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伊藤の謹慎期間は10日間のはずだった。ところが、10日を過ぎても登校する気配は無かった。教員側の説明では、本人の精神状態がまだ学校に来られるようになるまで回復していない、とのことだった。伊藤はカナメ・姉星・山岸と違い、B組の生徒なので細かい事情は違うかもしれないが、だとすれば神山は悪童をそこまで陥れたということになる。
「伊藤、学校来ないね……」
2限が終わった後の中休み、次の生物の移動教室へA組の皆が向かっていた途中、姉星はつぶやいた。横にいたカナメはそのつぶやきを聞き、言った。
「そりゃ、腕をいきなり失ったらショックは大きいだろう」
「それはそうだけど」
その時、入れ替わりで生物の授業を終えたC組が向かってきた。その中に友達と仲睦まじく話している神山が姉星とカナメには見えた。C組の行列が見えなくなった後、姉星は溜息まじりに話を再開する。
「なんかさ、みなみって高2になってから変わったよね。高1のころも、あんな風に明るい子じゃなかったのにさ」
「いや、変わったんじゃない、変えたんだろ」
「そう、だよね」
カナメの言ったことは確かにそうだった。自分を生徒副会長の身分に導くところから始まり、今に至るまで彼女は自分の周りの環境を何らかの力で変えてきた。その時の彼女は余裕の表情以外の表情を見せないが、実は見えないところで必死になっているのかもしれない、カナメはそうも思った。
「みなみの次のターゲット、涼ちゃんかな、春村かな。涼ちゃんは服装検査とかでいろいろ手が打てそうだけど、春村はそもそもサボりだからなあ。家にいるような人間を罰せるわけが……でも、その常識を打ち破ってきたのがみなみだからね」
「どっちからなのやら見当がつかんが、最善を尽くすしかないだろ」
「うん、そうだね」
二人は会話を終えると、生物教室へと入っていった。
「本日の生徒会を始めます。礼」
「今日は特にこれという議題が無いから、各学級の状況報告を、」
「待った」
をかけたのは、神山だった。
「ん、何だい」
嫌な予感はしつつも、その感情を表に出さないようカナメは柔軟な対応をする。
「私から提案が」
見えない「えー」が生徒会委員達の顔に広がっていく。
「先日の、アルバイト取り締まり法案の件については失礼しました。今回は前回の失敗も踏まえて、実施が現実的であることをベースにこの法案を立てたいと思います」
肝心の内容に皆、そして別のところではありながらも、カナメの興味が集まる。
「全校朝礼での服装検査です」
「(来ちまったか)」
神山の銃口の先は涼姫に向けられていた。
「というわけで、服装検査が通った」
生徒会は終わり、家へ帰り着くとカナメは真っ先に部屋に戻り、携帯で姉星に電話をかけてこの事項を伝えた。
「マジで? あちゃー、涼ちゃんには気をつけるよう言っておくわ」
「まずはそこからだな。頼む」
電話を切り、カナメは大きな溜息をついた。
神山の強さはここまでで十分、わかっている。今回のコンセプトはその被害をできるだけマシにする、というものだ。涼姫がこれを信じるか、信じないかは別として知識として持っておくことに無駄は無いはずだ。
カナメは何か大きな任務を果たし終えた気分になり、ベッドに横たわると晩飯まで寝てしまった。
「おはようございます、生徒会本部です」
週が変わり、朝礼台で声を張り上げているのはカナメ――ではなく、副会長・神山みなみだった。どちらかというと副会長として朝礼台に立ったというよりは提案者としてのほうが大きいのだが。
「それでは各学級の生徒は出席番号順に並んでください」
各学級の生徒会委員がまず出席をチェックし始めた。遅刻をした生徒が知らんふりで列に勝手に入っていく。それも神山は見逃さず、
「遅刻した生徒は罰掃除をしてもらいます。後で生徒会室に来なさい」
と号令、そしていよいよ服装チェックの方法が伝えられた。
「それでは服装検査の方法について、各学級の生徒会委員にもう一度説明をします。服装検査は採点方式です。髪型20点満点、上半身の制服をはじめとする身なり35点、同じく下半身35点、靴・靴下等足に関する身なり10点で採点します。採点は減点法で行ってもらいます。つまり上限は100点ですが、下限は底なしです。くれぐれもファッションセンスではなく、当学園の服装規定に従って採点するようにしてください。採点方法は以上です。後ほど生徒会のほうで集計を行い、40点以下の生徒は後日呼び出して罰則に従ってもらいます。それでは採点を開始してください」
神山はゆっくりと朝礼台を降りた。使い終わったマイクを受け取る。皆がガヤガヤと騒ぎ、ある者は開き直り、ある者はこっそりと委員が回る前に直している。
こうして全校を使った復讐は行われていった。
2年A組では涼姫がいよいよ服装検査を受ける番になった。担当は水川である。
「涼姫さん……」
大目の採点をしようと心がけている水川もさすがに絶句した。大目の採点と言うのは冗談でもなんでもなく、採点も折り返し地点まで来たと言うのに、まだ一名も罰則対象者が出ていなかった。ところが、涼姫の髪は脱色、そして規定では厳禁とされているメイク、上下ともに規定外の服装、そして靴も学校指定の革靴ではない。
とはいえ、水川のことだからこれでも結局は大目に見てくれるだろう、そうカナメは思っていた。ところが、悪魔はそれをみすみすと見過ごしてはくれなかった。
「あら、水川さん、採点が甘いですね」
水川の後ろには、神山が立っていた。カナメは体が震え始めた。怖かった。そこまでして自分の思うとおりに復讐を完成させようとする、否、させている神山が怖かった。
「他のクラスは5〜10名罰則対象者が出ていますよ? まあ、涼姫さんがどうして50点? これはどう採点しても0点は下回りますよ?」
「各学級の採点は各学級の生徒会委員のはずです。神山さんが口出しする権利はありません」
いつかのこともあり、水川は懸命に抗議をする。
「それは厳正な採点をする生徒会委員の場合です。あなたのような方が採点していては、この法案の意味がなくなってしまいます。規定外の服装をしている生徒を是正するためにしているんですから、むしろ罰則対象者ばかりになってもいいはずです」
「じゃあ、そ、そんなに言うなら神山さんが採点すればいいでしょう!」
名簿を渡して水川は列に戻った。
それを見送ると、神山はにこりと微笑みを浮かべ、名簿の涼姫の欄の「50」という数字の隣にマイナスをしっかり、付け足した。
涼姫への復讐はどんなものになるのでしょう。次回もお楽しみに。




