楽園を出て……
進学校に通っていた事もあり、親にも先生にも渋い顔されながらも進学を決めた美術大学。
私は夢を抱えて大学に入り、今その夢に翻弄され戸惑いフラフラになっている。
化粧を決めて、お洒落を楽しみ優雅に軽やかにキャンパスを闊歩するつもりだったけど、絵の具やインクや木くずや粘土など様々なもので汚すために、コットンシャツとジーンズという格好が多くなり、大学にいる間は長い髪をゴムで纏め色気とか女の子らしさというものを無くしていっているように思う。
デザインについて学びたいと強く想ってこの大学に入ったものの、具体的に何をしたいとかというのまで考えていなかった。自分しかできないクリエイティブな仕事をしたいという漠然とした夢しかない状態でシラバスをみた私は、自分の未来の可能性を広げ、どんな道でも進めるようにと無節操に多くの授業を選択した。それによって、多少の空き時間はあるものの週休一日の膨大な課題に追われる大学生活だった。バイトなんてする暇もなく、授業毎に出される課題をこなすために毎晩二時三時まで筆やペンをもって机に向かっていた為に、体重も落ちてきたし、目の下にクマが消える間もない。
簡単過ぎる化粧でなんとか目の下のクマを隠し、バカでかいアルタートバックと、様々な画材が入ったためにチョットした旅行に行くかのようなサイズになったバックを毎日持って大学に通っている。色々手を出しすぎて、逆に何がやりたいとか分からなくなってきた。
今日、最後のコマの講義が休講になったのを掲示板で知り、私はポッカリ空いた時間を過ごすために、学内にある博物館へと向かう。入り口で学生証を示し、まっすぐ四階にある常設展示室に入った。
この部屋の前面は、エミールガレのランプやアルフォンス・ミュシャのリトグラフ、何故かアールヌーボーな世界が広がり、奥は最近の作家の作品が展示されている。
私はそれらの作品がから溢れ出す空気を楽しみつつ、奥のエリアへと進んでいく、中国人の作家の描いた『楽園回帰』という絵の前のベンチの横に荷物を置き腰掛ける。太陽に充ちた鮮やかな草木の中で、美しい女性が空を眩しそうに見上げているという絵。太陽を見つめる女性の顔は、眩しいとも切なさそうとも見え、色々な物語をこの絵から感じさせてくれる。長い冬を終え、ようやく訪れた春を喜んでいるのか? 故郷にやっとの想いで帰ってきた所なのか?
私はそれをぼんやり眺めながら、ベンチにゴロンと寝転ぶ。
ここが私の大学内における、お気に入りの場所の一つ。
最初は図書館に行っていたのだが、図書館のソファーは人気がありすぎて空いていることもなく、しかも人も多く、基本的に本を読む場所なので部屋も明るすぎる。
でもここは、展示物を守るために適度な空調に、落とした照明、また何故か誰もココにこない。素晴らしい芸術品に囲まれて眠ることが出来て、まさに最高のスリーピングスポット。私はマナーモードにした携帯を抱きしめて眠る。
どのくらい眠っていただろうか? 胸に抱きしめていた携帯が震える。
「……しもし~」
寝ぼけていたこともあり、誰からの電話かも確かめずに、出てしまった。
電話の向こうから、クスクスという笑い声が聞こえ、相手が彼氏である『ひでくん』からだと分かる。
『百合ちゃん今『楽園』の前? 寝てたでしょ。もしかしてサボり?』
お互いの時間割も行動パターンも知り尽くしているだけに、こういう言葉が出てくる。
「いやいや、休講になったの。 だからデート前に元気チャージしてた!」
クスクスと笑う声がする。
『ゆっくり休めた?』
私は見えてないのに、元気に頷いてしまう。ここでの睡眠が身体の疲れをとり、この電話が心のくたびれを吹き飛ばす。私はまだ頑張れる。
「バッチリ!」
『じゃ、いつものように『アドベンチャーワールド』で待っているから』
そう言って電話は切れた。
私はいつもの待ち合わせ場所である雑貨屋の『アドベンチャーワールド』に向かう為に、仮初めの『楽園』を後にした。きっと冒険の後にこそ、本当の『楽園』に辿り着くのだろう。だから今は精一杯足掻いて頑張るしかない。
コチラの蒲公英さんの『愚者の楽園』というイベントから発想をえて書きました。
『~失楽園~ その後の世界』の二人のさらに約二年後の設定の物語です。
『短距離恋愛シリーズ』の過去話、『みんな欠けているシリーズ アダプティッドチャイル』の未来編とドチラになるのか悩んで、『みんな欠けている』シリーズに入れさせて頂きました。