「女なんだから結婚したら仕事は辞めるだろ?」と婚約者に言われたけれど
「みなさん、ご存知の通り、このたびゲルタさんが、栄えある『一級魔剤生成師』の試験に合格いたしました。ゲルタさん、前に出て一言挨拶を」
「は、はい!」
王立魔剤製造局製造課の課長であるランベルト・アイゼンラウアー課長に名前を呼ばれ、軽く息を吐いてから同僚たちの前に立つ私。
誇らしげに私を見つめている同僚たちに、真っ直ぐ向き合う。
一級の合格率は実に3%前後しかない、非常に高難度の試験なので、まだ夢を見てるみたいだ。
「私が一級に合格できたのは、決して私一人の力ではありません。レポートを何度もチェックしてくださったみなさんや、的確なアドバイスをいただいたランベルト課長のお力添えあってのことです」
「ふふ」
チラリと横目でランベルト課長を窺うと、課長は慈愛に満ちた天使みたいな笑顔を向けてくださっていた。
――この笑顔に、何度私は助けられたことか。
なかなか新作ポーションの生成が思い通りにいかず、心が折れかけたこともあったけれど、そのたびランベルト課長が「次こそは上手くいくかもしれないのに、ここでやめたら勿体ないですよ」とこの笑顔で言ってくださったので、私も頑張れたのだ。
「ですので、この結果に決して慢心せず、これまで以上に精進していく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします」
「おめでとー、ゲルタ!」
「お前ならいつかやると思ってたぜ!」
「あ、ありがとうございます!」
同僚たちから万雷の拍手で祝福され、胸がいっぱいになる。
嗚呼、私、王立魔剤製造局で働けて、本当によかった――。
「……チッ」
「……!」
――だが、そんな中で一人だけ。
私の婚約者であるモーリッツ様は、舌打ちしながら恨めしそうに私を睨みつけていた……。
……モーリッツ様。
「た、大変ですッ!」
「「「――!」」」
その時だった。
営業課の女性が、息を切らせながら駆け込んで来た。
女性の手には、一本のポーションが握られている。
そのただならぬ雰囲気に、製造課全体に緊張が走る――。
「どうしましたか?」
だがランベルト課長は極めて冷静に問い掛ける。
こういう時決して慌てた素振りを見せないところも、課長の尊敬すべきところだ。
流石28歳という若さで、課長を務めてらっしゃるだけはある。
「そ、それが……こちらから出荷された製品の中に――不純物が混じっていたとの報告がありました! これは、その内の一本です」
「「「――!!」」」
女性がポーションをランベルト課長に差し出す。
そ、そんな……!
それってとんでもない、大失態じゃない……!!
途端、課全体がざわざわと慌ただしくなる。
「……拝借します」
課長が女性からポーションを受け取り、底に刻印されているロット番号を確認する。
「……これは――10月14日出荷分の、13番ロットの製品ですね」
「「「――!?」」」
「…………あ」
モーリッツ様の顔から、血の気が引いた。
さもありなん。
13番ロットは、モーリッツ様の担当ロットだからだ。
「モーリッツ君、出荷前に、製品チェックはしたんですよね?」
ランベルト課長がモーリッツ様を真っ直ぐに見据える。
「あ、えっと……は、はい……、確かに……」
それに対し、モーリッツ様は目を泳がせながら、たどたどしく答える。
……嘘ね。
我が製造課の製品チェックは厳しいので有名。
そのチェックをクリアした製品なら、不純物が混じっていることなど、通常有り得ない。
……大方また、適当にチェックを済ませてしまったに違いないわ。
――モーリッツ様は、以前も似たようなミスをやらかしたことがあるもの。
モーリッツ様は名門イッテンバッハ子爵家の嫡男で、この魔剤製造の仕事は、あくまで社会勉強として腰掛けでやっている節がある。
なので昔から、どうにも真剣みに欠けているところがあるのだ。
……親が決めた婚約とはいえ、こんな無責任な人が婚約者だなんて。
同じ魔剤生成師として、甚だ恥ずかしいわ……!
「……そうですか。何にせよ、まずは先方に謝罪に向かいましょう。モーリッツ君、今すぐ出掛けますので、私と来てください」
「あ……はい」
嗚呼、こんな部下の尻拭いもしないといけないなんて……。
管理職って、本当に大変だわ……。
「チッ……なんで僕が……」
「――!」
だが、私には聞こえた。
モーリッツ様が舌打ちとともに、ボソッとそう呟いたのを――。
こ、この人は――!!
