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第五話 魔導機人

僕の常識にはあり得ない存在。

それが、僕を睨み付けていた。背筋に氷が差し込まれるような悪寒。

月並みの言葉でしか表せないが……あえて言うのならば、原始的な恐怖。

本能が訴えかける驚異であり脅威がそこにある。


「乗りなさい、フー!」

「あ、ああ……」


メイの叫びが、恐怖に捕らわれていた僕の意識を引き戻した。


コックピットに飛び込み、座席に座る。

僕が先に乗り、その後にメイが乗った。

密着しているのだが、そんなことを考える余裕などない。

メイはなるだけ迅速に魔導機の調整を始めていた。


「シークエンスは省略よ!ちょっと壊すことに為るかもしれないけどっ!」


足を駆動させ、動かす。

何がどうなっているか分からないので、平衡感覚が狂って気持ちわるい。

が、そんな僕の様子など眼中にないように、機体を立ち上げる。

恐らく魔導機の、あの一つ目からモニターしているのだろう。

高いところから見た、俯瞰風景が眼前の窓に広がっていた。


「アレ、なんなんだ……?鳥のように見える……」

「鳥、ねぇ……?」


汗をダラダラかきながらも、メイは冷静なようだった。

スクリーンに投影された風景の中からあの怪鳥を補足し、拡大する。


「あれ、機械よ。幻獣を模した飛行型魔導機のようね」

「飛行型魔導機?ポピュラーなのかい、それ」

「まさか!魔導機人はゴーレムから発展した攻城兵器よ。アンタ、飛行艇で要塞を落とせると思う?」


場合によっては落とせる、というのは、世界大戦を経た世界から来たからなのかも知れない。

こちらの世界では飛行機の有用性は確証されていないらしい。

メイはこちらの反応を待たずに、敵機への警戒に移った。


「まさか魔導機まで持ってくるなんて……あいつらバカなんじゃないの!?」

「羽根付きたちのモノだって言うのかい?」

「状況的にそうだとしか思えないわ。いくらなんでもタイミングが良すぎる!」


そうこうしているうちに、車両間をつなぐドアが開く。

ゾロゾロと、羽根つき帽の男たちが入ってくる。

しかして、彼らの表情は驚愕に包まれた。

見つめる先はやはり、空を滑空する巨鳥だった。


「なんだ……!どういうことだ、これは!」

『ちょっと!アンタらどう言うつもり!?

私一人捕まえるのに魔導機を投入するなんて……!』


メイは魔導機に搭載されているのだろうマイクを使って外に吠えた。


「どういうことかはこっちが聞きたい!あれは君たちが手配したのではないのだな!?」

『出来たら苦労してないっ!何よ、アレ!』


しっちゃかめっちゃか、噛み合わない言葉が連続する。


「……本当に、関係ないんじゃ」

「……っ!もう、どうなってんの……」


こちらが会話をしている間にも、あの得体の知れない巨鳥は空を飛び続けていた。

まるで獲物であるこちらをいつ捕食してやろうかと見定めるかのように。

どれだけにらみ合いが続いたか。悠々と空を飛んでいた巨体は、一転こちらに急降下してきた。


「メイ!向かってくる!」

「分かってるっ!」


メイはぎこちなく動かして、くちびるのような鋭い尖峰による突進を回避した。

風を裂く轟音。それが厚い鉄越しに伝わる。


「速い……ああ、もうっ!レイライン接続が無いなんてっ!」


分からない言葉に反応する暇もない。

巨鳥はこちらに再び回ってくる。

笑えるくらいのピンチ。どうしようもない状況だが、頭は反って冷静になっていた。


メイが「魔導機だ」と言ってくれたお蔭である。

未だ正体不明なのは確かだが、アレは人間に理解できないものでも、

人間をひたすらに圧倒するだけのモノでも無い。

人が作った恐怖でしかない、と言ってくれたこと。それが僕を安心させた。


もちろん、血は昇っている。息は荒く、顔もみっともないくらいに熱い。

頬が赤くなっていても驚かない。だがそれは、恐怖や緊張だけではない。


いい加減怒りも湧いて来ているのだ。

どうしてこんな理不尽な眼に会わなければならないのか。

どうしてこんな世界に連れてこられて、いきなり死にかけなければならないのか。

すべて、あいつのせいなんじゃないのか……?


八つ当たり気味の思いが、あの鳥を敵、と認識させる。

では、あの敵ををどうやって排除するべきか?


