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 ぼろ負けした。


訂正しよう。


ぼろ負けしたことにされた。


32歳の同窓会での話しだ。


中学卒業から17年。成人式からでも12年が経っている。

人ってもんはそれだけの時間があれば多かれ少なかれ色んな経験をしてきているもんだ。


かく言う俺もそうだ。


だが、人に言わせると俺は負け組ってことになるらしい。


大きなお世話だ!

 確かに冷や飯喰っていることは認めるが、なんで他人に俺の人生の勝ち負けを決められなきゃならねえんだ!



……まあ、言ってやったわけだ。酒の勢いで。


静まる会場、白ける場。


俺に、「大丈夫、きっといいことあるから頑張って!」なんて上から目線で言ってきた女はなんで自分が怒鳴られたのかもわからず涙目になっている。そういえばこいつ、子供の幼稚園受験が大変とか言ってたな。俺とは違いさぞ順風満帆の「勝ち組人生」を送ってきたんだろうな。


 俺は2次会に参加せずにさっさと帰ることにした。周りもそれを望んでいたし自称「勝ち組」の連中が俺を見る憐憫の視線に耐えられなかったから。



後になって考えるのならば、俺の物語は、やはり「勝ち組」連中に馴染めなかった2人と一緒に駅への道を歩いていたときに始まったんだ。



「もし……、あなた」


 少し時代がかったような喋り方に俺たちは足を止めた。

声をかけてきたのは、怪しい(妖しい?)占い師だった。

 小柄な体躯に細い指。どうやら若い女性のようだ。


「ひょっとして、俺たちのこと?」


女占い師は感情を表さない瞳で頷いた。


「あなた……、負け組ですね?」


「それ、誰に言ってんの?」


 ここには俺を含め3人がいる。小癪なのはその3人全員がさきほど負け組扱いされたので女占い師の言ったことにハズレはないってことだ。


「あなた、今の人生に後悔はありませんか?」


「……、あんた、客商売に向いてないんじゃない? 金が欲しいなら頭下げて占わせてくださいって言えよ」


 女占い師は俺の言葉を完全に無視し、胸元からなにかを取り出した。

あれは……、ボタン?

ファミレスの呼び出しボタンに酷似した、半球形にボタンの付いたものだった。


「ここに、人生やり直しボタンがありますが、押しますか?」


ここまで馬鹿にされたのは久しぶりだ。

俺は、女占い師を怒鳴りつけてやろうと大きく息を吸った。

が、俺より先に俺の左隣にいた奴が大声を上げた。


「俺、押す!」


「は?」


「俺も!」


 右隣にいた奴もそんなことを言う。

そして、相次いで女占い師の手の上にあるボタンを押した。


「あなたは、押しますか?」


「……」


 女占い師は俺の前に立ち、ボタンを差し出してきた。あたかも俺にボタンを押せ、と言わんばかりに。


「あなたは、押さないのですか?」


「……」


 ここでボタンを押すってことは、自分が負け組であるって認めるってことだ。

それを認められない程度に俺にはプライドがあって、それを捨てずにいられる程度には余裕もある。


「押したほうがいいですよ」


「大きなお世話だ!」


 女占い師はどういうわけか俺にボタンを押させたいのか、一歩前に出て俺にボタンを近づけた。


「お願いだから押してください」


「俺がこのボタンを押すことでおまえにどんな得があるんだ!?」


 女占い師はなぜか泣きそうな目で俺のことを見てくる。


……まあ、なんかの冗談だろうしな。

それに、人生30年以上も生きてると大きな失敗も1度や2度じゃない。

もし人生をやり直せるなら、今度はうまくやる自信はある。


俺は、ボタンを押した。


……当然というか、別に変化はなかった。


その時は。



俺たちは、電車で地元に戻り、そこで別れて帰路についた。

家に着いたらシャワーを浴びてすぐにベッドに入った。


明日はシーツの洗濯でもするか。どうせ暇だし。

そんなことを考えながら俺は目を閉じた。



「Have a good life♪」


 去り際、背中越しに聞いた女占い師の言葉が、なぜか頭の中で木霊していた。

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