表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアク  作者: 駄犬
9/32

1-9 終わり

 人は失ってから初めて大切なものに気がつく。

 そう言った奴はどこのどいつだ。

 そんな訳ないだろ。ふざけるな。

 俺は、失う前から大切だと気がついてた。

 彼女が大切な存在だと、世界の誰よりも気がついていたのに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よし」

 氷の男は淡々とそう呟き、零奈に歩み寄る。

 氷の剣を生成し、鼻歌を唄いながらゆっくりと近づいてくる。

 それは獣が獲物にとどめを刺す前の、勝者の闊歩のように。

「零奈……」

 無意識に零した彼女の名前。

 幼い頃から何度も呼んだ彼女の名前。

 心の防衛本能のように、彼女の名前を呼ぶ。

 零奈が死ぬ。俺を護ろうとしたせいで、零奈が死ぬ。

 自分が死ぬかもしれないと思った時はその現実を受け入れれた。

 でも、零奈は違う。違うんだ。

「ッァア……!」

 目の前から零奈の掠れた叫びが聞こえた。何かに抗うように叫ぶ。

「アアアアア!!!」

 瞬間、零奈の口からは赫い焔が放たれる。

 それは先ほどの火炎放射器よりも細く鋭く、レーザービームのような光線。

「なっ……!?」

 男はその光線を避ける間もなく直撃し、森ごと焼き尽くしながら山まで男を運ぶ。そして、

 ───ドオオオオオン!!!

 赫い焔が森を貫く。

 鼓膜が破れそうな程の爆発と共に、山が焔と煙で包まれる。

「はぁ……はぁ……」

 目の前には、焼き尽くされた森の一本道ができている。

 黒く染まった炭達には赫い焔がポツポツと灯っており、それが夜道の街頭みたいだった。

「はぁっ……ガハッッ……!!」

 目の前にいた零奈が膝から崩れ落ち、ぼたぼたと大量の血を吐き出す。

「零奈ッ!!零奈ッ!!零奈ッ!!」

 俺は醜い蟲のように零奈に駆け寄る。

 しかし、零奈の身体は酷いという言葉だけでは表せない程な惨状だった。

 欠損した左腕。

 口から零れ落ちる大量の血。

 そして胸に大きく刺さった氷の剣。

 手遅れ。それ以上に彼女の現状を表す言葉はない。

「ぁ……か……り……」

 零奈は氷の剣を焔で溶かしながらゆっくりと、ゆっくりと俺に近づく。

「零奈ッ……!!零奈!!!」

 俺は零奈を抱きしめる。

 しかし、それがなんの役に立つのだろうか。

 何も出来ない。何も出来ない。何も出来ない。

 無能のクズ。役立たずのクズ。

「……暁理」

 胸に刺さった氷の剣が溶けた時、零奈は俺の名前を読んだ。

 零奈の生きているのが不思議な程に大きな穴が空いていた。

「……」

 俺はただ抱きしめる事しか出来なかった。

 彼女の傷を治せない。

 生かすことが出来ない。

 かける言葉も出てこない。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 死なないで。死なないで。死なないでください。

 神様。なんでもします。俺の命はいりません。

 だから、どうか。

 この人だけは───


「ごめ、んね……」


 腕の中で掠れた声が聞こえる。

 そこには普段の明るくて優しくて穏やかな零奈の声は無い。

 今すぐにでも消え入りそうな、風鈴のような声が腕の中で響く。

「わた……しがッ……ぜん、ぶ……悪いの……」

 零奈のその懺悔を、俺はただ聞くことしか出来なかった。

「わたしの…ガハッ……せいで…………ぜんぶッ…………」

 血を吐きながら、彼女は後悔を吐き出す。

 違うと、言いたかった。

 俺を護ったせいで、零奈は死んでしまう。

 零奈のせいじゃない。全部俺のせいだと。

 でも、言葉が出ない。出せない。

 どうして出ないんだ。

「ご、めん……ごめん、ね……」

 零奈はゆっくりと顔を上げる。口からは血を垂れさせ、目は虚になりながらも、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。

 

「……泣いて、くれるんだ」

 

 零奈は俺の顔を見て、微かに口角を上げた。

 虚な瞳には小さな熱が灯っていた。

 

「ありがとう」

 

 俺の頬に氷のように冷たい右手を当てる。

 

「幸せになってね」

 

 雲の隙間から月明かりが差し込んだ瞬間、俺と零奈は眼を閉じ、唇を重ねた。


 それは刹那よりも短く、俺達が一緒にいた十年間よりも長かった。


 何秒経っただろう。何年経っただろう。

 唇が離れた。眼を開いた。互いの顔が見えた。

 月明かりに照らされた零奈の頬には、流星のような涙が落ちていた。

「れ───」


 ───ザシュッ


 零奈の首と胴体が離れた。

 

「───」

 ボトッと零奈の頭が床に落ちた無機質な音が響き渡る。

 ケチャップのように零奈の血が俺の身体に飛び散る。

 何かが千切れた音がした。何かが壊れた音がした。

 もう二度と戻らない何かが、消えた気がした。

「クソが……大人しく死んどけよ」

 目の前にいるのは、零奈の血で染まった氷の剣を持つ白髪の男。上半身は火傷で覆われており、右腕は欠損していたが、確かに生きている。目の前の現実が、それを証明する。

「はぁ……うぜぇな」

 男は怒りを隠そうともせず、八つ当たりのように俺に剣を向ける。

「じゃあな」

 その言葉の後に、氷の剣が俺の頭を貫いた。

 視界が潰れる。

 暗闇がそこにいる。

 でもなぜか、それでもう良いと思った。

 俺は何一つ抵抗する事なく、終わりを受け入れた。

お読みいただきありがとうございます。

毎週金曜日に投稿します。多分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