思い出すのは先ほどの感覚。

知らないものが、理解できないままに理解できるようになるあの感覚。

もしあれが勘違いではないのなら。

あれがもう一度再現できるなら。

それなら……


「……ちょっと!?」


彼女が掴むレバーを上から包み込む。彼女の抗議の声を無視して、言いたいことだけ言う。


「さっき、マティスさんは僕にも『絶対能力』ってやつがある……って言ってたよな」

「へ?」

「もしかしたら、分かったかもしれない。信じてくれないか」


有無を言わさずに、僕は彼女からレバーを奪い取る。

握りしめたレバーをキッと掴む。

瞳を閉じる。

目指すのはあの感覚。知らないものを知る、あの……。


……いや。僕が知っているのはそんな理屈じみたものじゃない。

感覚だ。つい十数分前を思い出せ。

寝起きの頭にコーヒーを叩き込め。


やがて、ジワリとしたものが頭を満たし……










『これは、ある馬の物語。

―――どこかで忘れられた、でもどこかで戦った男の……ともに駆け巡った、駿馬の物語。

男は騎士。女王の騎士である。そして男は軍人。人民を守る軍人だった。激闘に次ぐ激闘。

切り結ぶ。崩す。轟かせる。ありとあらゆる戦場を駆け巡った。

しかし、その末に待っていたのは。主の裏切りだった。

……いや、裏切りでは無いのかもしれない。

きっと彼は、この鉄の塊を守ろうとしてくれていたのだ。

なぜなら、最後に見た景色は……


「すまん……すまんっ!」


毛むくじゃらの男、大の大男、いい歳をした、歴戦の勇士と言っていい男。

あの男の、あの泣きはらした顔だったのだから。


それを見れば、しょうがないな、と思えた。

許してやろう、と言ってやれる。

だから、この鉄の塊は。あの男を決して恨んではいないのだ』









先ほどよりは、心なしか明瞭に。それはやってきた。


「来たっ!」


叫ぶのと巨鳥が再び突進してきたのはどちらが先だったか。

その急降下を、眼にとらえる。

普通ならば対応できない。

きっと、普通にこの魔導機人の操縦を知っていたとしてもこれは避けられなかっただろう。

が、知っている。体が覚えている。

どうすればいいか。

どう動かせば、あれに対応できるだけの速さを得られるか。

記憶の中にある男と駆け巡った、この魔導機人ならば……!


「何か武器はないのか!?」


これもお決まりの台詞。だが、切実な叫びでもあった。


「作業用なら、近くにツルハシとかありそうだけど……!」


メイの言葉を足掛かりに、眼を凝らす。

敵機を警戒しつつ、スクリーン越しに周囲を見渡す。

視界が変われば、見えてくるものも違ってくるはずだ。

その違いを探し出さなければ……


そして右足元に、乗る前には気が付かなかった得物があるのを視認した。

スコップだ。

足元にあるスコップを蹴り上げて、手繰り寄せる。

それが、巨鳥の剣のように鋭い羽根とかち合った。

鋼と鋼がぶつかり合い、金切る音が響き渡る。


……果たして、弾かれたのは大きさに劣り、よって立つ大地を持たぬ巨鳥の方だった。


「ウソ……戦えちゃってる……!?」


メイの間抜けにも思える声がコックピットに響く。

聞こえたが、意に介さない。


先ほどスコップを見つけた時に気が付いたが、

列車の端では羽根付きの男たちが魔導機同士の戦いに慄いている。

このままでは彼らを巻き込んで、殺しかねない……!


「ここじゃ狭い!隣に移ろう!……出来るよな?」

「多分大丈夫よ!こっちの車両が魔導機に耐えられるんだから、あっちだって同じはず……」


メイの言葉を信じて、ヴァリアントを隣の車両に移らせる。


この機体の脚には、人間でいうところの筋肉のようなものが存在している。

柔軟にたわむことで反発させ、莫大な靱力を生み出すシリンダー。

これを用いて、跳躍させて列車を飛び移る……!


ガン、という轟音とともに列車がへこんだが、横転したり重みで沈んだり、

というようには為らない。

ふぅ、と一息ついて、再び敵の方へと意識を向けた。


見据える。見据える。見据える。


視覚でとらえられるだけの情報をとらえる。

視覚だけではない、あらゆる情報を脳裏で計算する。


魔導機越しに感じたあのぶつかり合い。

『経験則』に従えば、あれは魔導機同士の剣戟に近い衝撃だった。

つまり、あの羽根は剣と同程度の硬さを持った、あの魔導機の武器だということだ。


「羽根は固いか。あそこを狙ってたんじゃジリ貧だ」


剣戟は所詮剣戟でしかない。武器と武器のぶつかり合いは、決定打を与えられないがゆえの

凌ぎあいでしかない。


だが、恐るるなかれ。

手元にあるのはスコップ。

にわか仕込みの知識だが、元の世界の現代戦において最強の近距離兵器である。

得物は正確に使えば、正しく待つべき結果に導かれる。


検索する。どうやって落とす?どうやって潰す?

知識の検索、記憶の読み込み。導き出された経験則は……


「飛ばすぞっ!」

「はぁ!?飛ばすぅ!?」


先述のシリンダー。これを最大限まで使えば……タイミング次第ではあの巨鳥の上をとり、地上へと引きづり落とすことも出来るかもしれない。

訂正。シリンダーだけじゃ恐らく不可能だ。後一声、あと一要素が必要だ。


そうして、「そうだ」とあることを『思い出した』。


魔導機人は、人間のカタチをした魔導紋章と言っていい。

動力炉であるマナドライブから魔力を供給し、手を動かし、足を動かし、

眼に映ったものをコックピットに投影する。

だが、魔導機人は人のカタチはしていても、人間ではない。

ゆえに、人間には無い機能もこの巨体には存在した。


浮遊魔導紋章である。

重力に反抗し、現実を歪める魔力現象。

それを引き起こすための術式が、この魔導機人には刻まれていた。


もちろん人間のカタチをしている以上、限界はある。

このヴァリアントに搭載されている紋章は、

使ってもジャンプの補助程度にしかならないものだ。

だが、それでも。

後先を考えなければ、飛行の真似事程度なら出来る……!


