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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

転生貴族、東条寺 呉亜はチートなスキルでむふふな夢想で無双します☆あれ?でもこんな美少女に生まれ変わるなんて聞いてないんですけど~~!これじゃ、私の計画台無しじゃな~い。❪前編❫

掲載日:2026/10/02


なろう系テンぷレ出身、元テレビ戦士風見た目の転生貴族、東条寺(とうじょうじ) 呉亜(くれあ)は、

あすなろ第2小学校に転校してきた初日から、5年1組の子供達を騒然とさせていた。


転生する前は、あんなに長く美しかった髪も、今はボーイッシュに短く揃えられていて、

前世での趣味だったお嬢様風のドレスもキッパリとやめた彼女は、パフスリーブのシャツにハーフパンツを合わせた王子様風のファッションとなっていた。

それでもその整った目鼻立ち、白い肌、小柄ながら均整の取れた手足は、

彼女が紛れもない美少女であることを物語っている。縞々のニーソックスを履いた脚に、学校指定とは違う緑色のゴムがついた上履きを履いているだけで、生徒達は何となく色めき立っていた。

黒板の前に立つ東条寺 呉亜が睫毛の長い目を観衆に向けたのを見て、クラスの女子全員が『ふわぁぁぁぁ………』と声にならない溜め息を吐く。

男子達はそわそわと、居心地が悪そうにそんな女子達の反応を見ていたが、転校生の美少女が自分に目を合わせたような気がした男子の数人は、慌てて顔を伏せていた。


西の方から転生してきた貴族、東条寺(とうじょうじ) 呉亜(くれあ)は、全く表情を変えず「……皆さん、宜しくお願いいたします。東条寺 呉亜と申します。このクラスに在籍出来る期間はあと一年間もありませんが、どうかお友達になってください…」と消え入るような、自信なさそうな、か細い声で言った。

「……かわいい……」と思わず女子の一人が呟(つぶや)く。

小動物のように、緊張して微かに震える少女は、ペコリ……と頭を下げると、先生に案内されて一番後ろの席に向かっていった。

生徒達の首がいっせいに回り、彼女の行動を一挙一投足追っていく。


東条寺 呉亜は、背中に突き刺さる複数の視線を感じ……、戸惑いながら自分の席に着席した。


…………。おかしい。


……前世の私は、……空気だったのに。


ある事件をきっかけに、クラスのお嬢だった彼女は転落し、それまでの高飛車な振る舞いの反動で、嘲笑され、紙くずを投げられ、しまいには彼女自身がゴミか何かのように扱われるようにまでなったのだった。


……それからの私は誰からも目を合わせられず、存在するだけで腫れ物扱い。

クラスでは完全にシカトされ、プリントも、給食も、決して素手で手渡されることはなかった……。教室では、私が触わった扉でない方(ほう)の入り口からみんな出入りをし、

私の机は、隔離された孤島になっていた。……可能であれば、皆、半径1メートル以上、私の島から机を離していたかったに違いない。

前世のクラスにいた木田(きだ)さんという女子が、特に私に対して辛く当たり、執拗に私の犯した恥ずかしい失敗を、面白おかしくクラス中に広めていた。

私のことを無視するようお達しを出していたのも彼女だったと思う。


……堪えられなくなった私は、とうとう学校を休みがちになり、多くの時間を自分の部屋で過ごすようになった……。


数ヶ月が過ぎたところで、私はカッターで手首を●るか、物置で首を●るか、乳首を吸って幼児退行するかの究極の選択に迫られ……いずれにせよ苦しい現実から逃れる為に、先生から薦められた時差通(じさつ)学を何度も検討したのだった。


見かねた私の母親が、ある日こう言った。


「○○ちゃん。(前世の名前)、辛かったら学校に行かなくていいのよ。……知ってるとは思うけど、この辺りは因習も多く、古い考えの家も多いの。ずっとお隣の目を気にして生きなければいけないこんな村社会に暮らすの、ママも疲れたわ。お父さんは青年団に入ってるから、他の人の意見に流されて、貴女をちっとも守ってくれなかったし……。

