第三話 魔導列車の窓から
魔導列車とやらにはすんなりと乗れた。
駅周辺こそ人でごった返していたが、実際にチケットを持って乗れる人は限られているということらしい。
殆どが物見遊山のようである。
列車の構成は前部が貨客列車で、後方に貨物列車が連結しているそうだ。
僕は決して鉄道オタクではないし、興味もなかったものだが、こうも情緒に溢れた代物を実際に目の当りにして、その客席に座ってみると、案外悪いものでもないと思う。
SLに惹かれるという人の気持ちも分かるというものだ。
肝心の乗り心地は決して良くなかった。
有体に言えば、すごく揺れる。
とは言えこれは元の世界の電車と比べてのこと。
百年以上の歴史の積み重ねがある電車なんかと比べるのは酷というものだろう。
「魔導っていうからには、やっぱり魔法の力で動いているわけ?」
「厳密にいえば違うけど……おおよそそんな感じよ。
魔力を生み出す魔導機関、受け皿である魔導紋章、あと車体の製鉄にも紋章技術は使われているし……
まぁ、魔導技術の結晶とも言うべきものかしらね?」
「その、魔導紋章ってのがあまりピンと来ないんだけど」
「えっと……そうねぇ。ここ百年の間に確立した技術でね?
元々魔術ってのは魔術師がいて、彼らにしか使えない特別な技術だったのよ。
今でも王宮にはお抱えの魔術師がいるそうだけど……昔はもっと色々なところにいたらしいわ。
さっきも話したけど地方じゃ医者とか教師とか、なんでもやる便利屋みたいな感じでいたらしくてね。
それこそマティスなんか、その魔術師全盛時代が現役だったはずよ」
「さっきも思ったんだけど、マティスさんって何歳なの?」
「さぁ?若作りしてんでしょうけど、あいつだったら何百年も生きていても驚かないわよ。
魔術ってのは延命技術も発達してるし。
……それはともかくよ。元々はそういう一部の人しか使えない技術だったの。
それが、いつ頃からか……歴史書を読む限りじゃここ百年のことらしいけど。
こういう列車みたいな機械が実用化されるにつれ、術式だけ刻んでそこに魔力を通すだけで起動できる、というようなものが作られ始めた。それが魔導紋章ってこと。んで、いずれ規模が大きくなるにつれて使用者の魔力消費も最小限にして、魔力精製も機械にさせるようになって、それが色々な魔導機械の発達を促して……」
話を聞くとファンタジーというものも僕たちの世界と変わりがないらしい。
詰まる所そのパワーソースをどこから持ってくるのか。
そしてそれを魔導と呼ぶか、科学と呼ぶかの違いしかないように思える。
「今となって、ようやく魔導機械も一般に普及し始めてはいるけどね。元々はこの魔導列車だって、戦争の道具だった。そういう特別な人の、特別な用途にしか使われないものだったのよ。それがこうして解放され始めている。それでもまだまだよ」
「そっか」
「そうなの」
話が途切れた。
手元のさっき買って貰ったロングソードを弄ぶ。
これ以前に使っていた人の温もりや戦いぶりが思い起こされた。
なんせすごくボロボロなのである。
使い込まれた柄も鞘の手触りが心地いい。
彼女もこれ以上話すことは無い、と言わんばかりに後ろへと下がっていく景色を見つめだした。
沈黙が続く。
ふぅむ、どうしたものか。
別に彼女と話さないからと言って気まずいとも思えないのだが、こうして黙っているのも何だかなぁ、と思う。
僕は彼女のことをほとんど知らないのである。
あまり触れない、というので関係が始まっているが、話す努力くらいはした方がいだろう。
思案していると基本的かつ重要な疑問が浮かんだ。
「そういえばさ」
「うん?何かしら」
「僕たちは何処に向かってるんだ?」
どうせ言われても分からないことではあるが、位置関係ははっきりさせたい。
「えっと……この地図の中央が帝都。それで、カルドレスはここらへん」
