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第八話 リーシャの世界 

全開のあらすじ。


幼女に「本物の虫取りを見せてやるっ!」とドヤ顔を決めたら、

幼女の方が虫取りがうまかった。死にたい。


何というか、僕のこの世界で得た能力にすら疑問を抱いてしまうような手際だった。

自信喪失。とってもかなしい。


……とまぁ、冗談はここまでにするにしてもリーシャの技は只者ではなかった。

プロの虫取りとはこういうものか……という感想しか出てこない。


虫を睨み付けたかと思うと、一閃。

記憶にある騎士の剣筋もかくや、というようなスピードで振り払われる虫取り網。

とってもすごい。……さっきから小学生並みの感想しか出てこないな。

もしかしたらまだ虫捕り網の記憶に引きずられているのかも知れない。

ますますこの能力の役立たずぶりが際立ってきている気がする。


さて、そのリーシャだが捕ったばかりの青い蝶をご満悦で虫かごに入れている。

が、表情は変わらないし、眼は濁ったままだ。

……ちょっとだけ分かった気がする。

彼女の表情の読み取れなさというのは、つまり行動と表情が合っていないゆえなのである。

これが演劇部だったらダメだし連発だろう、というレベル。それくらい読み取り辛い。


人間だもの。感情が無いわけじゃないんだなぁ。ふうとき


さて(真顔)。

とりあえず種は分からないが、

この少女はトンデモナイ玄人であることが判明してしまった。

そんな彼女の前でドヤ顔を晒してしまったこと、それが僕の心の最大の懸念事項である。

このままでは終われない、と思った。

これは正しく、プライドの問題である。ここで引き下がれば、僕は負け犬のままだ。


「リーシャ、次は僕の番だ」

「___まだ、やるんです……か?」


あ、カチンときた。言葉の硬質さ。幼女なのに豚を見るように濁った瞳。

セリフの見下し具合。

これらが噛み合って、業界の人なら喜びそうな絵面になっている。


彼女に悪気はないのだろう。いや、無いと信じたい。

そして無いと仮定しよう。

だが恐らく、この瞬間が切り取られたとしたら、

誰が見ても悪意の塊にしか見えない表情であった。

有体に言えば煽り画像として使えそうだ、ということである。


「ああ、やるとも!ここで逃げれば年上としての……いや、男が廃る!そこでほくそえんでいろ、リーシャ。僕はすぐに追いついてやるぞ……!」


ばっ、と虫取り網を奪い取る。

さて、やることは明白だ。

彼女の力を読み取り、奪い取ることに他ならない。

え?年上のプライドはどうしたんだって?