ねえ、○○ちゃん、聞いて?私、離婚することにしたの。貴女もついていらっしゃい。」

「え、大丈夫なの……?お金とか…家とか……ママの方から離婚を切り出したりして平気なの……裁判とかで不利にならない?」

「大丈夫よ。あの人、実は隠れ炉・リコンだったから。」


「え」


「……2次元専門だったみたいだけどね。書斎から100冊以上の聖人向け漫画を押収したから、もう言い逃れは出来ないわ。」「え」「しかも、踏み絵を拒否したから、あのキモい本と殉教するみたいよ。知らんけど。」「火炙りか斬首でお願いします………」


こうしてママは私を、ここ、あすなろ第2小学校の校舎の極東にある教室、5年1組に転生させたのだ。そう、前世で私が在籍していた3組の二つ隣に。


呉亜(くれあ)は机の下にある、自分の新しい身体を見下ろしていた。前世では、よくふわふわのレースを付けた淡色のドレス風ワンピを着ていた身体が、シンプルな丸首シャツになり、小さなリボンが肩と襟回りに並んでいる。その下にキャミソールだけを身に付けた肌が見え、

呉亜は、どこか寂しそうに、俯いても垂れてこない髪の残像を眺め、短い髪の毛先が首にちくちくと当たるのを軽く外に散らした。

丸い綺麗なおでこに沿って、真っ直ぐな前髪が横に分けられていて、こめかみ辺りで清楚で野暮ったい鼈甲のヘアピンで留められている。優しくうぶ毛が光るピンク色の耳は、片側だけを見せて薄いもみあげを垂らしていた。


彼女は横顔に熱い視線を感じ、堪え切れなくなり、びくびくとしながらそちらの方をゆっくりと向く。

……するとじっとこっちを見つめてきている1人の女子と目が合った。

「……な、なんですか…」

声をかけられた女子は、決まり悪そうに笑うと「あ!じっと見ちゃってゴメンね!……あんまり可愛いから……。私、高幡(たかはた)芽林(めりん)っていうの。友達第一号になっていい?」と言った。


…………。


呉亜は、よく分からない…といった顔をして、差し出された女子の手を見つめると、

手のひらのしわと指のささくれを観察し、黙って前方に向き直った。

「恥ずかしがらなくていいのに……」と2つ結びにした少女芽林(めりん)は言い、自分も黒板の方を向いた。


………。


注目されて(▪▪▪▪▪)、いいことはない(▪▪▪▪▪▪▪)。


転生した私のこの姿………客観的に言って、美少女オーラを隠し切れていないのは分かっている。美少女で才色兼備。いつもお洒落で清潔感のあるフローラルな薫り……。


…全てが、リスクだ。


周囲の憧れや称賛は、裏を返せば期待の大きさと過度な神格化に繋がる。一瞬の油断がお嬢様のイメージを蛙化させ、私が美少女で在るがゆえに、その反動は取り返しのつかないほど大きくなる。

呉亜は前世での恐ろしい事件により、一夜にして没落貴族となり、その後の人生で地獄を見たのだ。

転生した今、私は同じ轍は踏まない。目立たず、はしゃがず、隠れて生きるのだ。

……まあ、でもね?髪がボサボサのままだったり、上履きが汚なかったり、眉毛がゲジゲジだったり……あまりに汚いのも、シンプルにイジメられそうだから、最低限のお洒落と可愛さは必要よね。…でもその匙加減が難しいのよね。

