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次の朝礼。先日の服装検査の採点結果が出たそうだ。また神山は朝礼台に立ち、クラスランキングを読み上げる。体育祭の優勝発表ならまだしも、このようなものの結果を聞いても誰も驚きも喜びもしなかった。
「それでは個人ランキングに参ります」
神山のその平然な発言は、例によって学校中を驚かせた。
「まずは優秀者上位30名」
そして淡々と、該当者のクラスと氏名、得点が読み上げられていく。
「次に……罰則対象者50名」
どういうつもりなのか、神山は罰則対象者を一人一人ゆっくり読み上げていく。そして1位に輝いてしまったのは、
「2年A組、涼姫佐和子さん、-50点」
笑いは起こらなかった。
罰則対象者は星の数ほどいても、マイナス点を、それも50点などを付けられている生徒はそうそういなかった。涼姫の格好は確かにマイナス圏内だが、とはいえ他のものの採点基準を考えるといっても-20点が妥当な線だ。それを無視した神山の狙いはズバリ、
「学期中、生徒会事務の手伝いを毎昼休み・毎放課後に行なってもらいます。対象者はまず今日の昼休みに生徒会室に来なさい」
神山復讐計画の残りの2人は大変難しい相手だ。涼姫佐和子は涼姫財閥の娘、春村はサボり。涼姫は以前にも生徒会ともめたことがあったが、親の献金の効果もあってか、理事長を始めとする教員一同によって事件が揉み消された。また春村のような元々学校に来ていない人間に、学校で罰則を与えるのは難しい。強大な力を持つ神山でさえも、その力を発揮する場が無ければ弱者に戻ってしまう。カナメとしてはそちらのほうがもちろん嬉しいのだが、神山の強さは能力はもちろん、場を作るために状況を改変できるところにもあるのだ。
「さて、涼ちゃんの場合はどうしましょう」
昼休み、姉星が紙パックのコーヒーを2つ持ってきて、カナメのところに来た。1つはカナメへのおごりらしく、カナメは礼を言ってそれを受け取って飲んだ。今頃神山は例の罰則の説明会をしているのだろう。同じ生徒会委員という立場、その裏でこの話題だ。
「いくら神山でも"場"を金の力に消されてしまっては手も足も出まい。まあ、神山のことだから、金の力をまた更に消す可能性もある。ひとかけらも油断できんよ」
「そうね」
「そうそう、涼姫は神山の話についてどう受け止めたんだ」
涼姫は真剣に考えている二人とは裏腹に友人と楽しそうに、お弁当をつついている。ということは、説明会も普通にサボっている。
「聞いてはくれたけど、信じてはいないと思う。確かに何もされてない状況で信じられないんだよね。山岸は最初から案じてくれたみたいだけど……」
最後の文で姉星の頬が少しばかり赤くなったように見えたのは、カナメの錯覚だろうか。
「まあ、そんなに効果に期待はしてなかったからいいんだが。確かに信じたところで、心の準備ができているかどうかという話になるだけで、実際の神山との戦いに役立つかとは別問題だからな」
「うん」
こうして学園一の悪服装王に輝いても平然としている涼姫の姿を見られたのは、この昼休みが最後となってしまった。
次の月曜日、涼姫の突然の転校が生徒たちに伝えられ、その日中に転入先の高校に転入されてしまったという。涼姫の家は売却されてしまい、どのような心情になったのか、カナメ達が知りたくても知ることの出来ない状況となってしまった。
とはいえ何故彼女がこの学園から姿を消すような事態になったのか、カナメ達は皆目見当がつかない、というわけではなかった。それなりの事件が起こったことは把握しているのだ。
その事件はこの日の終業後から始まった。
「帰りましょうか」
涼姫は女子の中でも友人が多いうちに入る生徒である。彼女が一声上げれば女子の集団は彼女について行き、集団下校を始めるのだ。彼女の一声に反応した女子生徒たちがそそくさと下校の準備を始める。涼姫もロッカーから教科書を取り出そうとした。その時である。
「えー、何で、何でですか!」
涼姫が叫びだし、泣き始めた。生徒はもちろん、生徒の質問に答え終わり黒板を消していた教員も驚いた。はっとしたカナメ達は涼姫のロッカーへ向かう。粉々に引き裂かれた教科書、それを見たときに固まったのは姉星である。
「どうした、姉星」
カナメは聞いたが、近くに涼姫がいることに気づき、姉星と山岸を廊下に連れて行きもう一度尋ねた。
「あの教科書に何か心当たりはあるのか」
「あれは……」
中学校の頃に意識が遡るのに十分な時間を空けた後、姉星は口を開いた。
「中学校のときに、あたしと涼ちゃんと春村が多用した神山に対するいたずらのはず」
神山の復讐の第一歩は同じ手口での嫌がらせから始まった。
「あ、あとは何をしたんだ」
山岸の声も震えが止まらない。
「上履きを隠したり、机の中に濡れ雑巾を入れたり……」
カナメも怖くなってきた。怖いのはこのいたずらではない。涼姫の性格からして、このような嫌がらせを受けた場合、親に相談する。親にまで何か起こる可能性が出てくるのだ。
「どうしよう、どうしよう……」
姉星はパニックに陥り始めた。カナメはこの時ばかりは神山が許せなかった。復讐ではあっても、自分としては神山を守ったつもりだ。神山が苦しんだときも、姉星達が苦しんだときも、自分は常に苦しんでいなければならないのか。自分は何も間違っていないはずなのに。
「とりあえず落ち着こう。また明日になったらまた少し状況も変わるだろう」
そういってカナメは山岸と泣きじゃくる姉星を連れて帰った。
次の日。確かに状況は変わっていた。靴下姿の涼姫が机で大泣きしている。そして彼女の足元には、汚れた濡れ雑巾。
その日のA組のホームルームでは担任が生徒たちを追及した。どのクラスでもそうだったらしい。これも理事長直々の命令なのかもしれない。そう考えると、カナメ達にはこれらの大人も味方としては映らなかった。
その日中に涼姫の親は来た。
そして、その次の日から涼姫は学校に来なくなってしまった。
「涼ちゃんのお母さん、トイレで亡くなったんですって」
「えー、マジ?」
1週間後、涼姫が転校したあとの昼休みの教室での会話だ。 姉星の話によると、神山の親は、来たときに水の入ったバケツを応接室に通じる廊下でかけられ、最後は鍵のかかったトイレに母親が閉じ込められたそうだ。教頭は神山の母親を助け出した後、必ず犯人を見つけ出して謝罪させることを約束したが、未だなおその約束は守られていない。その約束が守られるより先に、復讐の手が来てしまった。
銀城学園のトイレはのぞき防止のためにドアの隙間のあらゆる所が詰められている。これが仇となり、涼姫の母親は水が詰まったトイレを知らずに流した時、止まらない水の中で命を落とすことになってしまった。
あれから姉星は1日欠席し、今日学校に戻ってきたばかりだったがこの話を聞いて、また頭痛がしてきたようだ。カナメは姉星に近寄ると、
「大丈夫か、保健室行こう」
そういって姉星を保健室へと連れて行った。
A組を出て廊下に出ると、神山とすれ違った。そして姉星と神山の目が合う。神山は柔らかな笑みを浮かべると、目を反らした。これは涼姫への復讐の終結宣言にカナメには見えた。
あと、一人。
次回もお楽しみに。