勝つために何でもやる。

それも人間のプライドのカタチではないんじゃないでしょうか。


能力発動。感覚は徐々に慣れていく。


『ちょっとでもこの____を、___して。_______すれば……お母さんは、_____することができ______』


少し、ノイズが多い記憶だ。

読み取れない。今までの道具のように、スムーズに入ってこない。

だがまぁ、それはこの虫捕り網が使って間もないからだろうとあたりを付ける。

今まで記憶を読み取ってきたのは10年は経っているだろうヴィンテージばかりだった。

彼女の使った時の記憶を読み取ろうにも、それが読み取れないのは仕方がないことだ。


さて、読み取り辛い彼女の記憶をなんとかインプットする。

さぁ、彼女の力を行使しよう。





瞬間、世界のすべてが狂って見えた。


ぐわん、と視界が歪む。

ガン、と頭にナニかを詰め込まれたような衝撃が来る。

フラ、とよろめいた。


「___大丈夫?」


リーシャは心配してくれたようだ。

ああ、優しい子である。無表情とか言ってごめん、と頭をなでてやりたい。


「ああ……大丈夫」


視界の違和感の正体がつかめた。

その正体の答え合わせをしよう。


メガネをはずす。すると視界はいつも通り。

むしろいつもより色々なものが鮮明に見えるようにすらなっている。

要するにこれ、眼が物凄く良くなってるのだ。

視界が歪んだのは視力が大幅に矯正されたから。


眼だけではない。聴覚、嗅覚も大幅に強化されている。

頭にナニかが詰め込まれたような感触、とはつまり急に処理しきれないほどの

情報を身体が感じたことの反動なのかもしれない。


……いや、これ結構ヤバい奴なんじゃ。

これまでの経験則から言って、このまま使い続けたら物凄い反動が来そうである。

とは言え、このまま彼女に負けたまま、というのも悲しい話だ。

どうせ反動が来るんだったら、

一匹くらいは虫を捕まえるところを見せてやりたい、というのも人情である。


見据える。見据える。見据える。

いつぞやの戦いのように、知覚をフルには使わない。

そんなことをしたら、ショック死してしまいそうだ。

だから、いつもよりも心なしか気を抜いて世界を見つめる。


視界の端に、捉えたものがあった。

……蝶々だ。七色に輝く、綺麗な虫だった。


その動きは酷く緩慢で、挙動が細部までハッキリと見える。

羽根の動く、1ショットの世界が切り取られているかのようだ。

動作や軌道は読み取れる。簡単に予測できる。


さぁ、狩の始まりだ。

散々煮え湯を飲まされた復讐を、ここで果たさせてもらおう……!












「よっしゃー!とったどーーーーー!」


元の世界の友人たちが見たら、「古りーよ!」と突っ込まれそうな雄たけびを上げる。

いや、待たれよ。

僕の心は童心に帰っているわけで、多少古いネタを利用しても、それは子供に戻ったということで。

つまりは仕方がないことなのではないだろうか。


虫網の中を見れば、七色に輝く蝶がひらひらとはためいている。

やったぜ。


リーシャは目を見開いてこちらを見ていた。

ふふん、どうだ参ったか、と今度こそドヤ顔を決めてやった。


「……これ___スゴイ、です」

「ああ、そうだろう?」

「金色の___蝶……黄金蝶、だ」


あれ。僕のことじゃないのか。拍子抜けしてしまう。

……まぁ、そりゃそうか。

彼女の経験を真似したのだから、彼女にとってあの程度は驚くにも値しない、

ということなのかもしれない。


と、そう考えてさらに違和感が現れる。

それじゃ、今の光景は、彼女にとっては日常茶飯事だ、ということなのか。

あの、今にも気が狂ってしまいそうな感覚が……?


なんて、バカな妄想である。

元の世界にも、僕からすれば化け物みたいな人間は世界中に沢山いた。

マサイ族の視力は平均4,0だとも聞く。

僕の視力は裸眼で0,5、メガネを付けてても1,5だ。

きっとそんなに視界が変わったら、先ほどのようにもなるかもしれない。

ちょっと戸惑ったりはするだろう。

それがいきなり過ぎたので、大げさに感じているだけだ。


さて、少しばかしの残念さを感じつつも、リーシャの方に意識を戻そう。

彼女の瞳は僕が捕まえたこの蝶に対して釘づけだ。


……まぁ、確かに綺麗である。見ていて気持ちの悪いものじゃない。

むしろ、ずっと見て居たいくらいだ。

科学博物館なんかで見た、綺麗な虫の標本を思い出す。

そういやコガネムシの標本のキーホルダーとか親に買ってもらったっけ。

あれもしばらく見ていて飽きなかった。

見る角度から、色が変わる。光を当てる場所によって全く違うように見える。

それがあの標本の魅力であった。


対して、この蝶はどうだ。

ひらひらと、自在に、予測できないような動きをする翅が、キラキラと輝いている。

生きているものだけが持つ輝きというのはあるんだなぁ……と。

素朴だが、当然の感動を覚える

標本で見た虫を輝かせるわざとらしさはそこには無かった。

昆虫の飼育に何千万もかけてしまう人間の気持ちが、少しだけ分かる気がする。


「……綺麗だな」


つまるところこの一言だ。

「___黄金蝶、です。アーデンバウムの……名産でした」

「黄金蝶?有名なの?」

「__ええ、とても。出すところに出せば、家一軒が建ち、ます」


感動が一気に吹き飛んだ。それどころじゃなくなった。

なんだそれ。宝くじを当てたどころじゃないぞ。

そりゃ、固まるわ。


「えっ……マジで?」

「___マジで」


三秒くらい見つめあう。

本当にマジらしい。


道楽者というのは恐ろしい。

何を仕出かすか分からない、という意味で。


「___貴族の間で……流行ってて。だから、高価なん、です。___でも、最近はめっきり……見たことが、無く、て」

「へぇ……と、こうしちゃいられない。さっさと虫かごに入れてしまおう」


万が一でも逃げ出されたりしたら大変だ。

リーシャなら捕まえられるかもしれないが絶対ではない。

僕ももう一度あの感覚をやるのは疲れそうだ。


殺さないように、逃げないように気を使って慎重に虫かごに入れる。

折角の当たりくじが風に飛んで無くなった、では洒落になれない。


それに……である。

リーシャの家の貧乏さや、母親の不調のこともある。彼女にはお金が必要だろう。


僕はどうなのか、と聞かれれば、いらないと言えばウソになる。

この世界で生活する基盤がメイにおんぶにだっこ以外無い。正直に言えば必要だ。


だが……。やはりリーシャにこそ、本当に必要なのではないか?