呉亜は紫のハーフパンツから覗く、絶対領域を展開させた自分の脚を見て………スカートじゃない分、これなら随分控え目なはず……。と考えていた。

……この転生先のクラスでは、もう誰も私のことを知らない。その為に名前を変え、髪も切ったのだから……。自信を持っていいはずなんだ…。


呉亜(くれあ)は、横からまだ自分に注がれている目線を感じ、……マズいわね……。と考えていた。

美少女転校生というイベントは、否が応でも期待を高めてしまう。このままでは、うっかり目やに一つも安心して取れない立場に立たされてしまう。……私って罪な女の子………。


東条寺 呉亜は、一度目を閉じて、お腹の辺りに気を集中し、…じっと闇を見つめた。

前世の地獄で培(つちか)った私の万能スキル……。それを発動する時が来たかもしれない。

果たして、今のこの身体でもうまく使いこなせるかしら……。前世では周りの冷たい態度と、私自身のその場から逃げたい気持ちが重なって、その強い思いがスキルを発動させるきっかけとなったのだ。

……試してみよう。

この転校初日こそ、スキルを使ってみる絶好のタイミングだ。もっとも注目の集まるこの瞬間に、これがどこまで有用な能力であるかを証明できる……。


東条寺 呉亜は、七三デコ出しショートの玉子顔テカらせて、スキルの発動を開始した。


…………………………。


……………。


………きんこ~んかんこ~ん……


よし。授業中一度も指されなかったわ!

呉亜(くれあ)は机の下でガッツポーズをした。


実際、学校を休んでいたから黒板の問題、ひとっつも分からなかったし。助かったわ。


……転生した彼女が前世から持ち越したスキル。それは、『石ころ化』と呼ばれるものだった。これを使用した人間は、周りから石ころのように気にされなくなり、自分の存在を消してしまうことが出来る。

これはチート牛のみが発動出来る特殊な能力で、主にクラスの一軍女子から、その存在を完全に抹消することが出来る優れた力だった。

この有名な汎用スキルは、一見役に立たないように見えるが、前世の呉亜(くれあ)にとっては命綱とも言えるものであった。

これを使い、彼女は暗黒の学校生活を何とかやり過ごしてきたのだ。


呉亜は、能力が正常に作動したことを確認してホッと溜め息をつくと、椅子の背もたれに深く身体を預ける。


このチート能力がある限り、私は任意で美少女オーラを消すことが出来る。これで私は残りの学園生活を平和に過ごすことが出来る、はず……。


**************


休み時間に入り、東条寺 呉夢の希望は見事に打ち砕かれた。

彼女の周りにはきゃあきゃあと押し合う女子達が集まり、内容が聞き取れないほどの質問攻めに合っていた。

芽林と名乗った友達第一号に至っては、率先して女子達の質問をまとめて、代表して色々と聞いてくる始末。


ちょっとちょっとちょっと……。そういっぺんに喋られたら、小(しょう)と臭(くた)いしな私でも混乱して、スキルを発動出来ないわよ……。

東条寺(とうじょうじ) 呉亜(くれあ)は、自分が何故前世でイジメられるようになったかのヒントを駄洒落で匂わせながら、顔だけニコニコとして新しいクラスメイト達の顔を見ていた。

