ゆきのはな
こんにちは。椿です。
ふたつの《ゆきのはな》の物語です。つたない文章ですが、最後まで読んで頂ければ幸いです。
《ゆきのはな ~スノードロップ~》
あるところに、それはそれはたくさんのうつくしい花が咲いているお城がありました。
お城の庭ではかわいいお姫さまが一人、花かんむりをつくっていました。
* * * *
「だめだわ、うまくいかない。」
思い描いた通りに花かんむりをつくれないお姫さまの瞳には涙がじんわり。
手から花びらがこぼれ落ち、お姫さまは小さく息をはきました。
「どうしたんだい?」
お姫さまが顔をあげた先には金色の目をした黒猫が一匹いました。
「あなたはだれ?」
「私はノワール。魔法使いさ。」
初めて見る魔法使いにお姫さまは驚きましたが、花かんむりが思うようにつくれないことを少しずつ話しだしました。お姫さまはノワールと新しい約束を交わし、その日から毎日お城の庭で花かんむりをつくりました。以前は一人でつくっていましたが、ノワールがずっと側についていてくれたのでお姫さまは花かんむりをつくることが楽しくなってきました。
すると、どうでしょう。日を追うごとにノワールから贈られた白い花がひとひら、ふたひらと開いていきます。お姫さまは嬉しくなり、花かんむりをつくっては白い花の様子をみにいきました。
季節は冬へと移り変わってきました。ノワールと約束を交わした日から欠かさず花かんむりをつくっていましたが、白い花はあと一歩というところで開かなくなってしまいました。お姫さまがお城の中から庭を見つめていると、後ろから突然声を掛けられました。
「白い花が咲かないのかい?」
お姫さまが振り向くと、そこには西の森に住む魔女がいました。
「白い花がなくても、私なら美しい花かんむりをつくれるようにしてあげられるよ。」
「本当に?」
「ああ、本当さ。それでは、こちらについておいで。」
お姫さまは西の魔女についていきました。お城をでて、歩いていくと寒くて暗い森にたどり着きました。
「私が力をあげるからね。お前は何もしなくていいんだよ。」
「何も?」
「そうだよ。毎日花かんむりをつくる練習なんかしなくていい。頑張ることなんて無駄さ。白い花も咲ききらないじゃないか。魔法使いのことも忘れてしまいな。」
お姫さまは思いました。
これまでのことは、本当に無駄だったのだろうか。花を選ぶのも花を編むのも嫌いだったけれど、ノワールはその楽しさを教えてくれた。頑張らなかったら楽しさなんてわからなかった。何もしないで力だけもらって美しい花かんむりがつくれるわけがない。
「私、自分の力で花かんむりをつくるわ。」
「なんてこと!そうはさせないよ。お前は私のもとで、私だけのために一生美しい花かんむりをつくるんだ!」
「私はみんなが喜ぶために花かんむりをつくりたいの。」
「うるさい!」
西の森の魔女がお姫さまにおそいかかろうとしたその時、黒髪の青年がお姫さまを守ってくれました。
「もしかして、ノワール?」
「そうだよ。大事な花を忘れては駄目じゃないか。」
人の姿をした黒猫の魔法使いはお姫さまに白い花を差し出しました。
白い花をみてお姫さまは驚き、嬉しさのあまり声をあげました。
「咲いたわ!」
「君が頑張ったからだよ。さあ、お城にもどってさっそく花かんむりをつくってみよう。」
お城の庭で美しい花かんむりを完成させたお姫さま。
翌日、約束の場所にいってもノワールは現れませんでした。さみしさが込み上げる中、空からふわりと雪がふってきました。まるで、また会おうという挨拶のように。お姫さまは美しい花かんむりを楽しかったあの場所にそっと捧げました。
「春になったら、また。」
* * * * *
実は白い花は《スノードロップ》という普通のお花。お姫さまは本当に自分の力で美しい花かんむりをつくれるようになったのですね。
《ゆきのはな~西の森の魔女~》
美しい花々が咲くお城の西の森に、ひとりの魔女が住んでいました。魔女がいつものように森を歩いていると、木の根本に人の赤ん坊をみつけました。
* * * *
「構うもんかい。」
魔女が遠ざかろうとすると、赤ん坊は火のついたようになきだしました。
「ああ!もう、うるさいね!」
魔女は赤ん坊を魔法で宙にあげ、家へと招き入れました。
「おかえりなさい、ジョーヌ。」
魔女が家に入ると、オウムが出迎えます。
「おや、その子はなんだい?」
「人の子さ。」
「ジョーヌ、一体どういう風の吹き回し?君は灰になりたいのかい。」そう、西の森に住む魔女、ジョーヌは生命あるものに触れるとたちまち灰になってしまうのです。
