴェイの交渉

メイ・ハーヴェイはとある屋敷の前に来ていた。

アーデンバウムの領主であるアマルフィ家の屋敷である。

アマルフィ家は先代が数年前に死に、

現在は長男のコンラッドがアーデンバウム伯を後継したばかりであった。


「コンラッドに会いたいけど……突っ切るわけにもいかないわよね」


メイがここまで来たのは、旧知のアーデンバウム伯に便宜を図ってもらうためであった。

直接入るわけにも行かないので、とりあえず屋敷から本人が出てくるのを待つ。

時刻はまだ昼前。細かいスケジュールは把握していないが、上手くいけば政庁に出仕するところを捕まえられるだろう……と、淡い期待を抱きながら、出仕の馬車が現れるのを待つ。


「……来たっ!」


一時間ほどまって、馬車が現れた。

魚の紋章は、アマルフィ家のものである。

普通に声を掛ければ止まってくれないが、

『彼女だ』と一発で気づいてくれるだろう声掛けをすれば無視はするまい……と、意を決した。


「コンラッドッ!ああ、貴方はなぜコンラッドなのッ!?」


ぶほっ、という口に含んだお茶でも噴出したような音がした。成功である。

馬を引いていた兵士が「なんだなんだ」とこちらに近づいてくる。


「おい、なんだ貴様っ!アーデンバウム伯に何の用だ!」

「何の用とはひどいわ!私はただ、コンラッドに会いたいだけなの!ねぇ、コンラッド!いるんでしょう!?貴方が忘れても、私は忘れはしないわ!」

「ええい、アーデンバウム伯に近づく痴れ者めっ!捕えろ!」

「ちょっと、離しなさいよ!アーデンバウムなんて知らないわ!コンラッド!私よ!メイよ!あの夜のことを忘れたなんて言わせないわっ!」


姦しく。ひたすら姦しく騒ぎ立てる。

そうこうするうちに、ガチャリ、と馬車のドアが開いた。


「離してやれ……」

「アーデンバウム伯ッ!?しかし」

「いいから。おい、そっちも少し静かにしてくれないか」

「ああ、コンラッド!」

「ねぇホント。頼むよ。静かにして、ね?」

「これはどういう……」

「アレだ、古い知人だ。ちょいと悪ふざけが過ぎるだけの……ホントだぞ!?」

「そうよ!」

「いいから黙れっつってんだろ!あー……分かった、衛兵長。今日の予定はキャンセルだ」

「よろしいので?」

「もともとコーネリアと話をするだけの予定だった。うん。問題ない。どうせ今日も門前払いだろう。それよりも過去を清算する方が先決だ。ああ!そうだとも!頼むから今日のことは内密に頼むぞ!」


はぁ、と曖昧に頷く衛兵を押し切り、メイを馬車に乗せて屋敷に戻る。


「ああ、頭が痛い……」

「牛乳飲むと良いらしいわよ。知人に聞いた話だけど」

「お前のせいだっ!何の用だ、カーメイ!」

「ちょっとしたおねだりにきたわ。お願い出来ないかしら?」

「ああ、ホント!お前はいつも疫病神だなぁ!」


頭を抱えて、コンラッドは雄たけびをあげた。






メイはコンラッドに連れられてアマルフィ邸の客間に連れてこられた。

壁には絵画や龍種の鱗の剥製が飾られ、いかにも貴族の応接間、といった風情である。


「これでゆっくり話せるわね」


人払いは済ませた。内密な話、ということで護衛も先ほどコンラッドが下がらせていた。


「……やりたいことはわかるが、あそこまでやる意味がわからない」

「普通に話しかけたって、素通りされるか捕まるだけでしょ。それだった愛人の振りでもしたほうが自然に捕まるじゃない」

「こっちの外聞についても考えてくれ!」

「何よ?女遊びの一人や二人、領主なら甲斐性ってもんでしょ……あ、まさか。さっき女の子の名前出してケド」

「ああ!そうとも!お前のせいでご下手するとご破算だがな!」

「ふぅん。ま、話を聞く限り脈なしだったんでしょ?よかったじゃない。どうせ貢がされて搾り取られて捨てられるのが関の山よ。その前に別れられてよかったと思うべきじゃないの?」

「脈なし、というわけじゃない。条件付きだが、結婚の話までは進んでいた」

「ええ?条件付き?なんか性格悪そうだけど。……何よ、その条件って。アーデンバウム伯に出来ないことなんてそうそうないと思うけど」

「それなんだが……その、黄金蝶が欲しい、と言われたんだ……」

「黄金蝶!?あの、金色の!?」

「ああ」


黄金蝶とは王侯貴族の間で人気の昆虫のことである。黄金にきらめく体躯と、七色の翅が特徴的だ。あまりの人気に多くが取られ、今では流通そのものが極少数だという。


「ちょっと、それホントに貢がされてるんじゃないの!?大きさによっては家が建つわよ!」

「いや、ここだけ聞けば彼女ががめつい女と思われても仕方がないかもしれないが、そうじゃないんだ。……元々は父の代からの付き合いの令嬢だった。騎士の家に嫁いだんだが……その前夫が北方警備隊に転属になってから、亡くなってしまってな。それ以来、めっきりふさぎ込んでしまって……これではあまりに不憫と思い、出来る限り便宜を図っていたんだ」