ペラペラペラペラペラペラ…………


「ちょ、ちょっと!」と言って呉亜は立ち上がり、「お、お手洗いに行きます!」と宣言すると、スクッ!と立ち上がる。

「え?じゃあ私が案内してあげる!東条寺さん、転校してきたばかりで勝手が分からないでしょ?」

そう言うと、第一村人の高幡(たかはた)芽林(めりん)がピタリ!と呉亜の体をマークした。

「いや、分かるから……」と呉亜は言いかけたが、

……いや、でもここにいる大人数についてこられるより1人に案内される方がマシか……と考え、「じゃ、高幡さんに案内してもらうわ。」と答えた。


先頭に立つ芽林の後ろを歩き、

東条寺 呉亜は、他のクラスの生徒に会わないよう祈りながら顔を伏せていた。

「こっちです。この赤い人型の印が付いた方(ほう)が女の子用、こっちの青い印の方(ほう)が男子用です。」

「いや……それはさすがに知っています……」と呉亜(くれあ)は言い、「ではここまでで結構です……」と1人で歩き始める。

「待って待って、東条寺(とうじょうじ)さん。中の部屋は和風と洋風があるから、両方案内してあげるわ!」

「いや、いいです……」そう呉亜が言った矢先だった。

正面から見知った顔の女子が歩いてくるのが見えた。

ショートカットの三連色違いヘアピン。廊下を歩くその姿は、明らかに頭一つ背が高く、ボーイッシュな見た目とは裏腹に、凛とした少女らしい顔を真正面に向けながら近付いてくるのは……

………間違いようがない。イジメっ子、木田 可里朱(かりす)その人だった。

こ、ここで前世バレはしたくない……!

呉亜は顔を廊下の壁に顔を向けて、手のひらで頬を覆い、背中を丸めながら芽林の背中に隠れる。


東条寺 呉亜が前世で積んだ業(カルマ)………。

それは美少女にとっては致命傷となる、リンカーン(林間)スクール(学校)での桜の木の伐採だった。

……桜散る……。

いつもはベッドで眠る少女は、慣れないお布団を使用し、朝の高原の急速な気温の低下の中で、美しい桜を散らしてしまったのだった。

桜の樹の下には屍体が埋まっている……。


肥料に似た強烈な腐敗臭と、ブヨブヨに液状化した黄色い腐乱死体が発見されると、

クラスで偉そうにしていた少女は、一夜にして容疑者となった。

『まさか、あの人が……』『全くそういうことをする子には見えませんでした…』『ええ?本当ですか?あの子知ってます。三年生の時同じクラスでした。イメージと違い過ぎて……』『五年生にもなって……』

まだ五年生であるが故に少年法の範囲内となり、大人達の計らいで少女の犯した氾(▪)罪は、個人情報法で保護され、

両隣ひと組《クラス》分、……つまり5年2組と5年4組までにしか広まらなかった。

その為、少女は身バレせず、5年1組に転生することが出来たのだった。


噂を広めた張本人、木田可里朱(かりす)がずんずんと近付いてくる。


いや、ダメ!どんどんこっちに来るわ!!このままじゃ………さすがに顔を見られたら確実にバレてしまう!!か、かくなるうえは………!?!

