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サイアク  作者: 駄犬
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1-8 冷気

 空に浮かぶ巨大な『人の顔』。その口からは、軽く千体以上は超えた化け物達が吐瀉されていた。龍人・天使・悪魔・吸血鬼・巨人・鳥人・蟲人……人の姿をしただけの異形がゲロのように吐き出される。そして一切の例外なく、全ての異形は零奈に向かって殺意を放つ。

「ッ……!」

 しかし、零奈はその全てを黒い鎌で斬り尽くし、赫い焔で焼き尽くす。静かに、淡々と。

 肉が裂かれる音。

 血が地面にぶつかる音。

 化け物達の叫び声が合奏のように調和され、この世で最も醜い音楽が世界を上書きする。

「……」

 そんな地獄を俺は下から見上げる事しか出来ない。

 何一つ理解できない。

 それでも、赫い焔を靡かせ、黒い鎌を鈍く輝かせ、鏖殺を行っている零奈の姿は、目が潰れてしまいそうな程に気高く見えた。

 

「ガアッ……!!」

 しかし、こんな素人の俺でも理解できる違和感があった。

「ガッ……!?」

 蛇の頭をした8本腕の人間が、角と翼を生やした悪魔に噛みついていた。

 それは、明らかな仲間割れ。

 しかし、その行動は故意には見えず、不可抗力や不慮の事故のようなものに見えた。

「テメェ!!何してやがる!?」

「眼がッ……!!眼が見えッ───」

 ザシュッ───と化け物二人が言い争っている内に、零奈の鎌が二人の命を奪っていった。

 桜の花弁ように肉片は散り、花火のように血が落ちていく。

「なんだ……あれ」

 俺がその仲間割れの原因を理解するよりも先に、また別の仲間割れが起こる。そして、その仲間割れの途中で零奈が命を奪う瞬間が、何度も何度も目の前で起きた。

 そして、そんな仲間割れからの殺害が十二回目になった時、その血と共に空から零奈が舞い降りてくる。

「はぁっ……はあっ……」

 零奈は鎌の先を床に刺して支えにし、呼吸を整える。

 しかし、肩は大きく揺れ、膝は気味が悪いぐらい小刻みに揺れ、頬や首筋には汗が滝のように流れ落ちていた。

 明らかに満身創痍。

「零奈……大丈夫か?」

 俺は零奈に駆け寄ろうとした。

 瞬間、上から人間が落ちてくるのが見えた。

 反射的に、喉から叫びが放たれる。

「零奈!!上!!」

 その言葉を発したとほぼ同時に、零奈の鎌が空を裂く。

「ガ───」

 全身が濃い緑色で長いツノを生やした人型の化け物は、叫び声を上げる前に、零奈の鎌で袈裟斬りで絶命する。

 グチャッという音と共に、血液と内臓が地面に落ちる。

「ありがと……暁理」

 大きく肩を揺らしながら感謝の言葉を伝える。こんな状況でわざわざ礼なんて言わなくていいのに。

 その大きく揺れる肩の向こうでは、化け物達の仲間割れが見える。絶叫と怒号が響き渡る。しかし、奴らは互いを殺し合っている。明確な意思ではなく、確かな事故のように。

「全然……それより大丈夫か?」

 俺は上空の状況を警戒しながら零奈に近寄る。

 すると、零奈は眼を閉じながらゆっくりと俺に近づくと、左手で頬に触る。

「えぇっ!?」

「ごめん……今、目見えなくて……」

「えっ」

 目が見えない?どういう事だ?

「あ、いやこっちの話……」

「……」

「分かってるけど……暁理がいて安心する」

 その言葉を聞いた瞬間、ドチャッ───と血の混じった肉塊が落ちた音がした。

「……あれ?」

 上を見上げると、千体以上はいた筈の化け物が一体もいない事に気がつく。

 叫び声も血飛沫も肉が焼ける匂いもしない。

「勝ったよ……暁理」

 その言葉をただ純粋に受け入れる。

 敵は全て倒した。そして、零奈は生き残った。

 全て零奈に任せた俺が言うのは厚かましいが、この状況を勝ちと言わずなんと言うのか。

「うん……見てた」

 零奈がゆっくりと眼を開ける。

「……ふふっ、見てくれたんだ」

 瞼の奥には、夕暮れの赤い海のような綺麗な瞳がある。

 そこには確かな光が灯っていた。

 生きてるの。零奈も俺も生きてる。

 それがなんと喜ばしい事か。

「ありがとう」

 そう感謝を伝えると、零奈は疲れを浮かべながらも、いつものような穏やかさを残して微笑む。

「どういたしまして……」

 次の瞬間、零奈は力尽きたのかゆっくりと俺に倒れかかる。それを俺は受け止め、丁寧に抱きしめる。

「大丈夫か?疲れたよな」

「うん……流石に疲れたかも……」

「だよなぁ……ありがとな、零奈」

「いえいえ……どうって事ないよ」

 

