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第十話 見つけた

 村の入口で、彼女は立ち止まっていた。


 人の流れは緩やかだった。

 荷を背負った商人が通り、子どもが走り抜け、老人が道の端を歩く。

 その中で、彼女は一瞬、歩調を止めた。


 背は低い。

 人の肩の高さにも届かず、視界の端に埋もれてしまう程度の高さだ。

 注意していなければ、すぐに見失う。


 それでも、視線は一度、そこで止まる。


 誰かが見たから、ではない。

 呼ばれたわけでも、声をかけられたわけでもない。

 ただ、通り過ぎようとした目が、自然に引き戻される。


 理由を考える必要はなかった。


 立ち姿が、静かだった。


 騒がしさの中にいても、同じ速さで息をしている。

 周囲に合わせようとせず、かといって拒みもしない。

 そこに「立っている」というより、「留まっている」ような佇まいだった。


 背筋は伸びている。

 胸を張っているわけではない。

 顎が、ほんのわずかに引かれている。


 誰かに見せるための姿勢ではない。

 癖だ。

 長い時間、歩き続け、立ち続け、同じ緊張を保ってきた身体が、自然に選んだ形だった。


 銀色の髪が、風に揺れる。


 白ではない。

 灰でもない。

 光を受けると、冷たい金属のような色を帯びる。


 結ってはいない。

 だが、乱れない。


 歩くたび、風に触れるたび、細く揺れるだけで、絡まらない。

 髪そのものよりも、動きが丁寧なのだと分かる。


 彼女は、医務室の前で足を止めた。


 扉の前に立ち、少し距離を取る。

 近づきすぎない。

 離れすぎない。


 扉に手を伸ばし、止める。


 指先が、わずかに震えた。

 すぐに止まる。


 一度、深く息を吸う。


 胸が、小さく上下する。

 大きくは動かない。

 呼吸を抑える癖が、まだ残っている。


 もう一度、息を整える。


 吸って、吐く。

 速さを、いつもの歩調に戻す。


 そして、控えめに扉を叩いた。


「……レオン」


 呼び方に、迷いはなかった。


 呼び慣れた名だ。

 だが、軽くはない。


 中で足音がした。

 床を踏む音が、一定の間隔で近づく。


 扉が開く。


「どうした」


 短い声だった。


 レオンは、彼女を見た瞬間に理解した。

 考えるより先に、身体が反応した。


「……リナか」


 名を呼ばれた、その一瞬。


 彼女の肩が、ほんのわずかに下がる。


 力が抜けた、というほどではない。

 だが、張り詰めていた糸が、音もなく緩むのが分かる。


「覚えててくれたんだ」


 声は落ち着いている。

 高ぶりはない。


 それでも、安堵は隠しきれていなかった。

 言葉の端に、わずかな熱が残る。


「忘れない」


 レオンの答えは短い。

 言い切るでもなく、含ませるでもない。


 事実だった。


 宮廷医務室に、何度も現れた少女。

 戦えた。

 怪我も軽かった。


 緊急性はなかった。

 優先順位も高くはない。


 それでも、理由を変え、時間を作り、彼女は来た。


 検査。

 確認。

 意味の薄い報告。


 同じことを、繰り返す日もあった。


 レオンは、そのすべてに応じた。

 特別扱いはしない。

 だが、拒みもしなかった。


「……探した」


 リナは、はっきり言った。


 声に飾りはない。

 誇らない。

 苦労も語らない。


「いなくなったって聞いて。

 宮廷にも、街にもいなくて」


 黒い瞳が、レオンを見る。


 逸らさない。

 だが、踏み込まない。


 問い詰める視線ではなかった。

 確認するための目でもない。


 ただ、ここに来た理由を、そのまま置く目だった。


「戦場を回って、

 あなたを知ってる人を探して、

 それで……ここ」


 説明はそれだけだった。


 長くもなく、短くもない。

 必要な分だけ。


 レオンは黙って聞いた。

 相槌は打たない。


「会いたかった」


 告白ではない。

 だが、否定もできない言葉だった。


 感情を預ける言い方ではない。

 事実を述べる調子に近い。


「私は、医者だ」


「知ってる」


「患者の期待には応えない」


「それも、知ってる」


 リナは少しだけ首を傾ける。


 考える仕草ではない。

 確認するための間だった。


「でも、話すのは……いいでしょ」


 判断を委ねる声だった。

 答えを迫らない。


 レオンは椅子を示した。


「座れ」


 その一言で、

 リナの表情が、ほんの一瞬だけ緩む。


 微笑みではない。

 だが、硬さが消える。


 銀色の髪に、室内の光が落ちる。

 影が、床に細く伸びる。


 彼女は、美しい。


 だがそれ以上に、

 ここまで来た人間の顔をしていた。




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