呉亜(くれあ)はお腹の底に力を入れ、スキル『石ころ化』レベル100を発動させた。

そして、サッ!と華麗に身を踊らすと、彼女は青い印の付いた入り口の方に、小さな体を滑り込ませる。

「ん?」と芽林が背中を振り返ると、今し方までそこに立っていた転校生の姿が忽然と消えていることに気付いた。

「東条寺さん??」とカニさんツインテールの少女はキョロキョロと左右を見回し、「あれー??どこ行っちゃったのー??」と叫んだ。

「どうかしたの?」と立ち止まった木田(きだ) 可里朱(かりす)が言う。

「あ、いや、ちょっと人を探してて……」と芽林は、気の強そうな背の高い生徒を見ながら言った。

「あ、そ。……ちょっとそこ、どいてくれない?入りたいの。」と可里朱(かりす)が言う。

「あ、ごめんなさい……」と芽林が答え、横にどいて道を開けた。


「…………」


「おい」


「ん、なにか?」


芽林(めりん)はやってきたこの背の高い男子(▪▪)に道を開け、青い印の方へ導くように、どうぞ……と体を後ろへ下げていた。


「…………おい」「え?」

芽林の顔がきゅ~~っと真っ赤になり、「お、女の子でしたか!!す、すみませんでしたーー!!」と言って逃げ出していった。

ボーイッシュ・ガール木田(きだ) 可里朱(かりす)は「失礼な……」と独り言を言い、その上で青い人型の印をじっと見つめていた。

「おい、男おんな~!お前もこっちに入るのか??」

後ろから男子の声がかかり、「んなっ?!」と可里朱(かりす)は変な叫びを上げ、振り返りざまに回し蹴りをしながら声の主を一気に制圧した。

顔を真っ赤にした男子が青い印の部屋へ逃げていく。

「バーカバーカ!おかま!悔しかったらこっちに入ってみろー!」

可里朱(かりす)は黙って声の方(ほう)を睨み、首を振ると赤い印の部屋へ入っていった。


―――――――――――――――


木田 可里朱(かりす)は、

林間学校で同じ班だったとある(▪▪▪)美少女がしでかした致命的なミスに遭遇し、ここぞとばかりにハイエナのように飛び付いた。

彼女は、他のクラスメイト達が少し引くくらいに、この学園カースト一位だった少女が、おナイショでお名所の桜を切ってしまった話を執拗に流布し続けた。…それは、どこか彼女の強迫観念の現れのようにも見えた。

クラスの皆は、木田 可里朱(かりす)が元々この美少女の取り巻きで、いつもヘコヘコご機嫌を取っていたことの反動だろう…と何となく見当を付けてはいたが、……結局のところ真実は誰も知らなかったし、知ろうとも思わなかった。


先生達による情報統制により、あのめっちゃ笑える恥ずかしい噂が、隣のクラスより先へ広がっていかないことに、可里朱(かりす)は正直苛ついていた。

あの爆笑コンテンツ(▪▪▪▪▪▪▪)を、皆に……特に(▪▪)男子達に(▪▪▪▪)広めてやるんだ……。フ、フ、フ………。あの気取った美少女が、チー以下の地位に落ちて、陰で笑われるなんて……ゾクゾクするわ……。本当に無様だった。あれがも(▪▪▪▪)し私だったら(▪▪▪▪▪▪)……、(ハァハァ)……私だったら………。」

そこまでを無表情で考えていた可里朱(かりす)は、廊下の姿鏡に映った背の高い自分を見て、

両手を使っておでこの上のヘアピンを差し直し、汗で乱れた何本かの前髪を横に向かって撫で付ける。


昨日の放課後。


委員会の仕事を終え、可里朱(かりす)は人気(ひとけ)のなくなった校舎を一人歩いていた。

彼女は出来るだけ多くの雑用を請け負い、自分一人が学校に最後まで残るように仕向けていたのだった。

下校時間はとうに過ぎ、職員室のみ明かりが煌々と灯り、何本かの廊下の電気はすでに消されている。

帰る前に先生へひと声かける約束になっていて、帰る時間までの猶予は、あと40分ほどあった。


可里朱(かりす)は、薄暗い2階の廊下から、引き寄せられるように、まだ消灯されていない3階へ向かい、数段しかない階段に、すでに息をはあはあと上げながら、大きな姿見がある壁の所まで来ていた。

そして緊張した面持ちで、前髪の3連ヘアピンを直す。


………。


………噂の拡がりが足りない……。もっと…もっと……、あの恥ずかしい出来事を学校中の男子に……。

可里朱(かりす)は、何度も、何度も、左右の廊下の先を見張り、足音に耳をすませ、背の高い自分自身を隠すように背中を丸め、

……素早く、青い印の付いた壁の向こうへ身体を滑り込ませた。

一瞬目を閉じた可里朱(かりす)は、少しずつ目を開け、徐々にこの部屋の、見慣れぬ間取りを視界に納めていった。


……片側の壁に並ぶ、縦長の白い容器。

それはいつかSF映画で見た、コールドスリープのカプセルの、蓋(ハッチ)がついていないバージョンに見えた。

……そこに胎児のように丸まった自分が、コポコポと泡立つ黄色い液体の中で眠っている映像が、

可里朱(かりす)の脳裏をよぎり、水色のバーカーの下で、胸が激しくヒクヒクと脈打つのが分かった。呼吸が浅くなり、お腹の内側以外が全て渇き、カラカラになった口の中で、べたつく舌で無理矢理に唾を作って呑み込もうとする。