「おアツいねぇ、お二人さん」


「ッ!?」

 その声が聞こえた瞬間、零奈は俺から身体を離して鎌を構える。

 そこに立っていたのは『人間』だった。

「人間……?」

 今まで人の姿をした化け物ばかりだったから、そのシンプルな人型に呆気に取られてしまう。

 短髪の青みがかった白い髪、青い眼に高い鼻、長いまつ毛に両側に大きな涙ぼくろ、肌は病気かと心配になるぐらい白く、まるでアニメの主人公のような風貌をしていた。

「うっ……!?」

 しかし、彼を見ていると吐き気が止まらない。

 狂気的に零奈を舐め回すような視線。ゴキブリのようにカサカサと動く指。気味が悪い。

 そんな彼は、零奈の戦闘体制を見て、煽るように言葉を紡ぐ。

「初めて零奈ちゃん。流石、サテライトの隊員だね」

 そして、彼は冷たい。あまりにも冷たい声色で言い放つ。

「いや……『レッド・デザイア』の方が正しいか?」

 その言葉を聞いた零奈は顔をこわばらせ、言葉を返す。

「……貴方、それを誰から?」


 その言葉が終わった瞬間だった。


 俺の眼前には、彼の右手があった。

「えっ」

 瞬間移動かと勘違いしてしまう程に、男の跳躍は速かった。

 眼前の現実を受け入れようとした瞬間、()()()()()()()()()()を感じた。

 微かに見える彼の手からは、白い煙が見える。

 これは……『冷気』?


「暁理!!」

 零奈が鎌を薙ぎ払い、俺と彼の間に鎌の刃を入れる。

 そのまま、赫い焔を纏った黒鎌は、彼の右手を焼き尽くし、斬り落とされる。

 千を超えた化け物を倒した時と同じ現実が、目の前で起こる。そう思っていた。

「なっ……!?」

 鎌が彼の手に触れた瞬間、炎もろとも鎌は白く凍りついた。

 そして、そのまま───

 彼は零奈の左手に触れた。

「あ───」

 摂理のように零奈の左腕は白く凍り、そして音よりも速く崩れ落ちた。

「零奈ッ!!」

「ッ!!」

 その叫びとほぼ同時に、零奈は残った右手から赫い焔を火炎放射器のように放出する。

 白髪の男は、その焔を後ろに飛んで軽々と避ける。

 そして地面に着地した瞬間、満面の笑みで演説を始める。

「あっはははは!!なんだあ!!『デザイア』弱いじゃん!!」

 両手を大きく広げて、自分が世界の中心のように一方的な話を続ける。

「いいねいいね!その顔!最高!!」

 零奈の顔は見えなかった。

 でも、どんな顔をしてるのかを想像するのは容易だった。

「怖い?君は今から殺されます!!そして!君が大切にしてる『デザイア』は、もう僕らのものです!でも……全部君が悪いんだからね?」

 男は天に右手を伸ばし、

「僕は君を殺して、英雄になるのさ」

 その言葉と同時に男は右手を振り下ろす。

 瞬間、空から無数の氷剣が降り注いだ。

 当たれば絶命。

 本能からくる根源的な防衛アラートが体内に響き渡る。

「暁理ッ!!!」

 零奈は俺の前に立ち、赫い焔を空へ放つ。

「ッ……!」

 焔と氷がぶつかり合い、大量の煙が俺を包み込む。

 蒸発する音が響き渡り、熱気と冷気が混ざり合った煙が俺の肺を侵す。

「ガハッ……ガハッ……」

 熱い。冷たい。熱い。冷たい。

 咳き込み。頭痛。火傷。吐き気。

 様々な肉体的不都合が襲ってくるが、なんとか耐える。

 何秒経っただろうか。

 焔と氷がぶつかり合う音が消え、俺の咳き込みも止まり始めた時、煙が霧散していく。

「れ……零奈ッ……」

 煙の中から必死に零奈を探す。

 霧散していく煙の中には、確かに零奈がいた。

 零奈は立っていた。

 生きていた。

「よ」

 言おうとした。『良かった』と言おうとした。

 だかその言葉は喉につっかえたまま、二度と吐き出させる事は無かった。

「ぁ───」

 零奈の胸には、氷の剣が深く刺さっていた。

お読みいただきありがとうございます。

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