私はあまりのことに絶句しながら、オフィスから出て行くモーリッツ様の背中を見つめていた――。
「あら、ゲルタ、まだ帰らないの?」
その日の夜。
私が研究室で一人、新作ポーションの研究に勤しんでいると、研究室の前を通り掛かった先輩の一人が声を掛けてくれた。
「あ、はい。もう少しで、キリがいいところまで終わるので」
「ふふ、あまり無理するんじゃないわよ。私たちの仕事は、身体が資本なんだから」
「ありがとうございます。でも大丈夫です! いっぱいご飯食べて、いっぱい寝てるので!」
私は力こぶを作るポーズを取る。
「ふふ、じゃあ私はお先に失礼するわね」
「お疲れ様です!」
よし、もう一踏ん張り、頑張るわよぉ!
このポーションさえ完成すれば、もしかしたら私も――。
「オイ、ゲルタ」
「――!」
その時だった。
聞き慣れた耳障りな声が背中から響いたので振り返ると、そこには案の定、モーリッツ様が露骨に不機嫌な顔をしながら立っていた。
「あ……、今戻られたんですね。……先方は、何と仰ってました?」
不純物が混じった粗悪品を売られたのだ。
相当お怒りだったとは思うけれど……。
「フン、君には関係ないだろそんなことは。――それより、いつになったらこの仕事を辞めるんだよ、君は」
「――!」
……またこの話か。
「以前も申しました通り、私はこの仕事に誇りを持っております。ですので、できれば今後も――」
「いやいや、誇りとかどうでもいいんだよ、そんなことは」
「――!」
モーリッツ様はわざとらしく溜め息を吐く。
「君は女なんだから、仕事は男である僕に任せとけばいいんだよ。どうせ僕と結婚したら、出産や育児で仕事どころじゃなくなるんだ。だったら今のうちに、さっさと辞めておくのが正解ってもんだろ?」
「……」
これがこの国に住む男性の、一般的な価値観だ。
昔に比べれば大分マシにはなってきたとはいえ、まだまだ社会における女性の立場は弱いのが実状。
モーリッツ様の言っていることも、一理あるのかもしれない……。
――でも、私は。
「それでも私は、この仕事を続けたいんです! そしていつかきっと――」
「『ニャッポリート賞を取る』、か?」
「――!」
モーリッツ様が下卑た笑みを浮かべる。
「まだそんな夢を見てるのかよ。――いいか? 女である君がニャッポリート賞を取るなんて、天地がひっくり返っても有り得ないことなんだ。それは歴史が証明している。その無駄に小賢しい頭で考えれば、わかることだろう?」
ニャッポリート賞は年に一度、魔剤生成の分野に大きな貢献をした者に贈られる賞で、ニャッポリート賞を受賞することは、全魔剤生成師の夢だと言っても過言ではない。
今から三年前、ランベルト課長が、史上最年少の若さでニャッポリート賞を受賞したことで話題になったのは、記憶に新しい。
――だが、歴史上ただの一人も、女性でニャッポリート賞を取った者はいない。
ニャッポリート賞の審査員は全員既得権益者の男性なので、どうしたって女性は圧倒的に不利なのだ。
――それでも。
「それでも私は諦めません! ――次こそは上手くいくかもしれないのに、ここでやめたら勿体ないですから!」
「……チッ、君がその気なら、こっちにも考えがあるよ」
「……!」
考え……?
