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 かくして、次週の月曜。アルバイト取り締まり法案の試験実施が始まった。



「姉星さん」

 放課後、生徒副会長・神山は例のコンビニへと歩を進めていた。

「何よ。また来たわけ? 本当にあんたって奴は中学のときからそうだけど、鬱陶しい」

 姉星はそう言いながら、面倒事を避けるために店の裏に向かった。神山もそれについていきながら話す。

「そうですか。それは大変残念です。ところで今日の朝礼の話、聞きましたか?」

「聞いてるわけねーだろ」

「『アルバイト取り締まり法案試験実施開始』」

「知るか! お前いい加減にしねーと、本当にぶっ殺すぞ? 世の中はな、お前が思っているほど口先だけでの理屈は通らねえ、拳がモノを言うんだよ馬鹿野郎!」

「わかっています。今、ここで痛感しています。私も分かっていますよ、拳じゃないと通用しないことくらい」

 驚くべきことに、その発言を終えたとき神山の手は握りこぶしになっており、姉星は倒れていた。

「痛ぇ……何すんだ、クソアマが!」

 これでも女である。罵声を投げると起き上がり、神山に蹴りを入れた。神山は崩れ落ちる。

「中学のときみたいになぁ、お前の物をいちいち隠してるほど、こちとら暇じゃねぇんだよ」

「こっちだってあの時のまま、やられっぱなしというわけにはいかないの」

「何?」

 神山の体から発された無数の氷の矢。透明なはずの氷がみるみるうちに紅に染まっていく。

「うっ、ぐっ」

「これでもバイト出られるのかしら? こんなボロボロの体、服装で?」

「……」

「生徒会副会長としてあなたに命令します。まず明日、あなたがバイトをやっていることを担任に通告します。その後、現在残っている給与を銀城学園に明け渡しなさい。これは命令です。これに逆らったらどうなるか、あなたは身をもって分かっていますね? では」

 肩下げカバンを拾って、神山は帰っていった。

「こんな馬鹿がっ、通用するとっ、思ってるのっ」

 でも姉星はボロボロになっている自分を隠す術を持ってはいなかった。



 カナメのほうもカナメのほうで、取り締まりはしていた。5時になったところで、区切りを付けてやめた。

「(とりあえず、あからさまで注意しても大丈夫な血の気の多くない人間は締めたが)」

 生徒会長とは言えども、自分の体を危険に晒すのに躊躇をしないわけではない。他の委員には悪いと思いながらも、それだけはしなかった。もっとも、他の委員はアルバイトの取締りのきちんとやっていたかというとそうでもない。途中でいい加減になって、ドサクサに紛れて下校する委員も多くいた。

 姉星に目をつけていた神山のことだから、もうすでに姉星のところへ行っていることだろう。姉星などの、かつて神山いじめの主犯格だった人間を守るのが山岸との約束だったのに、それを守る守らない以前にカナメは姉星がアルバイトをしているコンビニがある通りと逆方向の通りに取り締まりに来ていた。

 カナメが、生徒会長の肩書きをこれほどに憎く思ったことは無かった。



 次の日。

 カナメはいつもより少し遅く家を出た。足取りも、重い。

 学校に着いてみると予想通りの結果が待っていた。山岸に体育館まで呼ばれ、ついていく。

「てめぇ! 早速俺との約束を無視しやがったな!」

「何のことだ」

「姉星を見ろ! あいつ今日包帯だらけで学校来ているんだぞ」

「やはりか」

「やはりか、じゃねぇよ! お前にしか守ることは出来ないと思ったから俺は頼んだんだぞ! なのにあのザマはなんだ! 会長さん、教えてくれよ? あの包帯の傷は誰に負わされたものなんだ!」

 カナメは山岸に強く、突き飛ばされた。

「答えてみろや!」

「それが人にものを頼む態度か」

 静かなその言葉に山岸は驚いた。怒りのこもった言葉をカナメの口から聞くことはめったに無かったからだ。

「俺にしか出来ないこと、お前には出来ないこと、それを頼んだんだ。お前は何も出来ないくせに何を偉そうなことをのたまってやがるんだ」

「……」

「俺だって何も出来やしないことが、歯がゆいさ。昨日だって姉星のアルバイト先のコンビニがある通りと反対方向の通りを取り締まっていた。気がついたらそっちの通りを歩いていたんだ。何か恐ろしいことが待ち受けている強い予感が」