「ふん!触らなきゃいいんだろ。」
ジョーヌが指を差しだし動かすと、赤ん坊に必要なものがでてきました。
ベビーベッドにミルク、タオルに洋服…他にもたくさん。
こうしてジョーヌは人の赤ん坊を育てることになったのです。
赤ん坊は“ダリヤ”と名付けられ、すくすくと育っていきました。ある日、ダリヤは以前からの疑問を魔女とオウムに投げました。
「どうしてジョーヌは生命あるものに触れないの?」
突然の質問に答えたのはオウムでした。
「それは、この森に住む魔女だからだよ。」
「どうして。」
「どうしてもだよ。それが、私。西の森に住む魔女の定めなんだ。つまらないことはいいから、とっとと働きな!」
ジョーヌの言葉にダリヤは声をあげて反論します。
「つまらなくないわ!ただ…もう、いい。」
言いかけた言葉を飲み込み、ダリヤは部屋をでていきました。
「ダリヤはジョーヌに触れたいんじゃないか?」
「何を馬鹿なことを。」
「ジョーヌは優しくなった。前に花かんむりをお姫さまにつくらせようとした時に比べたら…」
ドンと床に杖をつくジョーヌの様子にオウムは口を閉じました。
「ジョーヌは花かんむりが欲しかったの?」
「聞いていたのかい。そうだよ。」ダリヤはオウムをつかまえて話を聞きました。美しい花々に囲まれたお城のこと、花かんむりをつくるお姫さまのこと。
「どうして花かんむりを欲しかったかは知らないけど。」
もしかしたら、その花かんむりに秘密があるのかもしれない。その花かんむりがあればジョーヌは生命あるものに触れられるようになるのかも。
オウムの言葉にダリヤはある決意をして、西の森を飛び出しました。
雪がちらつく中、森をでて東へと進むダリヤ。ジョーヌのように魔法のほうきに乗ることができればすぐにお城へたどり着くのですが、ダリヤは人の子。魔女に育てられたからといって魔法はつかえません。
「ジョーヌが知ったら怒るかしら。」ダリヤは歩きながら、幼い頃のことを思いだしました。
ジョーヌに頭を撫でてもらいたくて、抱きしめてほしくて、良い子になったりいたずらをしたりしたけれど、一度も触れられることはなかった。家出をしたこともあったけど、すぐに見つかってしまって。もし、その花かんむりに不思議な力があるなら…。
ダリヤが考えを巡らせていると、谷の下に美しい花々に囲まれたお城が見えてきました。
「あれだわ!」
声をあげた途端、大きな風が凪ぎ、ダリヤの身体は揺れて谷底へ真っ逆さま。落ちると思った瞬間、温かい何かに包まれました。恐る恐る目を開けると、ダリヤはジョーヌと共に魔法のほうきに乗っていたのでした。
「ジョーヌ!」
「まったく、お転婆娘だね。」
ゆっくりと谷から降りるとダリヤは恐怖のあまり地面に座り込んでしまいました。谷から落ちたこともそうですが、何よりもダリヤはジョーヌに触れてしまいました。
「ジョーヌ…大丈夫なの…?」
「大丈夫じゃないさ。せっかく何百年も生きたのに。」
ダリヤの瞳から大粒の涙がこぼれます。
「ごめ…なさ…」
「泣くんじゃないよ。お前はいつまでたっても泣き虫だね。」
いつになく優しいジョーヌの声にダリヤは身体中が震えました。
「オウムから聞いたよ。私のために花かんむりをとってこようとしたんだろう。でも残念ながら、あれには私のこの灰になる身体をとめることはできないよ。」
ジョーヌの髪が、顔が、身体が少しずつ灰を帯びてきていました。
「花かんむりは、もういいんだ。お前が私のところへきてくれた。それだけで十分さ。」
優しく広げられたジョーヌの腕の中にダリヤは飛び込みました。
「…あたたかいね…」
ジョーヌの身体は灰へと変わり、ダリヤはその場に倒れ、声にならない声をあげて泣きました。オウムがゆっくりとダリヤの肩にとまります。
「ダリヤ、ジョーヌは君に出会ってから変わった。だから…」
オウムがゆっくりと羽を広げると辺りは優しい光に包まれました。
『だから、許しましょう。私は西の森、そのもの。悪さばかりするジョーヌに戒めを与えましたが、もう必要ありませんね。さあ、ダリヤ。この花を灰の中へ。』
ダリヤは西の森から多彩な色を帯びた花びらを受け取り、灰に散りばめました。
ジョーヌ!
ダリヤの祈りに花びらが揺れ動き、降り行く雪や灰が目映い光を放ちました。
「ダリヤ」
「ジョーヌ!」
* * * *
西の森には魔女がいました。魔女は人の子に出会い、優しい心を手に入れました。寒い雪の降る日に温かい贈りものが魔女のもとに届けられましたね。
―ゆきのはな・おわり―
童話って、どんなものかな。何を伝えたいかな、と考えながら書きました。最後までありがとうございました!