それって、いったい……。
「モーリッツ君、こんなところで何をやっているんですか?」
「「――!!」」
その時だった。
いつの間にかモーリッツ様の後ろに、ランベルト課長が立っていた。
「今日中に始末書を提出するように言ったはずですよ。油を売っている暇はないと思うのですが」
「チッ、わかってますよ。やればいいんでしょ、やれば」
モーリッツ様は子どもみたいに不貞腐れながら、研究室から出て行った。
……モーリッツ様。
「ランベルト課長、このたびはモーリッツ様が、ご迷惑をお掛けいたしました」
私も婚約者として、モーリッツ様の代わりに頭を下げる。
「いえいえ、ゲルタさんが謝ることではありませんよ。――それより、もしかしてそれは、新作ポーションを作っているのですか?」
「あ、はい! そうなんです! 私もやっと一級魔剤生成師の資格が取れたので、今まで以上に頑張らないとと思いまして!」
ニャッポリート賞を受賞するには、最低でも一級魔剤生成師の資格を有していることが必須。
逆に言えば、一応私はこれで、ニャッポリート賞を受賞する権利は得たことになるのだ。
――あとは大きな実績を出すだけ。
まあ、仮に実績を出せたとしても、私が女性であるという、巨大な壁は依然として残っているのだけれど……。
「なるほどなるほど、それは感心ですね。ちなみに今は、どんなポーションを開発してるんですか」
ランベルト課長は瞳をキラキラ輝かせている。
ふふ、ランベルト課長は、稀代のポーションマニアですもんね。
私がどんなポーションを開発しているか、興味津々なんですね。
「はい、私が今開発してるのは、『患者の身体に合わせて、効果を最適化するポーション』です」
「――! ホホウ、というと?」
途端、課長の目がギラリと光り、研究者のものになった。
「はい、言わずもがな人間の身体というのは、一人一人異なります。血液型・アレルギーの有無・筋肉量・持病等々。なので基本的にポーションというのは、どんな患者にも問題なく使えるよう、どうしても効果を薄めざるを得ません」
「そうですね。あまりにも効果を強くしてしまうと、身体が負荷に耐えられず、最悪の場合死亡してしまうこともありますから」
「ええ、でも、ポーションが患者の身体情報を読み取り、その人に最も適した効果を発揮することが可能になったとしたら?」
「――! も、もしもそんなことが本当にできたら、この業界に革命が起きますね!」
ランベルト課長は珍しく、大層興奮している。
ふふ、可愛い一面もお持ちなのね。
「とはいえ、まだまだ課題も多いのが実状です。特に患者の身体情報を読み取る部分の魔法式の精度が、イマイチ低くて……」
「なるほど。うん、それでしたらちょうどいい。最近私が趣味で作った魔法式が、使えるかもしれません」
「え?」
課長が趣味で作った魔法式、ですって……!?
「そ、それはいったいどのような!?」
「ふふ、では、実際にやってお見せしますね」
「はい! お願いします!」
こんな感じでこの日私とランベルト課長は、遅くまでポーション開発に没頭したのであった――。
「……これでよし、と」
「……?」
あれから数日。
私がポーションの在庫をチェックするために保管庫に向かうと、保管庫からモーリッツ様が一人で出て来るところだった。
「モーリッツ様、保管庫で何をやってらっしゃったんですか?」
「っ!? ゲルタ!? な、何でもないよ。ちょっと在庫の数が気になってさ。あはは」
「そうですか……」
モーリッツ様が在庫のチェックをしてるところなんか、一度も見たことはないけど……。
「あ、そうだ! 僕はこれから大事な会議があるんだった! じゃあね、ゲルタ!」
「あ、はい……」
モーリッツ様は私の前から逃げるように、そそくさと去って行った。
何だったのかしら、今の……。
「た、大変ですッ!」
「「「――!!」」」
その数日後。
製造課のオフィスに、また営業課の女性が息を切らせながら駆け込んで来た。
女性の手には、一本のポーションが握られている。
先週モーリッツ様がやらかした直後なだけに、一瞬で製造課が騒然となった。
「どうしましたか?」
だがランベルト課長だけは、例によって極めて冷静だ。
流石ランベルト課長だわ。
「は、はい……、こちらから出荷された製品を服用した患者様から、めまいや吐き気といった症状を訴えられたという報告が、多数上がってきたそうです! これは、その内の一本です」
「「「――!!」」」
めまいや、吐き気ですって……!
そ、そんなはずは……。
ちゃんと製品チェックをクリアしたポーションなら、そんなことにはならないはず……!
「……拝借します」
課長が女性からポーションを受け取り、底に刻印されているロット番号を確認する。
「――! ……これは――10月21日出荷分の、6番ロットの製品ですね」
「「「――!!?」」」
そんな――!!
6番ロットは、私の担当ロットだ――。
う、嘘よ……。
私はただでさえ、人一倍入念に製品チェックをしている。
今まで一度として、不良品を出荷したことはないのに――!
「あーあ、やらかしちまったなゲルタ。これはもう、責任取って辞めるしかないなぁ」
「――!?」
モーリッツ様が下卑た笑みを浮かべながら、私の肩に手を置いた。
――この瞬間、点と点が繋がった。
10月21日といえば、モーリッツ様が保管庫から一人で出て来た日だ。
――さてはこの人、私のポーションに、毒薬を混ぜたのねッ!
私を陥れるためだけに……。
クッ、そんなバカなことのために、本来救うべき対象である患者さんの命を、危険に晒すなんて――!
この人は、魔剤生成師の風上にも置けない、真正のクズだわッ!
「オイオイ何だその顔はぁ? 自分がとんでもないミスをしたからって、僕に八つ当たりするのはやめてくれよなぁ」
何を白々しい!
