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「本日の生徒会を始めます。礼」
「えー、本日より新生徒副会長が参加します。気持ちを一新して議論を重ねていくこととしましょう」
カナメの隣の副会長席には神山みなみが座っていた。
あれから副会長選挙が行われ、結果はカナメの予想通り神山の圧勝だった。無記名投票のため誰が神山に投票したのかも分からず、生徒たちがお互い神山に投票したのではという疑いを掛け合って終わった。
「この表を見てください。今年度に入ってからの遅刻者数が多すぎます。校門に遅刻監視員を設置、まずは遅刻常習者をリストアップしたいと思います」
2年生である神山に逆らうことができるのは2年生だけだ。1年生は年下という名目上反論ができず、3年生も実権を持っていない。このような状況を改善したいとカナメは思っているが今まで特に誰かが圧政を敷くことは考えられなかったし、実際無かった。ところがここにきて状況が一変したといえる。
神山の遅刻監視員制度は満場一致で可決した。
この日の帰りもカナメは水川と一緒だった。帰りの途中、水川はため息をついた。
「遅刻監視員ねぇ、またこれで我々の仕事が増えるわ」
「とはいえ神山の言うことに間違いという間違いは無いからな」
「まったく……著しく教師側に味方する生徒会委員・生徒副会長も珍しいわね。顧問教師すらもいない生徒会なのに教師に媚を売って何が楽しいのかしら」
「うーむ」
2人の足取りが一歩、一歩、校門に近づく。校門を出たその時。
「あら、ご意見かしら?」
二人は足を止め、顔を見合わせ、後ろを振り向いた。そこにいたのは神山だった。
「ご意見はきちんと議論中に言っていただくか、反対票を投じてもらうかしていただかないと困ります。賛成票を投じておきながら帰り道で悪口とは卑劣です」
やはり神山の口調ははっきり選挙前と違っていた。さらにいえば演説をしたときの口調だった。水川はとりあえず釈明する。
「ごめんなさい。でも今までの神山さんを考えると少し驚いて」
「今までと違っていて何が悪いというの?」
「お、おい、二人ともやめないか」
カナメが間に入るが、それを神山は押しのける。
「私は単に副会長として自分の掲げた政策を実行しているまでです」
「偉そうに……保健室登校の身分はどこへやら」
水川のこの発言を聞くと神山は固まった。
カナメはまずい雰囲気を察知した。せずにはいられなかった。彼女の殺気とも取れるオーラ。カナメも体が震えはじめた。
「お、おい水川、今のは無いだろ。言っていることは、た、正しいんだ。謝れ」
水川は口を開こうとせず、神山は黙って帰り道の坂を駆け下りてしまった。
神山の目には涙が溜まっていた。
その次の日。カナメはC組をのぞいた。神山は出席していた。しかしこの間の昼休みの時と同様に窓際の席で外の景色を眺めて……はいなかった。
なんとあろうことか、女子大勢の中心になって話しているではないか。もしかしたらまた不登校になってしまうのではないかと真面目に心配していたカナメはホッと胸をなでおろしたものの、少し不思議というべきか何ともいえない違和感を感じた。それを口に出すとまた昨日の二の舞になると考えて口には出さなかったが。
カナメは神山に近づき、話しかけた。
「昨日はごめん。水川があんなことを言って。僕が止めに入らなかったのが悪かった」
「あら……ちょっと生徒会の話みたいだからごめんね」
そう女子大勢に呼びかけると彼女は場所を移そうと目で合図してカナメは廊下に導いた。
「三条くんは悪くないわ。安心して。それに私の考えも少し固かったかもしれない」
カナメは本日2回目の安心をした。少し目をそらして廊下の窓の風景に視点を移した。
「でも私はこの考え方はやめない。選ばれたからこそ、絶対」
カナメは顔を再び神山に向けた。その口調は演説の時とやはり同じだった。
「そうか。まあそういう空気も大切だよな」
「三条くん、私が立候補したことに驚いてるでしょう」
「ん」
そのような話はいずれしたいとは思っていたがこんなに早く、しかも彼女から来るとは思わなかった。
「まあ、うん、同じ中学校の生徒として考えると少し驚いたな。向いているとは思うけど」
「本当にこれまでいろいろなことがあったわ。本当にいろいろ。私はねそういう人に恩返しをしていきたいなと思って。三条くんもその一人」
「え?」
カナメは自分と神山との出来事の歴史をさかのぼってみた。しかし神山が先に答えを告げた。
「覚えてないの?私を励ましてくれたじゃない。中3の学級委員やってたとき。わざわざ家まで来てさ。あれが無かったらこの高校にもいなかった。それにこうやって生徒会委員として肩を並べられるのも嬉しい」
「そんなことしたな。まあこうやってみんなに溶け込めているんだから何よりだ」
「学校に復帰しても三条くんをはじめとするみんなが手助けしてくれたおかげで、本当に楽しく過ごせてきた。まあ……水川さんみたいな人も同じくらいいるけど」
「……」
一瞬の間が、空いた。
「高2になってから普通の生徒並みに過ごせるような体質にもなってきたし、いろんな人に決着を付けたいの」
「決着?」
「あ」
少し驚いたような顔をした後、
「なんでもないの。とにかく」
「うん」
「することをしないと生徒会を離れられない。三条くん、本当にありがとう」
「ああ」
それからも他愛も無い話を少しした後、おのおのの教室に戻っていった。
次の日から遅刻者取締りは始まった。遅刻者には遅刻点が追加され、これが3を超えると罰掃除をくらうというものだった。案の定守ろうとする人物など一人もいなかった。しかしカナメはこの取締りの本当の恐怖を後々知ることになるのだった。
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