第5話 最強の魔導具『コタツ』
翌日。
私は、離れの玄関前で仁王立ちしていた。
目の前には、山のような木箱が積み上げられている。
宝石、ドレス、希少な魔石、見たこともない異国の果物……。
ざっと見積もっても、これだけで小国の国家予算くらいにはなりそうな代物だ。
そして、その山の頂点に、昨日の不審者――ジークハルト・ヴォルフ帝が、爽やかな笑顔で立っていた。
「やあ、昨日は世話になったな。これはほんの礼だ」
彼はまるで、近所のお裾分けでも持ってきたかのような気軽さで言った。
その後ろには、武装した屈強な男たちが一列に整列している。
どう見ても帝国の近衛騎士団だ。
私の静かな隠れ家が、一瞬にして物々しい要塞とかしていた。
「……何これ」
「礼だと言っただろう。これでもまだ足りぬか? ならば、帝国の領土を一つ――」
「いらない! 全部持って帰って!」
私は叫んだ。
近所迷惑だ。
幸い、この離れは屋敷の敷地の最深部にあり、周囲は森に囲まれているため、本邸の家族には気づかれていないようだが……。
こんな大量の貢ぎ物、どこに置くんだ。
この離れは私の居住スペース(六畳一間)と実験室しかないのだぞ。
「……気に入らぬか? これらは全て、帝国最高級の品々なのだが」
「邪魔なのよ! あーもう、分かったから! とりあえず騎士たちを帰して!」
「ふむ。……総員、撤収せよ」
ジークハルトが手を振ると、騎士たちは一糸乱れぬ動きで敬礼し、瞬く間に森の中へと消えていった。
さすが精鋭、引き際も鮮やかだ。
……って、あんたは帰らないのかよ。
「さて、これで二人きりだな」
ジークハルトが当然のように居座ろうとする。
「あんたも帰るのよ」
「断る。私はまだ、貴様に借りを返していない」
「その借りとやらは、今持ってきた山のようなゴミ……じゃなくてお宝でチャラにするから!」
「いや、それは物質的な礼だ。精神的な礼がまだ済んでいない」
「精神的な礼って何!?」
「貴様が心から満足し、『助けてよかった』と思えるような奉仕をすることだ」
駄目だ、話が通じない。
皇帝というのは、一度言い出したら聞かない生き物らしい。
これ以上玄関先で問答していても、寒空の下で私が風邪を引くだけだ。
折しも、今日の気温は氷点下に近い。
北風がぴゅうぴゅうと吹き荒れている。
「……はあ。勝手にして」
私は諦めて、家の中へと戻った。
彼を追い出すのは無理だと悟ったのだ。
ならば、無視を決め込むに限る。
私はリビングの中央に鎮座する、私の最高傑作の一つへと潜り込んだ。
四角いテーブル。その上に掛けられた分厚い布団。
そして天板の裏には、熱を発する太陽の魔石が埋め込まれている。
そう、こたつだ。
前世の日本が生んだ、人類を堕落させる悪魔の発明品。
この世界には存在しないこの神器を、私は魔術で完全再現したのだ。
「ふう……極楽極楽」
私は肩まで布団に潜り込み、ため息をついた。
魔石の熱が、冷え切った体をじんわりと温めてくれる。
一度入ったら最後、もう二度と出られない。
まさに底なし沼のような魔道具だ。
ジークハルトが、珍しそうにそれを見ていた。
「……なんだ、その奇妙な家具は。テーブルに布団がかかっているのか?」
「……試してみれば?」
私は布団の端めくって、彼を誘った。
ふふふ、皇帝陛下よ。
この悪魔の魅力に勝てるかな?