……ぐずぐずはしていられない。今は千載一遇のチャンスなのだ。

ボーイッシュな女子、木田 可里朱(かりす)は、若干顔の中心に集まり気味な、一つ一つは整ったパーツを神経質そうに翳(かげ)らせて、

後はわき目も振らずに、反対側の壁に並ぶ個室の中に入っていった。

……そして鍵を静かに、カチャリと掛ける。

自分の指がぶるぶると震えているのを見て、可里朱(かりす)は、より一層呼吸を浅くしていた。

女子のものと何ら変わらぬ施設を見ながら、彼女は大きな身体を折り畳むように不器用にしゃがみ込み、

ポケットから、用意していた黒のサインペンを取り出す。

そして、ほとんど、ふう、ふう……と苦しそうに息継ぎをしながら、タイルの壁に、

『五年三組のK.Sは林間学校で、お姉さんショー(笑)をした。』と書き込んだ。

『五年三組のK.Sは、お着替えさせてもらう時、あの規模の都市(▪▪)にしては、まだ繁栄(▪▪)していなかった。』キュッキュッキュッ……。ペン先が壁に擦(こす)れる音が鳴る。ふう……ふう……と、もう口から声を出しながら可里朱(かりす)は、真っ赤な顔をしてタイル壁に書き殴り、

「えーマジかよ~」と小さな声で、男子の声を演じてみせた。

そのままサインペンを持った指がピタリと止まると、今、書き込みをした壁の丁度反対側の床に、

『五年三組のおかまブスK.Kは、』と小さく書かれているのを見つけて、ギョッとしてそこに顔を近付ける。


木田(Kida) 可里朱(Karisu )は、堪えられないくらい心臓をバクバクとさせて、苦しそうに襟首をぐいっと引っ張った。


『五年三組のおかまブスK.Kは、段シート入れ(▪▪▪▪▪▪)を使用しているらしい。』


すぐに可里朱(かりす)は2つ目のKの文字をサインペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶし、上からSと書き足していた。


アハハ………ハハ……。


……なあんだ……結局、悪口を書かれるのは、私みたいな男おんなの方(ほう)なのか……。アハハ……。そりゃそうよね……可愛い可愛いK.Sの方(ほう)ではなく……。でか女の私………。ペット用段シートにしてるとか馬鹿にされるのは私の方なんだよね……。


ハハハ………。


放心しきった様子の可里朱(かりす)は、怖いくらいの真顔で、もう一つの下手くそな落書き『刑事(デカ)チ●ポリスK.K参上!』という大きな警棒を振りかざす少女の絵を見つけると、

心に強い落下ダメージを受けて、ビチン…!と

…全装備をロストして、

気付けば、生まれたままの初期すぽんぽーん地点にリすぽーんした身体で立ち尽くしていた。

正確にはすね当て(▪▪▪▪)だけを装備した姿の木田 可里朱(かりす)は、個室の鍵を内側から開けると、外の広い空間に出て……かりすは女の子だもん……かりすは女の子だもん……と自分の身体を見下ろしていた。

そして、肌にあたる空気の冷たさに全身さぶいぼだらけになり、小刻みに震えると、……立ったまま脚を開(ひら)き、腰を心持ち前に突き出しながら、可愛い女の子である自分自身をだらしなく抱擁(ほうよう)し始めた。


その体勢ではうまく抱擁出来なかった可里朱(かりす)は、身体を伝う幾筋もの負の意識の奔流に対して、激しく憤(いきどお)り、「クソ!!」と小さく悪態をつく。

再び可里朱(かりす)は個室に戻ると、下手くそな絵をサインペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶし、代わりに美少女K.Sが、『おもしろ暮らし』をしているエッセイ少女漫画風の絵を書いて、フ、フフ、フフ……と涎を垂らさんばかりに肩を揺らして笑うのだった。


