アントラクト ジョージア卿とカルドレス自警団長の報告書。
閑話です。視点が風時から別の人物に変わります。
今後も視点変更する際は、このアントラクトで表記します。
ハーディアル・ジョージア侯爵はアルトニアという国において最大の有力者であり、
アルトニアの中でも高い経済力を持つカルドレスの主でもある。
かつて、アルトニアの王位継承をめぐって起こった内乱のさなか、若干19歳の身で
作戦参謀と魔導騎部隊の隊長を兼任したことから、アルトニアには知らぬ者のいない騎士であった。
個人としての武功は大きくは無いが、彼が指揮した多くの『奇策』は人民たちの語り草となっている。
曰く、城全体に魔導紋章を張り巡らせ、その状態で開城して放置、
そこに敵兵を誘い込んで全滅させたり、一夜のうちに前線まで鉄道を作り、
敵陣に奇襲を駈けたりと、その手の話は枚挙にいとまがない。
そんな彼に付いた二つ名は『紅騎士』。
彼の乗る魔導騎のことごとくが、紅く塗装されたことから付いた二つ名である。
領地経営にも優れ、その財政手腕は早晩した先代女王からの信任も厚かった。
現在、51歳。魔導機のパイロットは流石に引退し、今は政治活動をメインで活動している。
そんな彼はカルドレス政庁の一室で、自警団長の報告を聞いていた。
「……というわけです。彼女の捕縛には失敗してしまいました。面目次第もございません」
「ほぅ。魔導機一機を潰しての脱出作戦とは……なかなかトリッキーな真似をする」
団長の反省もどこ吹く風、暢気な調子で報告書を読み続ける。
白髪交じりだが、その顔は精細に満ちており笑みすら浮かんでいる。
その様子を団長は冷や汗交じりに眺める。
「まぁ、いいだろう。この様子ではどこに行ったかは分からんが……
少なくともカルドレスは脱してしまったわけだ。これ以上追っても意味はあるまい」
「……よろしいのですか?」
「まさか、勝手に死ぬということはあるまい。それに、ホラ。その、灰色の髪の少年は、なかなか腕が立つようだ。なんでも、カルドレス自警団の猛者をのしてしまったそうじゃないか。放っておいても大丈夫だと思うがね」
「はぁ……それも申し訳なく……」
「まぁ、そういうわけだ。私は怠惰には容赦ないが、全力でやった上での失敗には寛容なつもりだ。これ以上君たちを責めても意味はあるまい。それに……彼女のことはともかく、それ以上に気になることもある」
「……例の、飛行型魔導機ですな」
「ああ。そちらの方の報告書は?」
「まだ上がっていません。一応落下地点まで回収には行きましたが……自爆措置でも図られていたのでしょう。パーツは数えるほどしか」
「ふむ……やはり『結社』関連かね?」
「まだ、なんとも。ただ、異常な魔力反応の類は無かった……と、自警団の報告にはあります」
「ふむ。そうか……」
ジョージアは顎に手を当ててむぅ、と唸った。
これは大きな戦いの前触れなのかもしれない、という予感があった。
「私もそろそろ王都に呼ばれるころあいだろう。しばらく国政への参加は控えていたが、『結社』の暗躍が始まっている以上は、手をこまねいているわけにもいかん。この捜査は今後は『観察部』に預ける。よって諸君ら自警団の中で今回の捜査に携わったものを一人、観察部へ出向させてもらいたい」
「はっ……」
「さて、今回の沙汰はこれでよかろう」
「これからの発言は、自警団長としてではなく、ただのひとりごとなのですが」
「うん?」
「本当に。本当によろしいのですね?」
「ああ。あれも一人の人間だ。縛りつけようとして、縛られておくような性格でもあるまい」
「かつてのあなたがそうだったように……ですか」
「そういう言い方もあるだろうが……よく言うじゃないか。『龍は子を地下に叩き込む』とな」
ジョージア卿は余裕の表情と、万感の信頼をこめて、照れるようにそういった。
ジョージアの思った通り。これは始まりである。
アルトニアという国だけではない。大陸全体を巻き込む、大きな戦いの先ぶれ。
嵐の前の静かな前哨戦だ。
だが、それに気づいたジョージアをよそに、市井は深いまどろみの中にあった。