……でも、モーリッツ様が犯人だという証拠はないのも事実。
私がいくら反論したところで、とても信じてはもらえないだろう。
……まして私は女。
――嗚呼、こんなところでも女は、男から虐げられて生きなくてはいけないの。
「クッ、うぅ……!」
悔しさのあまり浮かんでくる涙を、私は必死に堪える。
ここで泣いたら、負けを認めたことと同義。
それだけは、絶対に嫌――!
「ハハハ! 何だよその顔は! 超ウケる!」
「ふむ、では念のためこのポーションの、記憶を探ってみましょうか」
「「「――!?」」」
「…………は?」
その時だった。
ランベルト課長が手に持っている私の作ったポーションに、魔力を込め始めた。
――あっ!
先日見せてもらった、課長が趣味で作った魔法式が私の頭をよぎる――。
「ここに宿る記憶の欠片よ
螺旋を奏でる不可視の列よ
絵を描け 画を描け
想いを思い描け
――【螺旋の投影機】」
「「「――!!!」」」
ポーションの上に、蜃気楼みたいな映像が浮かんだ。
『へへへ、これでゲルタもお終いだな』
「「「――!!?」」」
「なっ!?」
そこにはモーリッツ様の顔が、アップで映っていた。
――これこそが、私のポーションに刻まれた記憶。
ランベルト課長の【螺旋の投影機】は、こうして物に刻まれた記憶を再生することができるのだ。
……こんなとんでもない魔法式を趣味で作ってしまうあたり、課長の天才っぷりを改めて実感する。
『まったく、ゲルタのやつ、女のクセに生意気なんだよ。まあ、これで身の程を知るだろう、へへへ』
モーリッツ様は悪魔みたいな顔をしながら、私のポーションにスポイトで透明な液体を次々に注入していく。
――最低だわ、この人。
「う、噓だ!? こんなの、何かの間違いに決まってるッ!!」
モーリッツ様は必死に弁明するも、今までのことがあるだけに、誰一人モーリッツ様の言葉に耳を貸す者はいなかった。
……哀れね。
「何が真実かは、警察が明らかにしてくれるでしょう。すいません、お手数ですが、警察を呼んでいただけますか?」
「は、はい!」
営業課の女性は、急いでオフィスから出て行った。
「あああああああああああああああああああああああ」
――後にはモーリッツ様の、悲痛な叫びだけが残された。
「あら、ゲルタ、まだ帰らないの?」
あれから一ヶ月。
私が研究室で一人、新作ポーションの研究に勤しんでいると、研究室の前を通り掛かった先輩の一人が声を掛けてくれた。
「あ、はい。もう少しで、キリがいいところまで終わるので」
「……そう、あまり無理はしないでね。その、今は、辛い時期でしょうし」
「……!」
先輩は心配そうに、私を見つめる。
「大丈夫です。私はこの通り、もう元気ですから」
私は力こぶを作るポーズを取る。
「……そう、ならよかった。じゃあ私はお先に失礼するわね」
「お疲れ様です」
先輩の背中を見送りながら、一つ溜め息を吐く。
――あれから警察に連行されたモーリッツ様は、自分が私のポーションに毒物を注入したことを自供し、そのまま逮捕された。
当然私とモーリッツ様の婚約も白紙になり、モーリッツ様の実家は、私に莫大な慰謝料を支払うことになった。
この件に関しては、私も却って清々したくらいなのだが、問題はその後。
直属の部下が重大な罪を犯してしまったランベルト課長は、責任を取るため、辞表を提出してしまったのだ――!
今や魔剤生成業界の旗手であるランベルト課長がこの仕事をお辞めになってしまうなんて、国家の損失と言っても過言ではない。
この一件は、国中に波紋を起こした――。
――だが、やはり世間は黙っていなかった。
モーリッツ様が起こした事件の被害者の中には、ランベルト課長が発明したポーションに助けられてきた方も多く、その方々が主導となり、ランベルト課長の辞職を撤回する署名運動を起こしてくださったのだ。
もちろん私たち製造課の全職員も、その運動には積極的に参加した。
その甲斐もあり、何とか辞職を撤回できたのであった――。
……このことに一番安堵したのは、間違いなく私だろう。
あのまま元婚約者のせいでランベルト課長がお辞めになってしまっていたら、私もとてもこの仕事を続ける気にはなれなかったもの……。
「おやおや、今日も精が出ますね」
「――!」
その時だった。
心を震わせるような優しい声がしたので振り返ると、そこには案の定、ランベルト課長がいつもの朗らかな笑顔を浮かべながら佇まれていた。
嗚呼、ランベルト課長――!