お人良しと笑わば笑え。僕は本気でそう思っているのだ。


とは言え、メイには折角のチャンスをフイにしたのかと怒られるだろう。

今も何をしているのか分からないが、きっと今後への対策だと思う。

彼女の働き者な性格のことだ。決して怠けてるわけじゃないはず。

僕の方が幼女と遊んだだけじゃ申し訳が立たないだろう。


やっぱり山分けが妥当な線か?


……ああ、全く持って煩雑だ。お金の話など、いやらしくて仕方がない。

しかも相手は10歳ほどの少女だ。

やはり宝くじなど、当てるものでは無い。







その後も山の中を進んでいった。

「虫取りはもういいの?」と聞いたら

「____もう、充分……取ったので」

と返された。道理である。

過ぎたるはなお及ばざる如し。

二兎を追うもの、一兎も……というように、これ以上遊んで

折角の大物を逃すなんてことになれば落語のオチにはなるだろうが、

僕らは決して笑えない。


その後も、順調に進み続けた。

途中で湧水を発見してペットボトルに詰めたり、

お腹が空いたので気に生えてる果物(枇杷みたいな味だった。お世辞にも美味しくない)

を食べたりして、徐々に濃くなっていく林を抜けていく。


……そうして、木々をかき分けて、ようやく山の奥にたどり着いた。

林を超えた先に丁度、日が入るようにぽっかりと開いた場所があった。


「ここが?」

「___はい」


ひんやりとしているが、陽が当たっているのでじめじめはしていない。

不快さがない、いい場所である。

地面を見れば草木がまばらに自生している。

いよいよゴール。目的の場所、ということだ。


「ついに着いたってことか。悪いんだけど、ここから先は僕に出来そうなことがないんだが……」


最初に言った通り僕には植物を見分けるスキルはない。

図鑑を見て一緒に探そうにも、文字が分からないので判別はつかないだろう。


「___大丈夫、です。そこで、待ってて……」


そういうと、彼女はトコトコと進み始めた。

少し気が引けるが、お言葉に甘えるとしよう。





10分ほどして、目当ての薬草を見つけだした。


「___ありました」

「おっ。本当かい?」


リーシャは無言で差し出した。赤い色で、少し毒々しく見える。

が、毒と薬は紙一重だろう。

詳しくない僕が何か言っても意味はあるまい。


「よかったな」

「………」


少女は無言で薬草をポーチに入れる。

その姿をみて、ほっ、と胸をなでおろした。


偉くあっさり終わった気がするが、こんなものだろう。

そもそも、何事にも『波瀾万丈』とか『急展開』『艱難辛苦』

と言った言葉が付かれるといささかこちらが疲れるというものだ。

そんなものは異世界転移と、

相棒との逃避行、謎の敵からの襲撃だけで充分である。

……結構見舞われている気がするが、気にしない。


時計をのぞき込む。表示されている時間は午後4時くらい。

このペースで降りれば、日没には間に合うだろう。


「さて、と。お日様が陰る前に、さっさと……」

「____ッ!?伏せてッ!」


何事だ、と思う間もない。リーシャが僕に飛びかかってきたからだ。

華奢な体である。普通であれば、受け止められる。

だが、女の子にこんなことを言うのは失礼かもしれないが、彼女の身体は思いのほか重かった。


直接肌と肌とが触れ合う。

子供らしい熱を蓄えた身体だが、腕は見た目に反してぎっちりと筋肉が感じられる。

押し倒された次の瞬間、僕の顔の真横に弓矢が刺さった。


なんだ。なんだなんだなんだ……!?


サッ、と頭が冷える。一歩間違えれば死んでいた。

こんなもの、誰が……!?


状況はさっぱり分からない。

だが、ひとつだけ分かっていることがある。

それは、「どうやらミッションは簡単には終わってくれないらしい」ということである。

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