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第2話 引きこもり令嬢の優雅なる魔改造

 それから半年後。

 私は15歳になった。

 断罪イベントまで、あと1年。

 そして今日は、私にとって記念すべき日だった。


「……よし。ついに完成した」


 私は、実家の敷地の隅っこにある「離れ」の前に立っていた。

 かつては物置として使われていた、ボロボロの小屋だ。

 この10年間、公爵令嬢としての義務を果たしつつ、密かに進めてきた『計画』。

 実家の敷地の隅っこにある「離れ」を、最高の隠れ家に改造する計画が、ついに結実したのだ。

 外見はただのボロ屋だが、中は違う。

 必死に集めた素材と、過去の記憶から復元した古代魔術――いわゆるロスト・テクノロジーを注ぎ込んだ、私の最高傑作。


「開け、ゴマ」


 私が設定したパスワードを唱えると、カチャリと鍵が開く音がする。

 中に入ると、そこには快適な空間が広がっていた。

 室温は常に24度に保たれる。これは魔石に特殊な術式を刻んだ空調システムによるものだ。

 夏は涼しく、冬は暖かい。

 この世界には冷暖房なんて概念はないから、これだけでも国宝級の発明だろう。


「おかえりなさいませ、マスター」


 足元から無機質な声がした。

 私が作った自律型ゴーレムの「イチゴ」だ。見た目は丸い掃除機のような形状だが、高度な思考能力を搭載している。

 床のチリ一つ逃さず掃除し、侵入者があれば撃退する。

 まさに最強の番犬ならぬ、番ルンバだ。


「ただいま、イチゴ。異常は?」

「はい。不審な生体反応はありません。室温、湿度、共に最適値を維持しています」

「よしよし」


 私はふかふかのソファに身を沈めた。

 座ると自動で体を包み込む低反発スライムクッション。

 壁には、遠くの風景を映し出す簡易テレビ――遠見の水晶を利用したものだ。

 さらにキッチンには、冷却魔石を組み込んだ冷蔵庫も完備している。


 これこそが、私が10年かけて築き上げた「城」だ。

 公爵家の本邸ですら、冬は寒くて夏は暑い。

 お風呂もタライにお湯を張るだけで、すぐに冷めてしまう。

 そんな過酷な環境でスローライフなんてできるわけがない。

 だから私は、自分の快適さのためだけに全力を尽くしたのだ。


(ああ……幸せ)


 私はソファで伸びをした。

 あとはここで、断罪の日まで引きこもって過ごすだけ……と言いたいところだが。

 現実はそう甘くない。


 ◇


 翌日。

 私は王宮の庭園で、いつものように最高級の紅茶を前にして死んだ目をしていた。

 目の前には、金髪碧眼の美少年。

 私の婚約者である、カイル・フォン・グラン・カイゼル王太子殿下だ。


 月に一度の「義務的なお茶会」。

 これが私にとって、最大の試練だった。


「……それで、アリス。君は最近どうなんだ? 少しは公爵令嬢としての自覚が出てきたのか?」


 カイル王子が、退屈そうにカップを傾けながら聞いてくる。

 絵に描いたような王子様だが、その性格は「単純」の一言に尽きる。

 自分が世界の中心であり、周囲は自分を楽しませるために存在していると思っている節がある。


「はい、カイル様。日々、慎ましく過ごしておりますわ」


 私は仮面のような無表情で、定型文を返した。

 余計なことは言わない。話を広げない。これが私の処世術だ。


「慎ましく、か。君は本当に面白みがないな」


 カイル王子が不満げに鼻を鳴らした。


「他の令嬢たちは、もっとこう、話題を提供しようと必死になるものだぞ? 最新のドレスの話とか、流行りの舞台の話とか。君にはそういう華やかさがないのか?」

「申し訳ありません。私は流行には疎いもので」

「まったく……。これだから『人形』なんて陰口を叩かれるんだ。次期王妃になる自覚があるのなら、もう少し社交的になったらどうだ」


 始まった。王子の「退屈語り」だ。

 私は右から左へ聞き流しながら、心の中で(ああ、今日の夕飯なんだっけ……)と考えていた。

 彼の言う「華やかな話題」なんて、一ミリも興味がない。

 私が興味あるのは、「いかにして家から出ずに快適に過ごすか」という、内向的かつ建設的な話題だけだ。


「君はいつも無表情だ。僕が何を話しかけても、心ここにあらずという顔をする。それが僕には……不快なんだ」

「はあ。善処します」


 私が棒読みで答えると、王子はさらに機嫌を損ねたようだ。


「……君の目はいつも死んでいるな。まるで、ここにいない誰かを見ているようだ」


 うん、鋭い。

 私は確かにここにいない。私の魂は常に離れの実験室にある。

 昨日は、お風呂の排水溝を自動洗浄するスライムの開発に成功したのだ。その素晴らしい成果を誰かに語りたくてうずうずしているのだが、目の前の王子に言ったところで「汚らわしい」と軽蔑されるのがオチだろう。


「……まあいい。ミリアを見習いたまえ。彼女はいつも明るくて、話していて楽しいぞ」

「ミリア様、ですか」


 出たな、正ヒロイン。

 最近、男爵家の令嬢である彼女が、王子の周りをうろついているという噂は聞いている。

 学園でも、ドジっ子を装って男子生徒にぶつかったり、教科書を忘れて隣の席の男子に見せてもらったりと、ベタなイベントを乱発しているらしい。


「ああ。彼女は君と違って、素直で可愛げがある。君も少しは彼女の爪の垢でも煎じて飲むといい」

「左様でございますか」


 私は内心でガッツポーズをした。

 いいぞ、その調子だ。

 もっとミリアに夢中になって、私への関心を無くしてほしい。

 そして願わくば、卒業パーティーで婚約破棄を突きつけてほしい。

 そうすれば私は晴れて自由の身。慰謝料をもらって、辺境の領地にでも隠居して、思う存分魔道具開発に没頭できる。


「……ふふっ」


 思わず笑みが漏れてしまったらしい。

 カイル王子が怪訝な顔で私を見た。


「何がおかしい?」

「いえ、なんでもありません。カイル様がお幸せそうで何よりだと思いまして」

「……? 変な奴だ」


 それきり会話は途切れ、気まずい沈黙のままお茶会は終了した。

 私にとっては「計画通り」の完璧な対応だった。


 ……はずなのだが。


 その帰り道、公爵家の馬車の中で、私はふと考えた。

 王子との関係は冷え切っている。これは順調。

 あとは、断罪イベントまでの1年間、おとなしく過ごすだけだ。

 そうすれば、私の夢のスローライフが待っている。


 しかし、運命とは皮肉なものだ。

 私がいくら「平穏」を望んでも、向こうからトラブルが転がり込んでくるのだから。

 それも、特大級のやつが。


 屋についても、私はすぐに離れへと向かった。

 早くあの空間に癒されたい。

 そんな一心で、私は庭を横切った。


 その時だった。

 鼻をつく、鉄錆のような臭いが漂ってきたのは。


(……血の匂い?)


 さらに、焦げ臭い匂いも混じっている。

 まるで、魔法で何かを焼いたような。

 嫌な予感がして、私は足を止めた。

 離れのすぐそば、普段は誰も立ち入らない深い茂みの中に、黒い塊ごときものが見えたのだ。

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