「便宜って……」

「……ああいや。別に金を出したりというわけじゃない。精々がお茶をしたり、一緒に観劇に行ったりという程度だ。そういうわけで、親しい付き合いをしていたんだが……」


コンラッドの父が亡くなり、アーデンバウム伯の位をコンラッドが後継するという段になって、彼は腰を落ち着けるためにも、コーネリアに結婚を申し込んだ。しかし、彼女はそれにはっきりとした返事を返さなかった。何度かの求婚の後、彼女はついにある条件を出してきた。『私に黄金蝶をくだされば、結婚して差し上げますわ』と。


「もしかしたら、私の愛を試しているのかもしれないな」

「そもそも、結婚したくないんじゃないの?黄金蝶なんて金を積めば手に入るものでもないでしょう」


無理難題を言って結婚を断ろうとしている可能性の方が高いのではないか、とメイは詰め寄る。


「そうかもしれない。……だが、どうしても諦めきれないんだ」

「ふぅん……ま。状況は分かったけど」

「だからだよ。彼女との関係はただでさえデリケートなんだ。そこに愛人騒動なんて引っ掻き回すような真似をされるのは困る、ということだ!」

「……悪かったわね」

「はぁ……まったく。それで?本題はなんだ?まさか私の恋愛相談に乗るために来たわけじゃなかろう」

「ああ、そのことなんだけど……ちょっと、手を貸してくれないかしら?」

「……俺とてアマルフィの頭首だ。君がカルドレスから出奔したという情報くらいは耳にしているぞ」

「流石。耳が早いわね」

「茶化すな。どうせお前のことだ。あの地方で商売をやる、なんて思い付きを実行しようというんだろう」

「思い付き、とはひどいわね。私的には本気も本気よ」

「場合によっては、君をカルドレスに送り返すこともできる……というか、立場上しなければならない」

「でも、そんなことが出来るほどコンラッドは大人じゃないでしょ」

「……ったく。そういうことを言うから嫌いなんだ、お前は。……とりあえず、友人のよしみで話だけは聞いてやる」

「ありがとう。持つべきものは友ね」

「それで。何が必要なんだ?」

「魔導キャラバンを一台、譲ってもらえないかしら?本来ならカルドレスで調達できたはずなんだけど、躓いちゃってね……」

「あるにはあるが、こちらも遊びじゃない。定価の四割引き、といったところか」

「そこを半額に出来ないかしら?」

「……無理だ。商売道具をそんな簡単には手放せない」

「コンラッド……このことは、今後への投資と考えて欲しいのよ。今私に協力してくれれば、利益をあなたにも還元するわ」

「それは、なにかな。ジョージア家の力をアテにしてもいい、ということか?」

「……それは、違うわ。ジョージアではなく、あくまで私個人への投資ということにして欲しい」

「カーメイ。私も責任ある役職についている。道楽に簡単に金を出せるほど、新米領主は気楽な稼業じゃないんだ。キャラバンを出すなら四割引きまでだ。それ以上は出来ない」


『不味いわ……』メイは口の中でつぶやいた。キャラバンの相場は、それこそ家が一軒建つ。

四割引きでも大特価だろうが、そんな金は持っていない。

全財産を投げ打って、ようやく半額に届くほどの手持ちしかない。

どうするべきか。この様子ではこれ以上取り付く島がない。

借金をする、という選択肢もあるだろうが、それは最後の手段だ。

こうなると、手段はもう一つしかない。


即ち、ハッタリで押し切ることである。


「……分かったわ!」

「一応聞いておく。何をだ」

「黄金蝶をあなたに渡す。その代り、半額にする。これでどう!?」

「なっ……アテはあるのか!?」

「この一帯は元々黄金蝶の生息地だったわよね?」

「ああ。サンデル山ではよく黄金蝶が取れたと聞く。祖父の代ではそれで潤ったとも……しかし、最後に見つかったのは20年も前だ。学者の調査じゃ、サンデルにはもう生息していないと報告を受けたぞ」

「それはサンデル山を隈なく探したうえで言ったのかしら?違うわよね。人間のやることよ。どこかで間違いがあってもおかしくない。もしかしたら、サンデル山に生き残りがいるかもしれないわ」

「夢物語だ!」

「夢でもなんでも、可能性があるのならやってやるわよ!」


じっと、お互いの瞳を見つめあう。

時計の刻む音くらいしか聞こえない静寂が続く。

にらみ合いの末折れたのはコンラッドのほうだった。


「……長くは待てない。一週間だ。それで見つけ出せれば、そうだな。価値を考えれば、半額じゃなく全額負担してやってもいい」

「コンラッド……!」

「まったく。何度その眼にやられたことか」


懐かしむような、うらやむような声音で言う。思えば、この旧友は昔からこうだった。

熱意だけはある女だった。それが、うらやましいと思うともあったのだ。


「まぁ、今回も騙されてやるさ」


それなら一週間くらい、待ってやってもいいかもしれない、と思うのである。


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