地図で見ると下にだいぶ離れている。
「今乗っているのが……っと、古い地図だから路線書いてないのよね……えっと、ほぼ王都と直通と言って
いもいいはず」
「じゃあ王都に行くの?」
「いいえ、目指す場所は……ここ」
示しだしたのは王都からやや右にそれた位置。
沿岸と王都の間にある山岳地帯であった。
「列車はここにも通っているんだ」
最新の技術にしては普及しているものだ、と少し感心する。
「は?そんなわけないでしょ。王都で降りてそこからは歩いてよ」
「……この国ってそんなに狭いのか?」
「領土は大陸では五本指に入る方ね」
「聞いてないぞ」
「言ってないし。というか、私が面倒あげるんだからこのくらい付き合いなさいよ」
「下手すると野宿とかあったり……」
「当たり前じゃない」
現代人には辛そうだなぁ……と思いながら覚悟を決める。
はぁ、と溜息を吐いた。それくらいは許してほしいものだ。
願わくば、未知のウィルスとかに感染したりしませんように。
ちら、と腕時計を見た。発射してから、30分は経っただろうか。
これも一山いくらの安物ではあるが、この世界ではきっと貴重なものだろう。
隣を見ればメイは寝息を立てている。ちょっと、可愛らしいなんて思った。
眠っているときは幼いころに戻る……なんてよくいう。
人間の一番警戒していない時だからだろうか。
柔らかそうな頬と、唇が無防備にそこにある。
身体は決してグラマラスというわけじゃ無いのだが、何だか色気があった。
そうなると黒髪も艶めかしく思えてくる。
長くて、結われていない、しかし綺麗な髪の毛。
良い匂いがしそうだ……と、いけない。
なんか変態的な思考をしている。慌ててかぶりを振った。
眠ってくれるのは有難いが、それはそれで暇だし、余計な劣情を抱いてしまう。
彼女と話しているときのほうが、気が楽かもしれない。
考えてみれば彼女の気さくで面倒見の良い性格は、接しやすいものなのだ。
それは有難いことだと思う。
こういうのを気が合う……と言っていいのかどうか。
彼女からしたら見当違いかもだし、そもそも会ってまだ一日も経ってない。
僕は不快じゃないし、旅の道連れにするくらいには不快感を持たれてもいないのだろう、と気楽に構えることにしよう。
ふと、前方の扉がガラッと開く音がした。何事かと前を見る。
そこからは小太りの、人の好さそうな中年男性が焦った様子で現れて、語り始めた。
「申し訳ありません!皆様、少し点検をさせて貰います!」
点検?と周りの客はにわかに騒めき始める。
ああ、点検ね……と一瞬流しかけたが、考えてみればちょっとやばいんじゃないか。
「ちょっと、メイ……!」
「ん……なぁに……?」
疲れていたのだろうか、寝ぼけ眼でこちらを見やった。ああ、いいなぁ、と言う思いを隣において真剣に話を続ける。
「点検だってさ。何が理由かは分からないけど……」
なるべく小声で話す。何が聞かれるか分からない。
「点検……?どうせ切符を見せろとか、そういうのでしょ?別に羽根つきが来たわけでも……」
「ええ~ウォッホン!これよりカルドレス自警団の方々が巡回を始めますので、どうか切符をお見せいただければ……」
「カルドレス自警団!?やばい、羽根つきの連中よ……!」
「ギャグやってんじゃないんだぞ!?」
あまりのちぐはぐさにツッコミを入れてしまった。
「こっちだってそんなつもりないわよ……マジも大マジ!どうしましょ、どうやって逃げれば……」
「逃げる、か……」
その言葉に引っ掛かりを覚えた。
逃げる、ではダメな気がする。
最終的には逃げるにしても、今からやることはできない。
そもそも羽根つきはもうすぐやってくる。
このまま急いで逃げてもどうしようもないだろうし、逆に目立ってしまうだろう。
どうする……どうするんだ……?
