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「本日の生徒会を始めます。礼」
「えーと、今日は今週試験実施した『アルバイト取り締まり法案』の意見を求め、最終的に採決を行いたいと思います」
「まずは成果のほうは……」
またしても放課後を無駄にされた、と今にも声に出して言わんばかりの挙手の嵐。
「えーと」
さすがにカナメも苦笑するしかない。隣の神山は余裕の表情以前に、もうどうでもいいとばかりの顔。自分で案を出しておいて無関心というのも許せなく思うが、今のカナメは嵐を鎮めるので手一杯だった。
とりあえず片っ端から指名していくが、「効果が無い」「説得力が無い」「アルバイトは校則違反の中でも手間がかかる」「諦めても仕方が無い範疇」「だいたい学校に納めるなんてきくわけが……」といった意見が大多数。
この間の遅刻監視員制度の行動が行動だったので、皆の意見が一通り出納めとなると、神山のこれからの行動に皆の興味は移動する。
「それでは、提案者の神山さん、ご意見を」
「そうですね。少しアルバイト案は非現実的だったかもしれませんね。廃案とするのがいいでしょう。とりあえず一人検挙しましたし、一人も捕まらないという危険性もあったことからすると、試験実施にしてはうまくいったものです」
今回の皆の驚きの中心は、「一人検挙しましたし」のところだった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
一年生が挙手した。すかさずカナメは指名する。
「一人検挙できたんですか! 誰ですか」
「個人名をここで出すのはふさわしくないと思います。とりあえず2年生です」
個人名を出さなかった分、カナメは少し安心した。水川は少し不満そうだが。
「それじゃ、この案は廃案と言うことで」
久々に生徒会の不安材料がネタ切れとなり、皆ホッとする日だった。
あれからカナメは水川と一切話していない。クラスメイトとしてどころか、生徒会長と一生徒会委員という関係としても話すことがなくなっていた。
「おい、お前金も持ってないのか。そんなんで俺様と会おうたあ、いい度胸だ」
そういって彼は男子生徒を殴った。男子生徒は教科書を抱えており、勉強好きで成績優秀そうなイメージが漂う。逆に弱々しさもまとっていた。
「や、やめてくれ。金なんか君に、あ、あげられるわけがないだろう。せ、生徒会に報告するぞ」
「生徒会? なんだそれは? おまわりさんか?」
また一撃が男子生徒を襲う。
「くっ」
男子生徒は気絶した。
「んだよ、気絶しやがった。困るんだよな、こういう中途半端なのはよ」
口でそう言いながらも、彼の手は男子生徒のカバンの中に入り、財布を探し当てようとしている。
「うし、見つけた見つけた。今日はシューティングにするかな」
シューティング、とはゲームセンターで遊ぶ分野なのだろうか。その時。
「あら、見ぃつけた」
かくれんぼで鬼を見つけた女の子のような、おどけた声を出した女子生徒――それは神山だった。
「あ? 神山か。お前副会長だったよな。なんだ? お偉いさん目線でなんか言うことでもあるのか」
「別にないわ。でも……これは良くないわね? 恐喝は犯罪よ? 生徒会から教員に報告書を出そうかしら」
「うるせえんだよ」
先ほどまで神山の顔があったところに、彼の一撃が飛ぶ。しかしそこに神山の顔は無かった。
「なんだ? 柔道でもやったのか。正確に避けられるたあ、成長したな。こいつよりは上手だぜ」
彼が指さしているのは、気絶している男子生徒。
「ありがとう。でもこんなことをしても、あなたの罪は重くなる一方よ? あなたは今誰に向かって拳を振りかざしたのか、もう一度よく考えてごらんなさい!」
「生言ってんじゃねぇぞ! 弱虫の神山がよ!」
幾度と無く拳を振りかざす。しかしかすりもせず、いつしか彼の口からは息切れが聞こえてきていた。
「なんでだ! なんで当たらねぇんだ!」
「あーあ、避けるのも疲れてきたわ。そろそろ終わりにしてくれないかしら?」
ドン。
彼の体から爆発音が轟き、彼は直立した姿勢を保ちながら崩れた。
「どう? 昔のいじめ相手にいじめられる気分は? 楽しいでしょう?」
神山はそう言いながら彼の腕をつかむ。彼の体が震えはじめる。
「な、何をする……」
神山は依然として気絶したままの男子生徒を一瞥してから口を開いた。
「伊藤君、親から与えられた手をこんなことに使ってはダメでしょう。十分に反省なさい」
次の瞬間、彼の腕は消えた。血が落ちたりすること無く、まるで元から無かったかのようにそのまま空間から存在を消した。そして、日も暮れかけた校舎裏、男子生徒の悲鳴だけが響いた。
次の週。
カナメが登校して来ると、山岸と姉星は待ってましたとばかりにカナメのカバンを下ろし、肩に腕をかけてきた。姉星の包帯はもうなくなっており、完治したようだ。
「伊藤が自宅謹慎になったらしーぞ」
山岸は有無も言わさず話題を始めた。カナメはさして驚きもせず、返す。
「ほう。まあ結構悪やってたからな」
「それもそうなんだが」
山岸はバトンタッチ、と姉星に目で合図を送った。
「なんか、学校に恐喝の事実が伝えられたときには右腕が無かったらしいの。しかも本人が出頭」
「とうとうあいつも悪いことをしすぎて、頭がおかしくなったか」
「誰だってそう思うよね」
「おい、ちょっと待て」
腕が無い。その事実の重大さに脳が反応するまでに時間が少しかかった。
「腕が無い?」
「そう。腕がまるごと。わきのところからまるごと。しかも、血は出てなかったんだって。」
カナメは思った。そんなことが出来てしまいそうな疑いがかかってしまう人間は今一人しかいない。するとそれに追いつくように山岸が話しかけてくる。
「さあ、三条カナメ君、誰の仕業でしょう?」
フルネーム、そしてクイズ番組のような言い回しがカナメには鬱陶しく感じられたが、その雰囲気は笑ってツッコミを入れられるようなものではなかったので、真剣にレスポンスをする。
「合っているかどうかは別として、神山以外の答えが思い浮かばない」
「そうだろう、そうだろう。で、どうしようか」
「もう腕が無いもんね……伊藤の奴、ああ見えて実はそんな悪い奴じゃないのに」
そう言う姉星の目にはうっすらと涙が浮かんでおり、カナメも同情してしまう。
「腕の件については、俺らが見ていなかった状況で起きたことだ。仕方が無い。だからこれからのあいつのケア、そして敵という敵と戦うべき時を考えよう」
何気なく山岸が「俺ら」と言い、カナメだけを責めないようにしているのが、カナメにとって嬉しくてならなかった。だが、敵は今までの事件からすると常識では考えられないくらい強大であるし、まだまだ強いのかもしれない。戦うべきときはいつなのか、そして来てしまうのか、この先のすべてが重く、カナメたちにのしかかっていた。
神山の強さの底はどこなのか……次回もお楽しみに。