この間にも敵は向かってきている。

あえてスコップで受け止めることはせずに、回避に徹する。


……駄目だ。

やることは明瞭だ。あの敵の、柔らかいところ…翼と体の境にでも、

このスコップをねじ込む。これだけで相手を倒せるだろう。

だが、タイミングばかりは任意でやってきてくれはしない。


「……っ」


歯噛みをする。どうする。どうする。どうする……!?


幾度目かの交錯が来る。

果たして取った戦法は、相手との並走。

飛行する敵魔導機がこちらへと向かい始める。

それに合わせて、ヴァリアントを走らせた。


「何をする気!?」

「列車の最後部まで走って、そこで追いつかせる……!」


シリンダーと紋章を使い、列車と列車を通り過ぎる。

まるで義経の八艘飛びだ、なんて場違いな感想が過った。


……タイミングは一瞬で過ぎる。少し前でも、少し後でも最大限の結果は得られない。

強気な思いと裏腹に、緊張感が心臓を支配する。


走る。敵は後ろから追ってくる。


バクバクとうるさく、集中をかき乱そうとする。


                      走る。敵はもう、すぐそばに。


時間が止まったように感じられた。


                      走る。列車はもう、後が無い。


遅い。何もかもが遅く見える。そうして……










ああ、ここだ。



思っていたよりも冷静に。

考えるよりもあっさりと。

その時は来た。






「ここで、決めさせてもらうっ!」


飛び上がる。

上を取る。

見定める。

狙うは……羽根の付け根。

胴体と翼をつなぎ、分ける場所。

あそこをとらえて貫けば……

当然のことながら列車からは飛び出していた。

それはそうだ。それがどうした。


狙い通り、スコップは羽根に突き刺さった。

しかし、浮遊する慣性が殺されるわけではない。

重力に従って、巨人は巨鳥に引きずられて落ちていく。


「誰が一緒に落ちるかっ!」


脚部浮遊紋章全開。

魔力は波となって現実を歪める。それは、魔導機人を重力の楔から解放させ……









遠くで、爆音がした。

巨鳥はどうやら墜落したらしい。

狙いの通りではある。あるのだが……

近くに民家とかがあればとんでもないことに為ってしまう。


「この近隣は森だからね。民家は無いでしょ」


慰めか、メイはそう説明する。そうだと良いのだが。


「精々、森の動物たち被害を被る程度でしょうね」

「止めてくれ、なんか良心が痛む」


苦笑しつつ、安堵に包まれる。あの鳥を撃退しつつも、なんだかんだ、羽根つき帽からの緊急回避も出来たわけだ。


何というか、疲れた。

先ほどまでの緊迫が信じられないくらいに。

ふぅ、とため息をひとつ。

メイの方はどうか……と言えば、どこか翳りのある表情をしていた。


「どうしたんだい?ちょっとくらい喜んだり、僕を褒めてくれたりしてもいいんじゃないか」

「……聞かないのね。私が何をしたのか、とか」

「む。聞かないって約束だろ?」

「そうだけどさ。可笑しいとは思わないの。こんな大事になって……」


可笑しい……とは、思う。それはそうだ。

大仰な男たちが、一人の少女を追い回す。

これはよっぽどのことが無ければあり得まい。

しかも直接の関係があるのか無いのか分からないが、謎の飛行機まで追ってきた。

これがおかしくなければ、可笑しいものなど世界には存在しない。

彼女の言う通り、これは状況を問い詰めることのひとつでもした方がいいだろう。

言いのだろうが……しかし……


「まぁ、話したいなら聞いてもいいけど」


するべきか、良いことかはともかく。

僕はそれを無理にでも聞きたいとは思わなかった。

目の前にいるメイ・ハーヴェイという人間を理解するパーツが、

無理やりこじ開けた末に手に入るものではきっと意味が無い。


「うん。だから、話したくなるまで、僕はまってるよ」


メイは一瞬きょとん、としてから、その後に笑い出した。


「ふふっ……何よそれ」

「何よ、って。それが本音だよ」


彼女はなお笑い続ける。

僕もそれにつられて笑い出す。

考えるべきことは山積みだ。

この壊してしまった魔導機人をどうするか。

列車から外れたわけだが、どうやって逃げおおせるか。

彼女の目的地にまでつけるのか。

そもそも僕は、元の世界に帰れるのだろうか。

山積に次ぐ山積に、考えるだけで参ってしまいそうだ。


だが、まぁ。いいだろう。

困っていたり、悩んでいるからしかめ面をしていなきゃいけないなんてルールは無い。

笑うだけ笑って、その後のことはその後に考えたっていいのだ。


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