逃げるのは目立つ……かと言って隠れるのはジリ貧だろう。
この狭い車内で隠れられる場所など限られている。
何人いるのかは知らないが、虱潰しにでも探されたらどうしようもない。
ゆえに、今ここで考えるべきなのは、逃げることでも隠れることでもない。
『誤魔化す』ことなはずで……。
「メイ、服を脱げ」
「……はぁ?」
そっちこそ冗談やってんの?と言わんばかりの視線を向けられた。
違う、そうじゃない。
「服と言って語弊があるならベストを脱ぐんだ。取りあえず僕の鞄に入れておく」
「……っ。そうね。まぁ、やらないよりましだろうけど……」
そういいながらも彼女は脱いだ生暖かいベストを僕に手渡した。
自分は紺色のブレザーを脱いで、彼女に手渡す。
僕の手元にはコートがあるので、ブレザーを着ていないことで不審には思われまい。
「あとは……そうだな。髪の毛……結んでみるか。ツインテールにしよう」
「……ツインテール?なにそれ」
「こんなところで言葉の壁か!?えっと……こんな感じなんだけど……」
髪の上に房を作るジェスチャーをする。取りあえず伝わったようだった。
「できるけど。でも、目立たないかしら、それ」
「シルエットは変わるさ。とりあえずやってみてくれ」
「ああ、もう!こうなりゃヤケよヤケ!」
リボンを取り出して手早く頭に房を作った。
最初から思っていたが、彼女はこういう髪型は似合う。
「ああ……よく似合ってる」
「こういう時に呑気ね、アンタ……」
少し呆れられたが、偽らざる本音だ。
それに暢気なのは昔からのこと。
マイペースだなんだと言われるのも今更である。
あと一声足りない気がするので、鞄の中を物色する。
「本音だよ。あとは……よし、この帽子なんてどうだろう」
昔から被っている帽子だった。
鍔がついていて、顔を見えにくくするのにはいいはずだ。
ぽん、と乗せてみたら先ほどまでとは驚くほど様子が違って見える。
悪くは無いだろう。
「……さて。あとは野となれ山となれ、だ」
「こっちも後戻りはゴメンだわ!やってやろうじゃないの」
メイはぐっと握り拳を作りながら気合をいれた。
「あまり力まない方がいいよ。平静にして」
心がけるべきはポーカーフェイス。
いつも通りを崩さずに近づいてくる羽根つきの男たちの様子をうかがう。
来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る………来た!
「急な停車、すまない。切符を拝見しても?」
「ああ、はい。ほら、君も出しなよ」
「………」
スゥ、という柔らかい寝息のようなものが聞こえた。そういう趣向らしい。
しかし、ということはつまり。僕は彼女の服から切符を取り出さなければならないということだ。
「すみません、疲れて眠ってしまったみたいです。代わりに見せるのでもよろしいですか?」
「ああ。構わんよ」
メイの羽織っているブレザーをめくり、シャツの胸ポケットをまさぐる。
たぶん、入れていたとしたらここであろう。
触ったらごめんよ、と心の中で謝りつつ、切符を胸ポケットから取り出した。
すこし、柔らかい感触が手に去来したが、それはそれである。役得とでも思っておこう。
「はい」
「うん。確かに。時間を取らせたな。協力感謝する」
「いえ。頑張ってくださいね」
「……ああ。ありがとう」
男は前の座席の方に移動した。
それを繰り返し、次の車両へと去って行った。
……どうやら行ってくれたらしい。安堵しつつ、彼女の肩を叩く。
「メイ、そろそろ起きなよ」
「ん……大丈夫?」
「ああ。とりあえず、行ってくれた」
「そう……でも、安心は出来ないわね」
「でもどうするんだ?」
下手に動くよりかは、ここでじっとしていた方が良いようにも思える。
「取りあえず移動しましょう。後ろの……貨物車両にでも。
そちらで着くまで隠れてじっとしていれば安心だわ」
「不安だな……」
「時間が無いわ。さっさと行きましょう。私に従いなさい」
横柄な物言いにちょっとムッと来るが、ここで言い争う方が時間の無駄だし、怪しまれる可能性も高くなる。
ひとまず、彼女の行動に付き合うことにした。
トランクをもって車両移動を始める。
荷物を持って移動、というのも怪しい行動であるが、気にする方が怪しく見られる。平静を装った。
……あとから思えば、羽根つきたちはこの行動を待っていたように思える。
確信を得ようとしていたのかもしれない。
彼らには分かっていたのだ。車両内に逃げる場所など無いのだと。
僕らは、狩人のトラップへと誘導された、獲物そのものなのだ。