1-9 終わり
人は失ってから初めて大切なものに気がつく。
そう言った奴はどこのどいつだ。
そんな訳ないだろ。ふざけるな。
俺は、失う前から大切だと気がついてた。
彼女が大切な存在だと、世界の誰よりも気がついていたのに。
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「よし」
氷の男は淡々とそう呟き、零奈に歩み寄る。
氷の剣を生成し、鼻歌を唄いながらゆっくりと近づいてくる。
それは獣が獲物にとどめを刺す前の、勝者の闊歩のように。
「零奈……」
無意識に零した彼女の名前。
幼い頃から何度も呼んだ彼女の名前。
心の防衛本能のように、彼女の名前を呼ぶ。
零奈が死ぬ。俺を護ろうとしたせいで、零奈が死ぬ。
自分が死ぬかもしれないと思った時はその現実を受け入れれた。
でも、零奈は違う。違うんだ。
「ッァア……!」
目の前から零奈の掠れた叫びが聞こえた。何かに抗うように叫ぶ。
「アアアアア!!!」
瞬間、零奈の口からは赫い焔が放たれる。
それは先ほどの火炎放射器よりも細く鋭く、レーザービームのような光線。
「なっ……!?」
男はその光線を避ける間もなく直撃し、森ごと焼き尽くしながら山まで男を運ぶ。そして、
───ドオオオオオン!!!
赫い焔が森を貫く。
鼓膜が破れそうな程の爆発と共に、山が焔と煙で包まれる。
「はぁ……はぁ……」
目の前には、焼き尽くされた森の一本道ができている。
黒く染まった炭達には赫い焔がポツポツと灯っており、それが夜道の街頭みたいだった。
「はぁっ……ガハッッ……!!」
目の前にいた零奈が膝から崩れ落ち、ぼたぼたと大量の血を吐き出す。
「零奈ッ!!零奈ッ!!零奈ッ!!」
俺は醜い蟲のように零奈に駆け寄る。
しかし、零奈の身体は酷いという言葉だけでは表せない程な惨状だった。
欠損した左腕。
口から零れ落ちる大量の血。
そして胸に大きく刺さった氷の剣。
手遅れ。それ以上に彼女の現状を表す言葉はない。
「ぁ……か……り……」
零奈は氷の剣を焔で溶かしながらゆっくりと、ゆっくりと俺に近づく。
「零奈ッ……!!零奈!!!」
俺は零奈を抱きしめる。
しかし、それがなんの役に立つのだろうか。
何も出来ない。何も出来ない。何も出来ない。
無能のクズ。役立たずのクズ。
「……暁理」
胸に刺さった氷の剣が溶けた時、零奈は俺の名前を読んだ。
零奈の生きているのが不思議な程に大きな穴が空いていた。
「……」
俺はただ抱きしめる事しか出来なかった。
彼女の傷を治せない。
生かすことが出来ない。
かける言葉も出てこない。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
死なないで。死なないで。死なないでください。
神様。なんでもします。俺の命はいりません。
だから、どうか。
この人だけは───
「ごめ、んね……」
腕の中で掠れた声が聞こえる。
そこには普段の明るくて優しくて穏やかな零奈の声は無い。
今すぐにでも消え入りそうな、風鈴のような声が腕の中で響く。
「わた……しがッ……ぜん、ぶ……悪いの……」
零奈のその懺悔を、俺はただ聞くことしか出来なかった。
「わたしの…ガハッ……せいで…………ぜんぶッ…………」
血を吐きながら、彼女は後悔を吐き出す。
違うと、言いたかった。
俺を護ったせいで、零奈は死んでしまう。
零奈のせいじゃない。全部俺のせいだと。
でも、言葉が出ない。出せない。
どうして出ないんだ。
「ご、めん……ごめん、ね……」
零奈はゆっくりと顔を上げる。口からは血を垂れさせ、目は虚になりながらも、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
「……泣いて、くれるんだ」
零奈は俺の顔を見て、微かに口角を上げた。
虚な瞳には小さな熱が灯っていた。
「ありがとう」
俺の頬に氷のように冷たい右手を当てる。
「幸せになってね」
雲の隙間から月明かりが差し込んだ瞬間、俺と零奈は眼を閉じ、唇を重ねた。
それは刹那よりも短く、俺達が一緒にいた十年間よりも長かった。
何秒経っただろう。何年経っただろう。
唇が離れた。眼を開いた。互いの顔が見えた。
月明かりに照らされた零奈の頬には、流星のような涙が落ちていた。
「れ───」
───ザシュッ
零奈の首と胴体が離れた。
「───」
ボトッと零奈の頭が床に落ちた無機質な音が響き渡る。
ケチャップのように零奈の血が俺の身体に飛び散る。
何かが千切れた音がした。何かが壊れた音がした。
もう二度と戻らない何かが、消えた気がした。
「クソが……大人しく死んどけよ」
目の前にいるのは、零奈の血で染まった氷の剣を持つ白髪の男。上半身は火傷で覆われており、右腕は欠損していたが、確かに生きている。目の前の現実が、それを証明する。
「はぁ……うぜぇな」
男は怒りを隠そうともせず、八つ当たりのように俺に剣を向ける。
「じゃあな」
その言葉の後に、氷の剣が俺の頭を貫いた。
視界が潰れる。
暗闇がそこにいる。
でもなぜか、それでもう良いと思った。
俺は何一つ抵抗する事なく、終わりを受け入れた。
お読みいただきありがとうございます。
毎週金曜日に投稿します。多分。




