第7話 王都の噂と、迫りくる断罪
そんな平和(?)な日々が続く中、王都では不穏な噂が広まっていた。
マリーが買出しから戻ってくると、憤慨した様子で報告してきたのだ。
「お嬢様! ついに……ついに街中で噂が広まり始めました!」
マリーは涙目で訴えた。
買い物かごを床に置き、拳を震わせている。
以前から、学園内では囁かれていたらしい。
だが、ここ数日で王都全体に広がり、もはや無視できないレベルになったという。
「噂? 美味しいスイーツのお店でもできた?」
「違います! お嬢様のことですよ! お嬢様が、男爵令嬢のミリア様をいじめていると……!」
詳しく聞けば、こういうことらしい。
アリス・フォン・ローゼンバーグ公爵令嬢は、カイル王子の寵愛を受けるミリア嬢に嫉妬し、数々の嫌がらせを行っている。
教科書を隠した、階段から突き落とした、ドレスを切り裂いた……などなど。
「ありもしないことばかり! お嬢様はずっとこの離れに引きこもっていらっしゃったのに!」
「そうねえ、そもそも学園に行ってないしね」
私は悠然と紅茶をすすった。
ここ最近、自主休学中の私がいじめの首謀者にされているとは。
これは明らかに、誰かが意図的に流したデマだ。
「まあ、いいじゃない。放っておきなさい」
「よろしいのですか!? このままでは、お嬢様が悪者に……!」
「それが狙いだからね」
私はニヤリと笑った。
悪役令嬢として断罪されれば、婚約は破棄される。
そうすれば、私は王家との縁が切れ、晴れて自由の身だ。
実家から絶縁されるかもしれないが、この10年で貯め込んだ隠し資産と魔導具があれば、どこででも生きていける。
むしろ、好都合だ。
「……ふふっ。計画通りね」
◇
一方、その頃。
王宮の一室で、可愛らしい少女が鏡に向かって微笑んでいた。
ピンクブロンドの髪、大きな瞳。
男爵令嬢ミリア。
彼女は鏡の中の自分に向け、小声で呟いた。
「ふふ、順調順調。これでアリスは完全に孤立したわ」
彼女の瞳には、年相応の無邪気さはなく、計算高い大人の光が宿っていた。
そう、彼女もまた「転生者」だったのだ。
「この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム『冷たき皇帝の純愛』の世界だわ」
ミリアは鏡に向かって呟いた。
ゲームでは、平民出身の主人公が学園で5人の攻略対象と出会い、ハッピーエンドを迎える。
その5人とは――カイル王子、ジークハルト皇帝、騎士団長、宮廷魔術師、そして謎の盗賊。
「全員、私のものになるのよ……」
「まさかアリスがあんなに引きこもりだとは誤算だったけど……不在なら不在で、逆に噂を流しやすくて助かったわ」
ミリアはクスクスと笑った。
カイル王子はすでに籠絡済み。
あとは卒業パーティーでアリスを断罪し、追放すれば、ハッピーエンドへの道が開ける。
「待っててね、私の王子様たち……全員、私の虜にしてあげるわ」
◇
そんな王都の事情など露知らず。
離れでは、新たな火種が燃え上がろうとしていた。
「……アリス?」
マリーの報告を聞いていたジークハルトが、低い声で唸った。
こたつから顔だけ出した彼は、不機嫌そうに眉を寄せている。
「そのミリアという女は、何者だ?」
「カイル王子の新しいお気に入りよ。可愛くて、素直で、王子好みの女の子」
「……貴様を貶めるような嘘をつく女が、可愛いだと?」
部屋の温度が、一気に下がった気がした。
ジークハルトの周りから、冷気が漂っている。
物理的に寒い。こたつの熱が負けそうだ。
彼は怒りに震えていた。
「私の聖女を愚弄するとは……万死に値する」
「ちょ、ちょっと! 寒いから氷属性のオーラ出すのやめて!」
「アリス。今すぐ軍を動かそう。その国、地図から消してやる」
「駄目に決まってるでしょ! 私の安眠場所が戦場になるじゃない!」
私は慌てて彼を止めた。
この男、本気でやりかねない。
皇帝の逆鱗に触れるとは、ミリアも運がないな。
いや、触れさせたのは私のお節介なんだけど。
「いい? ジークハルト。手出し無用よ。これは私の問題なんだから」
「だが……!」
「もし勝手なことしたら、今後一切こたつ禁止にするからね」
「なっ……!?」
「こたつ禁止令」の効果は絶大だった。
彼は悔しそうに唸りながらも、しぶしぶ矛を収めた。
とりあえず、世界の危機は回避されたようだ。
その時。
一羽の使い魔の鳥が、窓から飛び込んできた。
足には、金色の封筒が結び付けられている。
「……来たわね」
封筒を開けると、中には豪奢な招待状が入っていた。
『学園卒業記念パーティー』。
日付は一週間後。
これこそが、ゲームのクライマックス。断罪イベントの舞台だ。
「……卒業パーティーか」
「行くのか?」
ジークハルトが聞いてきた。
「行かなきゃ終わらないからね。……これに行って、婚約破棄されて、晴れて自由になるのよ」
「婚約破棄……?」
「そう。私は王子に捨てられる予定なの。そうすれば、もう王妃教育も受けなくていいし、この国を出て……」
ハッとした。
口が滑った。
ジークハルトの目が、怪しく光った。
「国を出る? ならば、やはり帝国に来る気になったか?」
「えっと、それはまあ、追放されたら行く場所もないし……」
「そうか! そうか!」
彼はガバッとこたつから飛び出した。
満面の笑みだ。
「婚約破棄か! それは朗報だ! あの愚かな王子が貴様を手放すというなら、私が貰い受けても文句はあるまい!」
「いや、私は一人で……」
「よし、準備だ! 最高の舞台を整えねばな! アリス、貴様が最も輝く瞬間を、私が演出してやる!」
ジークハルトは興奮して、どこかへ通信魔法をかけ始めた。
……嫌な予感がする。
ものすごく嫌な予感がする。
私の計画では、地味に断罪されて、ひっそりとフェードアウトするはずだった。
でも、この皇帝が関わると、絶対に「地味」では済まない気がする。