**************


時は戻り、

スキル『石ころ化』を発動した東条寺(とうじょうじ) 呉亜(くれあ)は、

思わず入ってしまった青の洞窟の様子に震え上がっていた。

不浄よ!不浄よ!不浄だわ!なんか床から乾いた●●●●(もにょもにょ)(…自主規(しゅき)制♡…)の臭(にお)いがしゅるし(涙)……これが噂の段シート入れなのね……。私も堕ちるところまで堕ちたものね……。

と、見慣れぬ間取りから目を逸らしながら左右を見渡した。

入り口のところで、第一村人高幡(たかはた)さんとイジメっ子木田 可里朱(かりす)が何かを話している声が聞こえる。

……途中から男子の声が加わり、すぐに言い争う声に変わり、バタバタと喧嘩するような音がし始める。

怖い!!イジメっ子怖い!

誰かが駆け込んでくる気配を感じ、呉亜は素早く個室に飛び込んだ。


「バーカバーカ!おかま!悔しかったらこっちに入ってみろ!」

とモブ男子の遠吠えが聞こえ、

呉亜は固く扉を閉ざし、息を潜めてスライド式の鍵に手をかけてガードしていた。


負け犬男子は、床から立ち昇る強烈な悪臭を感じ、


「くっせ!……誰だよ的(まと)を外したやつは……」と言った。

そして「朝顔の、ふちにこぼすな、一歩前。」と風流に句を詠む。


呉亜はすかさず心の中で『めのわらは、したためたものを、座して出す。手紙にうつろう 花の残り香。』と美しい返歌を詠み、

没落貴族とも言えども、前世で培(つちか)った教養が滲み出てしまう自分に酔っていた。

もう切ってしまった平安な長い髪を懐かしく思い出しながら、彼女は見慣れた場所と何ら変わらない個室で、嵐が過ぎ去るのを待っていた。

………和洋折衷、日本人形の黒髪にフランス人形のドレスを纏った前世の私は、あの事件をきっかけに、腐乱した邪パン人形に成り果てたのだ……。もう前世の私には戻れない……。


…………。


……それにしても、この場所に何もしないで立ってるのって……違和感が半端ないわ……。なんかムズムズする……。て言うかそこにいる男子は早く出ていかないのかしら……。

ガタガタ、ガタン……。ジャワワワァァァァァァ………。

ん?この音は………?な、なんかお掃除バケツに水を入れている音のような………。


はっ!!!


こ、これはもしや噂に聞く、大に入っている生徒の上から水をぶっかけるという、あの伝説の、男子あるあるの通過儀礼なのでは??!!

ま、まずいわ!!なんてこと!!物理的に扉に鍵を掛けてしまったことで、石ころ化が無効になったんだわ!!ど、どうしよう……。せ、せっかく転生したのに……この新しい人生(ニューライフ)もこれまでか………!??

呉亜がギュッ!と目をつぶった時だった。


ジャッパ~~~ン!


扉の向こうで水がぶち撒けられる破裂音がして、続けてデッキブラシでゴシゴシ……と床を洗う音が聞こえてきた。

「あ、入ってる人、ゴメンな?今、綺麗にしてるから、ちょっと待っててな?出る時、足元が滑るから気を付けてな!」ゴシゴシゴシゴシ………。


………なんか良い奴で助かったわ……。


ホッとした呉亜は、腰を落とし、緊張していた肩と背中をリラックスさせ、胸を撫で下ろす。


……ん?…………んん?……んぬぬ???


呉亜の目の前の壁には、黒のサインペンでビッシリと落書きがされており、

……そこには5年3組のK.Sに対する数々の誹謗中傷が書き込まれていて、ご丁寧にイラスト付きで図解までされていた。

………な、な、な、なんで段シート入れ(▪▪▪▪▪▪)にまで前世の私の噂が広まってるのよ??!そ、そしてこの詳細な説明……まるで見てきたかのよう……え?み、見られてたの?!そんなまさか??事件が起きたのは女子部屋よ??あ、あり得ないわ!!

