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 その日の神山は一人目の呼び出しをし、屋上の面談室で生徒を待った。



 その生徒は同じ中学の出身である山岸だった。つまり彼はカナメと同じ中学の出身であり、またカナメに生徒会長になるように勧めた張本人である。ただ彼は遅刻が多く、前回の取り締まりの時も罰掃除をサボった。

 しかもカナメに、

「おい、神山のあのふざけた取り締まりやめさせろよ。だいたいあいつ生意気なんだよな。いじめられっ子の弱虫のくせに」と言った。カナメは神山側の弁護をしてくれたが、それだけでは神山の怒りはおさまらなかった。

「(……決着を付ける)」

 山岸が面談室に入ってくると、彼女は勝利の笑みを浮かべた。

「手短に終わらせてくれよな。こっちだって昼休みヒマじゃないんだ」

 山岸はぶっきらぼうに言い放った。

「ええ、もちろんこっちだって手短に終わらせたいわ。でもそれもあなた次第よ」

 神山はにっこり微笑んだ。

「いいからさっさと用件を伝えろ」

「罰掃除をしなさい」

「嫌だ」

「これは生徒会としての命令です。逆らったらどういうことになるかわかりますね」

「この弱虫が、生徒会の盾使って何威張ってんだ!」

 山岸は拳を振り上げ、すばやく神山の頭に降下させようとした。

 ところが、神山はいとも簡単にその拳を手でつかんだ。そしてつかんだ拳に人間技とは思えない力が加わる。

「お、おい! 離せ! 手が!」

「手がどうしたの? ふふ」

 神山が握り続けている山岸の拳からはとうとう血が流れ出し始めていた。



「てめぇ……」

 神山が拳を離すと山岸は心から怒りを感じていたのか、面接室の掃除用具からほうきを出すとそれを神山に向けて力いっぱい突き出した。

「そんなのパフォーマンスにしかならないわよ?」

 山岸の手が、硬直した。

「う、動かない!」

「ほら、私をボコボコにしてみなさい。中学のときのように!」

 神山のこの発言にだけ、今までの余裕が消えているように見えた。

「すまなかった。頼むから許してくれ」

「そんなこと言ってもね、あなたの罪は軽くないわよ。あなたは、生徒の風紀を統括する銀城学園生徒会に逆らったのよ? それも今の私は副会長、この学校の風紀を2番目に牛耳っている生徒と言っても過言では無いのよ」

「それをわかって言っているんだ! 頼むから許してくれ、副会長!」

「ふん」

 不機嫌そうに、でも何かが晴れたような口調で神山は

「じゃあきちんと、放課後の罰掃除しなさい」

と言い、山岸への攻撃をやめた。

 神山が先に面接室を出ると、山岸は神山が出た後の扉をじっと食い入るように見つめた。そうして何秒か経ってから力いっぱい蹴った。それでイライラが解消されたのか、部屋を出た。



 山岸はA組に戻ると、真っ先に弁当を食べ終わりのんびりしていたカナメに声をかけた。

「おいカナメ、生徒会委員の首切りってどうやるんだっけ」

「ああ、罷免か。罷免は全校署名30人以上、ただし最低でも各学年5人以上」

「どういうことだ」

「だから2年生30人じゃダメで、1年生5人、2年生20人、3年生5人とかじゃないとダメってこと」

「なるほど。サンクス」

「おう」

 そこまで、自然にカナメは生徒会長として答えた。

「ん」

 山岸のクラスメイトとしてのカナメに戻って、事の不思議さにようやく気がついた。

「お前今何ていった」

「え?だから生徒会委員の罷免の話」

「何故」

「何故って……」

 一度山岸はクラスを見回した。当然ながらC組の神山はA組の教室にいなかった。それを確認してカナメの質問に答える。

「神山に暴力ふるわれたんだ」

「はぁ?」

「この傷見ろよ」

 そういって山岸は右手の手のひらから流れ出している傷を見せた。

「確かに傷だが」

 どう考えてもいじめられっ子だった神山がこんなことをするとはカナメには考えられない。

「お前、それ自分で付けたんだろ」

「違う! 断じて違う!」

「根拠もなく強気だな」

「本当に違うんだ。こればかりは信じてくれ」

「お前の日頃の生活態度が逆に根拠になるぞ」

「それは百も承知だ。確かに俺は遅刻の常習犯だし、反省もしていない。先週試験実施されれた罰掃除の制度も完全に無視した。でも、でもこればかりは本当なんだ。ちょっとカッと来てあいつを殴ろうとしたら、俺の拳を防いでその拳をつぶすような強さで握ってきたんだ。で、この有様だ」

 カナメはふぅ、と溜息をついてから

「悪いが」と口を開けて

「それは信じられないな」と言った。

「俺らは中学からの親友だろ?」

「それとこれとは別問題だ。しかも今の自分の役職は生徒会長、うかつに誰かの肩を持つわけにはいかんのだよ。だから別に神山の味方をしているわけではない。これでも中立的立場だ」

 二人の間にしばしの沈黙が流れる。

「私は、山岸くんを信じるわ!」

 割り込んで来たのは、水川だった。

「普通に考えてこの傷は自分でやったものではないことは明らかだわ。見ればわかるじゃない。たとえば……」

 またしても水川は論理を果てしなく展開しはじめる。それを遮るようにカナメは

「分かったから。そんなことはどうでもいいんだ。別に俺だって山岸を信じていないわけじゃないんだ」と言った。

「信じられないと言ったのはどこのどなたかしら?」

「そ、そうだそうだ」

 カナメは二人の攻撃がだんだんと鬱陶しく感じられてきた。しかもいつも困った自分を手助けしてくれた水川が、山岸の肩を持っているのがなおさら鬱陶しさを強調させる。



「じゃあ、罷免署名すればいいじゃないか。それは一般生徒と他の生徒会委員の権利として認められていることなんだから」

「……そうね、じゃあ山岸くん、早速署名活動始めましょう。」

「お、おう」

 二人はカナメから無愛想にも離れたが、なんだかカナメはスッキリしなかった。別に神山の肩を持っているわけではないのに。



 変わったことに罷免署名は私的に署名をするのではなく、生徒会側に申請をしたあと朝のホームルームに署名用紙が配られ、それに署名をするか空白にするか、という形式である。それを後ほど生徒会長のみで、開票を行う。生徒会長の罷免署名の場合は、副会長が開票を行う。それに向けて水川と山岸は申請の準備を整えることにした。



 その日の帰りのことである。罰掃除を終えた後山岸は帰路についた。

「山岸くん」

 その声を聞いて山岸は寒気がした。この覚えのある寒気からして、もしやと思うと予想通りの人物がいた。

「なんだよ。罰掃除ならきちんとやったぞ」

「罰なんだから当たり前でしょう? さも偉業を成し遂げたかのように言わないの」

「何の用なんだよ。早く帰りたいんだけど」

「別に用はないわよ。ただ、一言言っておこうかしら」

「何だ」

「どうやら水川さんと団結して私の罷免署名を企てているらしいじゃないの」

「それがどうした。悪いか?」

「悪くは無いわ。大いに結構よ。それは生徒として当然に認められている権利ですもの」

「ならいいだろ。あばよ」

 構わず、山岸は歩き始めた。神山は追いかけようとはせずその場で口を開いた。

「どれほどの人が、私の罷免に署名をくれるのかしらね、楽しみだわ」

 山岸の足が止まった。今度は神山が構わず帰り始める番だった。

今回は少し長めで申し訳ございません。

次回も神山みなみは大暴れします。お楽しみに。

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