「はい! ランベルト課長のお陰で、やっとこの新作も、完成の目途が立ってきました。本当にありがとうございます!」
「それはよかった。でも、私は大したことはしていませんよ。あくまでほんの少し、ゲルタさんの背中を押しただけです。きっとあなたなら、私がいなくとも早晩完成させられたはずです」
「そ、そんなことはありませんッ!」
「――! ……ゲルタさん」
私は思わず、声を荒げた。
「ランベルト課長がいてくださったから、私は今日までやってこれたんです! ランベルト課長の笑顔が、励ましが、親身なアドバイスがあったからこそ、私はこの仕事を続けられているんです! ――私にとってランベルト課長は、かけがえのない存在なんです」
嗚呼、そうだったんだわ――。
まさかこんな時に、自分の本当の気持ちに気付くなんて――。
「……それはお互い様ですよ、ゲルタさん」
「…………え?」
ランベルト課長……?
「私もゲルタさんの仕事に対する真摯な姿勢、豊かな発想力、そして内面から溢れ出る美しさに、いつも惹かれていました」
「――!?」
ランベルト課長が燃えるような熱い視線で、私を真っ直ぐに見つめる。
課長???
い、今のは、いったい……。
「私にとっても、ゲルタさんはかけがえのない存在です。――むしろ最早、ゲルタさん無しの人生は考えられません。どうか私と、人生という名の長い研究対象に、共に取り組んではいただけないでしょうか」
ランベルト課長は懐から小さな箱を取り出し、それを私の目の前で開けた。
――その中には、眩く輝くダイヤの指輪が収められていた。
あ、あぁ……、そんな――!!
「ほ、本当に、私なんかでよろしいのでしょうか?」
「ええ、あなたでなくてはダメなんです、ゲルタさん――」
ランベルト課長は指輪を取り出すと、それをそっと私の左手の薬指に嵌めてくださった。
嗚呼、何て綺麗なのかしら……。
――夢じゃないわよね、これ。
「――課長ッ!」
感極まった私は、はしたないとは知りつつも、ランベルト課長に抱きついた。
「――ゲルタさん、愛しています」
だがそんな私を、ランベルト課長は優しく抱きしめてくれたのであった――。
「――私も愛しています、ランベルト課長」
私の囁きは、夜の闇に溶けていった――。
「――ゲルタ、どうしたんだい、ボーっとして?」
「――!」
隣に座る夫のランベルトが、私の手を握りながら耳元でそっと囁いた。
「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけよ」
まさか夫との馴れ初めを思い出してホクホクしていたとは言えないので、適当に誤魔化す。
「ふふ、君らしいな。――さあ、そろそろ君の名前が呼ばれるよ。心の準備はいいかい?」
「ええ、とっくにできてるわ」
たくさんの人で埋め尽くされている会場内を、ぐるりと見回す。
――まさかこんな日がくるなんて。
まだ夢を見てる気分だわ。
「それではご登壇いただきましょう! 本年度のニャッポリート賞受賞者であり、史上初の女性での受賞者でもある、ゲルタ・アイゼンラウアーさんです! どうぞこちらへ!」
「は、はい!」
司会者の方に大仰に名を呼ばれた私は、万雷の拍手を受けながら、ステージに上がった。
数え切れないくらいの人たちが、満面の笑みを私に向けてくれている。
この瞬間、やっと私は積年の夢を叶えたのだということを実感し、震えた。
――嗚呼、これがニャッポリート賞を受賞した者だけが見られる景色なのね。
「おめでとー、ゲルタッ!」
「お前ならいつかやると思ってたぜッ!」
その中には製造課の同僚たちも交じっていて、私は胸がいっぱいになる。
「ふふ」
――そしていつも通り、天使のような眼差しで私を見守ってくれている夫。
――私は世界一の幸せ者だわ。
「では、一言いただけますでしょうか!」
「はい」
司会者の方に促され、私は軽く息を吐いてから前を向く。
さて、何を言おうか。
ずっとスピーチの内容は考えてきたはずなのに、いざこうしてステージに立つと、頭が真っ白で上手く言葉が出てこないわ。
――でも、やっぱりこれだけは最初に言っておかないとね。
「――私がニャッポリート賞を受賞できたのは、決して私一人の力ではありません。レポートを何度もチェックしてくださった同僚のみなさん。そしていつも隣で公私共に私を支えてくれた、夫の存在あってのことです」
「……ふふ」
最前列でランベルトが、くしゃっと泣き笑いした――。
拙作、『12歳の侯爵令息からプロポーズされたので、諦めさせるために到底達成できない条件を3つも出したら、6年後全部達成してきた!?』がcomic スピラ様より2025年10月16日に発売された『一途に溺愛されて、幸せを掴み取ってみせますわ!異世界アンソロジーコミック 11巻』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