 カナメは続けた。

「神山が怖いのは、今やお前や姉星だけじゃない。俺もなんだ。いつも生徒会であいつの隣に座っている俺でさえも、身が震える思いが頭の中を駆け巡っているさ」

「……」

「俺に変に大きな期待をこれ以上抱かないでくれ。それが出来ないならば、自分で解決しろ」

 カナメは山岸を置いて教室へと歩いていった。



 カナメは教室に戻ると、まず一番にしようと思っていたことを実行した。

「姉星」

「何」

 姉星は淡白な反応を返した。

「その傷は何だ。怪我にしてはおかしいぞ」

「なんでもない」

「誰にやられた」

「誰にもやられていない」

「答えろ」

「なんでもないっつってんだろ!」

 教室の大勢がカナメと姉星のほうを向いた。

 その時、山岸が教室に入ってきた。皆の注目は山岸へも向く。山岸の注目は姉星とカナメの方へ向いた。さっき突き飛ばした時のカナメの手の擦り傷から、血が滲んでいる。山岸は何も言えなかった。教室が徐々に喧噪を取り戻し始めた。

「昨日からアルバイトの取り締まり制度が始まったのは知っているか」

「だから何だ」

「昨日、お前は取り締まりを受けたか」

「……」

『受けてねーよ』という嘘は、姉星の頭の中に思い浮かんだが、言葉にならなかった。この包帯がそれが嘘であることを皮肉にも、証明している。

「受けたんだな」

 姉星は次の瞬間黙って、頭を前にこくっと動かした。そして肝心の次の質問。

「担当は誰だった」

「……みなみ」

「やはりそうか。でもそれにしても、お前にしては珍しく反撃しなかったな」

「したさ」

「したけど、すごい強かった。なんかとどめに氷でできた矢みたいなのが刺さってきて」

「強いと言う話は山岸からも聞いた。でもその氷でできた矢は誇張だろ? RPGじゃあるまいし」

「ここまできて、嘘なんかつくものか」

 カナメもそうは思うが、それにしても氷の矢は非常識だ。

「非常識だと思うだろう、でもそれが今の神山なんだよ」

 山岸が話に入ってきた。その目は少しカナメにすまなそうな雰囲気を伝えていた。

「俺のときも金縛りにされたし」

「本当なのか」

「そうなの?」

 カナメと姉星の疑問が山岸にぶつかる。

「嘘だと思うか? 特に姉星」

「そうだね……今の自分には信じられるし、信じるしか術は無いわ」

「で、ここから先が問題なんだが」

 山岸はまた、何か考えを用意していたようだ。

「何かか誰かが、いずれにしてもあいつを止める因子を持ったものが必要なんだ」

「なるほど」

 とりあえずカナメは同調しておいたが、誰もそのものについて一つも浮かばなかった。

 ところが、姉星もピンときたようだ。

「山岸、あんたと私、共通するのはみなみを昔いじめてたってことだよね」

「その案ももう出ているし、その可能性は濃い」

「だとしたら」

 姉星はカナメの顔の方を見た。

「そのいじめに対する復讐を止めるにはいじめを止めた三条にしか、その因子を持っているかどうかとは別として、これを止めることは出来ないんじゃない?」

「む」

 またカナメに矢印の先が向き始めた。姉星は続ける。

「しかもあとのメンバーって、みんな銀学じゃん」

「だから大問題なんだ」

 山岸はあきれたように答える。

「これを早めに止めないと、」

「伊藤とか、涼ちゃんとか、春村に手がのびるってこと……」

 始業のベルが鳴った。三人はただただ、立ちつくすだけだった。

神山の次の矛先は伊藤・涼姫・春村の誰に伸びるのか?次回もお楽しみに。次回は少し間が空くかもしれません。

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