いざ競馬場へ!
目的の日が来た。
それまでのイベントとしては卒業式があったが俺と雄平は参加しなかった。
参加した雅彦に言わせれば、
「別に……」
とのことだ。
まあ、それはそうだろう。3年間過ごした学校ならともかく、俺たちは1月にタイムスリップしてきて、しかもそれからのほとんどの期間を停学で過ごしたんだから思い入れなんてまったくといっていいほどないんだから。
俺にも個人的なイベントはあった。
ちょっとだけ話は逸れるが、今回俺の持参できた軍資金は70万円だ。
内訳は、工場で働いたのが20万円。それに、親からもらった金が50万円だ。
うん、この50万円は親からの縁切り状だ。
うちの両親は普通だ。
父親はサラリーマンで母親は専業主婦。大学の頃からの付き合いから社会人3年目で結婚。順調に将来設計を立ててそれに従い生きて、家まで建てた。
立派ではある。
俺にはできなかったことだから。
まあ、普通であることが悪いことだとは思わないが、うちの両親は普通ではないことが許せないタイプの人間だった。
自分の子供は健やかに育って幸せにならなければならない。そのためには高校中退などはもっての外だ。
タイムスリップ前の俺が親と疎遠になったのも俺が大学受験に失敗したのが切欠だったしな。
俺の両親は臭いものには蓋、というか遠くに捨てることで家族問題の解決を図ったわけだ。
ひょっとしたら政治家の金丸の息子と揉めたってことも少なからず影響してるのかもしれないが、首謀者である雄平のところにその気がないことを考えると、やっぱりうちの両親の性格ってのが原因だろうな。
とにかく、俺は4月中には家を出ること(高校3年間通うよりはるかに安い金だな。)を条件に、軍資金50万円を手に入れたのだった。
俺たちは電車を降りた。
タイムスリップ前も俺は競馬もパチンコもやったことないので、競馬場に足を運ぶのは初めてだ。
「ここから遠いの?」
「いや、歩いて行けるよ」
聞いてみると、この駅の利用者の9割が競馬目的とのこと。
うん、見てみると冬なのに日焼けしたいかにもなおいちゃんたちがいっぱいいた。
その中に、どこかくたびれた感じの、スーツ姿にネクタイのおじさんがいた。
俺は、どこか場違いなそのおじさんをなんとなく足を止めて見た。
そのおじさんは、電車を待っているのか猫背で突っ立っていた。
駅に、電車のアナウンスが流れる。
おじさんは、ゆっくりと、歩き出した。
「ぉぃぉぃぉいおいおい!」
そっちはまずい!
俺は、おじさんに向かって走った。
だが、間に合わなかった。
おじさんはそのまま線路に落ち、間を置かずに電車に跳ね飛ばされた。
盛大に響き渡る電車のブレーキ音。
いつもより早口のアナウンス。
どこかの誰かが悲鳴を上げた。
……動悸が止らない。
俺だってそれなりに生きてきた。
近い人間の死だって経験している。
だが、今目の前で失った命は、俺が今まで経験したどんなものとも違った。
「……行こうぜ」
雅彦の声で俺は我に帰った。
「あのおっさん、競馬で負けたから死んだのかな」
雄平は沈んだ声で聞いてきた。
雅彦と違って、雄平は俺と同じように賭け事をやらないやつだ。もしおじさんの死が、賭け事による自殺だったのなら、今から競馬をやりに行こうとしていることを考えてもショックだったろう。
俺は、自販機から缶コーヒーを買い、一気飲みして缶を握り潰した。
競馬場には俺と雅彦の知らない男性が立っていた。
メガネをかけた、どこか優男といった感じの男だ。
「やあ、雄平くん」
「源次、雅彦。紹介するよ。俺の従兄弟で本間忠彦さん」
「今日はよろしくお願いします」
俺と雅彦は頭を下げた。
ぶっちゃけるなら、俺たち中学生だけで馬券を買っても以前雅彦が陥ったように、没収される恐れがある。ならば、成人に買ってもらおうって考えて雄平の知り合いに来てもらったってわけだ。
「ところで、君たちなんか暗いけど、喧嘩でもした?」
「あ、いや……。ついさっき、目の前で人身事故みちゃって」
「あっちゃあ。ついてなかったね」
そう言って忠彦さんは苦笑いした。
俺たちは、最終レースまで小額をかけて競馬をそれなりに楽しんだ。
まあ、当たったり外れたりで儲けはなかったが。
「ていうか、雅彦。おまえまで外れると俺たちはすごい不安になるんだけど」
「いや、さすがに全レースを覚えているわけないだろ。だけど、大丈夫。最終レースは間違いないから!」
雄平は小声で俺に聞いてきた。
「源次、どう思う?」
「……バタフライ効果って知ってるだろ?」
「あの、北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐になるってやつ?」
バタフライ効果とは、噛み砕いて説明するならほんの些細な出来事でも巡りめぐって全体に大きな影響を与えることがあるって説だ。
「ここには、雅彦と俺、それにおまえ。最終レースの結果を知っている人間が3人もいるわけで、それがひょっとしたらなんか影響あるかもしれない」
「外れるかもしれないって?」
「100パーセントの信頼はできないと思う。それでも確率でいうならけっこう勝算は高いとは思うけど」
とりあえず、俺は大体半分の40万を、雄平は20万ほどを最終レースに注ぎ込むことにした。
ちなみに雅彦は今持っている全額、60万を賭けた。
40万といっても倍率150倍なら6000万だ。それだけ稼げれば当面、どころか10代の間は金に困ることはまずないし、株を買う元金としても上々だ。
俺はそう思い、金を忠彦さんに渡した。が、忠彦さんはあまりいい顔をしなかった。
「ちょっと大金すぎないかな? しかも倍率から言っても当たる確率はかなり低いと思うよ」
俺は雅彦を見た。雅彦は一歩前に出て、忠彦さんに言った。
「いや、このレースは絶対当たるんだ。忠彦さんも便乗して買ったほうがいいよ」
忠彦さんは気色ばった顔をした。
「年上から忠告させてもらうけど、ギャンブルに絶対はないからね」
知ってるよ。俺たち、あんたより年上だし。
忠彦さんは結局俺たちの説得を諦め、合計110万円を受け取って馬券を買いに行ってくれた。