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「じゃあな。また明日」
「おう」
山岸とカナメは校門で別れた。
「バイトは校則違反だってわかっていますね」
同じくらいの背なのに、神山の声は上から聞こえてくる感覚をもよおす。
「そうだけど? だから? 何偉そうに」
姉星は不機嫌そうに答える。
「あんた、何か当選して副会長になったみたいだけどね、調子乗らないほうがいいよ。あんたの、あの変な自信に圧倒されて投票した馬鹿が多いだけなんだから。これもね、別にあんたが嫌いだから言っているんじゃなくて、あなたを思って言っているんだから」
「不良生徒に思われる筋は無いわ」
「あぁ? もう一度言ってみろ!」
姉星は激昂して神山の胸ぐらをつかんだ。
「どうぞ。何発でも、お構いなく」
「ふん」
面白くなさそうに姉星は彼女から手を離す。
「早く帰りな。こっちは忙しいんだよ」
何故だろう、姉星は負けた気がした。さっさと店へ入っていく。
神山は笑みを浮かべると、元の帰り道に着いた。
カナメは今日一日のことを振り返っていた。中学のときのこと、これから始まるかもしれない復讐、そして約束。何よりもまず、これが復讐劇でないことを信じよう。それでも復讐劇に違いなかったときは、約束を守るまでだ。
と考えに一通り整理が付いたので、カナメは歩をいつもの速度まで早めた。
すると右から神山が出てきた。
「お、神山」
「三条くんじゃないの」
「寄り道はしないほうがいいぞ、今の君は副会長だから見られたらまずい。するなら見られないように」
ごく自然な意味でカナメは神山に言ったのだ。
「寄り道ではないわ。校則を違反している生徒を見つけたから注意しただけよ」
「なんだ、そっちか。ならいいけど」
カナメは安心した。そっちか。確かに寄り道なんかするわけないもんな……ん? 校則違反? そっち?
「何!」
まさか、まさか、無いよな。無いだろう。言い聞かせるしか今のカナメには術が無かった。
「どうしたのよー、びっくりした」
「校則違反の生徒がいたのか」
驚きの内容をごまかす。
「そんなのいつものことでしょう。『何!』とかオーバーリアクションするほどのことじゃないじゃないの」
神山は声を出して笑った。
「そういうのを1つでも減らすのが私たちの役目なんだから。いちいち驚いている暇は無いでしょう、生徒会長さん?」
「ん? ああ、そうだな、うん」
また神山は少し笑った。
「もう、おっかしい、今日の三条くんおかしいよ? 面白いなあ。何かあったの?」
あったことはあったが、彼女には絶対言えないことだ。
「ところで、その校則違反って何だ」
「コンビニでバイトよ。遊び金蓄える馬鹿のしていること。だいたい彼女の家は生活には到底困っていない、裕福な家庭じゃない」
ここまで合っている。姉星家は父は医者、母は弁護士の一流家庭なのだ。姉星本人は庶民の女子高校生と相違ないが、兄は立派な司法修習生らしい。
「誰だ?」
怖いが聞いてみた。
「うちのクラスの、姉星美穂よ」
神山は心なしか、明るく答える。また一つカナメの予感は当たってしまった。今回も悪い方向に。
神山と別れ、家につく。今日は宿題と言う宿題も無く、頭もそういう気分にはなってくれなかったので、ベッドに寝転がった。次は姉星――と予言されたようなものじゃないか。
その日は何も考えられなかった。
次の日。
「うーっす、三条!」
「お、おう」
「なんだ! シケてやがるな!」
山岸はいつもの山岸だった。ところが小声で話し始めた。
「姉星がバイトしているコンビニに神山が来たらしいじゃねぇか」
「お前も知っていたか」
「これは俺が言ったことがマジになる可能性大かも知れねぇぜ」
「そうだな」
「忘れてないよな、約束。守ってくれよ」
「う、うん」
どう守ればいいのか、カナメにはこれっぽっちの見当も付かない。
「本日の生徒会を始めます。礼」
「今日は神山さんから提案があるそうです」
公約通りに、アホみたいに厳しい法案を提案していく神山の鬱陶しさは生徒会委員からみたら、際立っていた。皆『提案』という単語を聞いて、眉をひそめる。
「来週から試験実施しようと考えているのは、アルバイトの取締りです」
その発言を聞いてギクリとした顔をする委員もいる。半年も会長やっているカナメから見たら、そいつがバイトをやっていることはバレバレだった。
「放課後を中心とした検挙、その後の担任への報告、罰則という方向を考えていますが」
一度そこで神山は発言を切った。
「まさか、この生徒会の中にアルバイトをしているなんて委員はいないでしょうね」
一度切るから怖さは倍増する。だが、その後の反応は意外と柔軟なものだった。
「まあ理由も諸々だと思うから、怒ったりはしないけれど試験実施期間中、家庭の事情と関係なく私利私欲でアルバイトをしている委員がいたら、試験実施期間中だけそのアルバイトは休んでいただきたいわね」
満ち溢れた自信をいっぱい染み込ませた神山の発言が、議決を迫る。
「それでは、試験実施の議決を始めましょう」
あえなく今回の案も誰も反対できなかった。
山岸の言っていた可能性はだんだんと濃くなってきた。
帰り道。
「罰と言っていたが、どうするつもりだ?」
カナメはなんとなく聞いてみた。何となくと言っても何となくではない。山岸との約束に触れないかという調査も含めて。
「そうねぇ」
少し考えているような仕草をしたあと神山は答えた。
「やはり給与の押収でしょう。学校の命令に背いた給与は学校へと消えていくべきだわ。それが部活動・研究会・同好会の活動予算に回ったら、有意義な消費と言えるはずよ」
「言っていることはもっともだが、そんなことを我々の力でできるのか? 不良でも出てきたら太刀打ちできんぞ」
「本当に困ったときは学校に直接言えばいいでしょう。ま、出来る限り生徒会の中だけで生徒会の法案に関することは解決させるつもりだけどね」
「……なあ、神山。これは悪い勘かもしれないが」
「何?」
「このアルバイト取締り法案を出したのは、姉星を見たからか?」
「そんなこと無いわよ。姉星さん以外にもアルバイトをしている生徒なんかいくらでもいるじゃないの。それに何よ、『悪い勘』って」
「そうじゃない。アルバイトをしている生徒の中でも、姉星だったからこの法案を出したんじゃないのか。もっと言ってしまえば、アルバイトは関係なくて、姉星がやっている悪いことを取り締まるために、」
「言葉が過ぎるわ、三条くん」
確かに言い過ぎた感はカナメにもあった。
「そうじゃない。妄想をするのはあなたの勝手だけど、それを人に言うと不快に思う人もいるから、これからは気をつけて。私は気にしないけど」
そういってカナメを置いてさっさと歩き出した。余裕の表情がまた一瞬消えていた。
だんだんと、神山みなみの陰謀が分かってきましたね。次回はのっけから、姉星と神山の対決です。
少し空いてしまいますが、次回もお楽しみに。