呉亜の心を読んだかのように、外の男子が「……最近、落書きも多いよな?治安が悪くなった気がする。やっぱ移民のせいか?」と言った。

「いや、それも誹謗中傷でしょ!」と呉亜は思わず低い声で返してしまっていた。

「そっか。ゴメンゴメン。」と男子が言い、

「そこにも落書きないか?」と尋ねてくる。


呉亜は一瞬迷ったが、「ある!あるある!こ、これ消したいんだけど、なんか洗剤ない?」と精一杯低くした声で唸るように答えた。

「………出し終わってからにすれば?」と男子が言い、

「……いや!イマスグ!見ていて不快!」と、個室内で深い海へ大(ダイ)ビング中の男子が答えると、

お掃除ボーイは「じゃ、そこで待ってな! 」と軽快に叫んで走り去っていってしまった。


……今のうちに脱出するか………、いや、ダメだ。この落書きは誰にも見せたくない。幸いここはDieの方《ほう》の部屋。男子はほぼこっちの方の施設を使わないと言われているから、ワンチャンまだ誰の目にも触れていない可能性がある。


……でも、これ(▪▪)を書いた男子(▪▪)は誰なんだろう……。犯人を特定出来る証拠は何か残っていないかしら………。

髪をおでこの上で七三に分けた東条寺 呉亜は、その細い髪質のせいで、ほとんど剥げたように見える分け目を汗で照からせながら、真剣に考えていた。

ん………。何かしら、これ………。


呉亜は、紙ロールのカバーの裏返の溝に何かが挟まっているのを見つけて、

慎重にそれをほじくり出してみる。


………こ、これは……。


赤いヘアピンが1本。


これ……見たことがあるわ………。


赤、青、黄色の3連ヘアピンのうちの一つ。これを付けているのは……………木田(きだ)…可里朱(かりす)だ………。何故、こんなところに……。呉亜は今ここにいる自分のことは棚に上げて、これは変だ……くさいぞ……。と考えていた。

……このことについて考えをまとめたい。

やっぱり、さっきの男子が戻ってくるまでに早く脱出しよう。

呉亜は頭をフル回転させ、前世の記憶を総動員して打開策を練り始めた。


………。


……。


そうだ!油性ペンの落書きを落とすには、『ア』がつくものがいいと聞いたことがある。ア……ア……ア……、アンモニアだ!!


………それを言うならアルコールでは?と、突っ込む者が、このような場所に誰もいるはずもなく……、東条寺(とうじょうじ) 呉亜《くれあ》は迅速に準備を開始し、壁に向かってアンモニア水をかけ始めた。


………ジョボジョボジョボ……。


ふむ。


多少は薄くなったが、全く消える様子のない落書きに、呉亜は(あれ~~??)と首を傾(かし)げ、床が水浸しになったことに焦って、扉を開けると一目散に出口に向かって逃げ出していた。

……もういいわ!あの落書き、イニシャルしか書いてなかったし、バカな男子には読めないでしょ……。

スキル『石ころ化』を発動させたまま、呉亜は廊下を走って逃げていき、

入れ違いに入ってきたお掃除男子は、光合成の授業で使ったエタノール(危険)を持ってきて、「お~い、落書き消し持ってきたぞ~」と言った。


彼は、該当の個室が開いているのを見て、

……なんだ、もう出ていったか……。

と思い、中を覗き込むと……

壁までビチャビチャに汚された施設が目に入り、

ち、ち、治安わる!!と彼は仰け反った…で、男子のって何でこんな臭いんだ!!と、鼻を摘まむと、再び掃除用具を持ってくるのだった。


長くなり過ぎたので分けます。

続きは❪後編❫にて。


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