これに入ったが最後、あんたのその鋭い覇気も、威厳も、全て溶けてなくなるのよ。
ジークハルトは警戒しつつも、興味深そうに足を差し入れ――。
「……ッ!?」
その瞬間、彼の体が硬直した。
「な……なんだ、この包み込まれるような暖かさは……!」
彼は吸い込まれるように、腰までこたつに入ってきた。
そして呆然とした表情で、自分の下半身を見下ろす。
「……足先から、全身へと熱が伝わってくる……。まるで春の日差しの中にいるようだ……。いや、母親の胎内に戻ったかのような安心感……」
「でしょ? もう出られないわよ」
私はニヤリと笑った。
案の定、彼に座る姿勢をとらせると、その表情がみるみるうちに緩んでいくのが分かった。
あの鋭い眼光はどこへやら。
今の彼は、日向ぼっこをしている猫のように無防備だ。
「……恐ろしい魔道具だ。これは、人の闘争心を奪う呪いがかかっているのか?」
「ただの暖房器具よ」
「いや、信じられん。帝国の魔術師団が総力を挙げても、これほど人を無力化する兵器は作れまい……」
ジークハルトは震える手で、テーブルの上に置かれたオレンジ色の果物を手に取った。
この世界にはない「ミカン」という果物を、私が品種改良で再現したものだ。
「この卓上の果実も、計算され尽くしている……。ここから一歩も動かずに食料を補給できるシステムか……」
「そうよ。トイレ以外でここから出る必要はないわ」
「完璧だ……。完璧な要塞だ……」
彼は深く頷くと、そのままテーブルに突っ伏した。
「……もう動けん。私はここで一生を終えるかもしれん」
「どうぞご勝手に。ただし、私の分のお菓子を食べたら追い出すからね」
こうして、奇妙な同居生活が始まった。
公爵令嬢と、帝国皇帝。
世界を動かす立場の二人が、六畳一間のこたつで向かい合い、ミカンを剥く日々。
側から見ればシュール極まりない光景だが、私にとっては至福の時間だった。
彼が静かにしていてくれる限り、私のスローライフは守られるのだから。
……そう思っていたのだが。
「アリス。やはり貴様、魔力を隠しているな?」
ある日、こたつに入りながら、ジークハルトが唐突に聞いてきた。
私がページをめくっていた本から視線を上げると、彼は真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「……なんのことかしら。私は魔力欠乏症よ」
「嘘をつけ。最初から違和感はあった。私の毒を一瞬で消し去ったあの薬……アレを作れる術者はそういない」
ドキリとした。
バレていたのか。
あの魔力測定の時、私は確かに魔力を抑え込んだ。宮廷魔術師ですら見破れなかったはずだ。
「だが、確信したのはこの『コタツ』だ」
彼はテーブルの天板をこんこんと叩いた。
「この熱源となっている魔石……ただ熱を発しているのではない。使用者の体温を感知し、常に最適温度に微調整し続けている。これほどの複雑な術式を、こんな小さな魔石に組み込むなど……天才の所業だ」
鋭い。
こいつ、ただの脳筋戦争マニアじゃなかったのか。
術式解析までできるなんて聞いてない。
「それに、貴様の纏う魔力……静かだが、底が見えない。まるで深海のような圧力だ」
彼は身を乗り出した。
こたつの布団がずれ、冷たい空気が入り込む。
「寒い、閉めて」
「答えろアリス。なぜ力を隠す? その力があれば、国の一つや二つ、容易く手に入るだろうに」
国なんていらない。
私が欲しいのは、暖かい布団と、美味しいご飯と、静かな睡眠時間だけだ。
私は本をパタンと閉じて、彼を睨み返した。
「……ねえ、ジークハルト。あんたにとっての幸せって何?」
「幸せ? ……帝国の繁栄、民の安寧、そして強き者が報われる世界を作ることだ」
「立派ね。でも、それは大変でしょう? 毎日書類仕事に追われて、暗殺に怯えて、美味しいご飯もゆっくり食べられない」
「それは……上に立つ者の義務だ」
「私は御免よ。義務なんて言葉で縛られる人生は、もう飽きたの」
私は10回の人生を思い出しながら言った。
「私はね、ただ昼寝がしたいの。誰にも邪魔されず、好きな時間に起きて、好きなものを食べて、好きな本を読んで寝る。それ以上に価値のあるものなんて、この世にないわ」
ジークハルトは呆気にとられた顔をした。
そして、しばらく沈黙した後……またしても笑い出した。
「くく……ははは! そうか、昼寝か! 世界を滅ぼせるほどの力を持ちながら、望むのが昼寝とは!」
彼は涙を拭いながら、私を見た。
その瞳は、以前よりも一層、熱を帯びているように見えた。
「やはり貴様は面白い。……いや、尊いな」
「は?」
「欲にまみれた人間ばかりを見てきた私にとって、貴様のその無欲さは……救いだ」
あ、まずい。
また変なスイッチを入れてしまった気がする。
彼は満足げに頷くと、再びこたつに深く潜り込んだ。
「分かった。貴様のその平穏、私が守ろう」
「……はい?」
「貴様が昼寝をするために邪魔なものがあれば、全て私が排除してやる。国でも、王でも、運命でもな」
……野良皇帝を拾ったら、勝手に最強の番犬に進化してしまいました。
お断りしたい。全力でお断りしたいが、今の彼に何を言っても無駄だろう。
なんせ、こたつの魔力で頭がトロトロになっているのだから。




