1-7 神社
時刻は19:58。
辺りはすっかり暗くなり、空には鈍く輝く月と小さく輝く星が点在している。七夕だというのに、天の川は空のどこにもない。てか、天の川人生で一度も見た事ないけど、果たして本当に存在してるんだろうか。
「それでさ、零奈」
「うん。どうしたの?」
「……なんでここ?」
俺と零奈は、昔よく遊んだ神社で身を隠している。
神社といっても、神様の気配なんて一切無い。ただただ古びた木造の建物。街の外れにあるので、人が来ることも殆どない。あるのは街灯と虫の鳴き声、遠くから聴こえる街の喧騒ぐらい。
「……ここがいいかなって」
縁側に座る零奈は含みを持たせた言葉を発する。その隣に座る俺は純粋な疑問が零れ落ちる。
「どゆこと?」
「えっとね……色々理由はあるんだけど……ここなら、ゆっくり話せそうだから……」
零奈は気まずそうに喋る。
少し前。
あの学校での虐殺後、『人の顔』はいつの間にか消えてた。
学校はパニック状態。叫び声や泣き声が響き渡っていた。
そんな阿鼻叫喚の中、零奈は俺を抱えて空を飛んだ。学校を捨てて空へ飛んだ。正確に言えば、跳躍だが。
たった一回の跳躍で、この神社へ辿り着いたのだ。
意味が分からない。人間技じゃない。
そんな思考は止まらなかったが、もうなんかそれ以上のファンタジーを何度も目撃してるので、まあ跳躍ぐらいはスルーした。
問題はその後。
零奈は『ここで待ってて』と俺を本殿に閉じ込めたのだ。
多分、5時間ぐらい。今日の睡眠時間より長い。
そして、解放されたのがついさっき。
異常な状況だから怒りは湧いてこないけど、なんでもない日にこんな事されてたら多分キレてた。
「ごめんね、長い時間閉じ込めて……」
零奈は申し訳なさそうに謝罪しながら手を合わせる。
まあこの状況は零奈に非がある訳じゃないし……別に怒ってはないけど、説明は欲しい所ではある。
「全然気にしてないよ。てかさ」
「うん」
「体調はもう大丈夫なの?」
「えっ今その話する?」
「いやだって聞くタイミング無かったし……で、大丈夫?」
「……正直、本調子じゃないかな」
「だよな、顔色悪いし」
零奈はさっき保健室にいた時よりも、若干顔色が悪い。
「大丈夫大丈夫。暁理を護るぐらいはできるよ」
「護るか……なんか俺って情けないな」
「情けなくても、暁理は暁理だよ」
「情けないのは認めるのかよ」
「あはは!うそうそ!冗談だよ!」
零奈は笑いながら肩をポンポンと軽く叩く。
それが空元気なのは馬鹿な俺でも理解できた。
こんな状況だが、少しでも元気になってほしい。
それは、幼馴染ならば当然な願いだ。
どうにか出来ないものかな……そう思考を巡らせていると、
「……あ」
「ん?どうしたの?」
思い出した。
そうだ、こいつアレ好きじゃん。もしかしたら、元気になるかもしれない。
そう思い俺は隣にいる零奈をゆっくりと抱きしめる。
「……はぇ!?」
零奈の叫び声が耳元で響く。
「なになになになに?!??!!?!」
零奈が腕の中で軽く暴れる。
零奈は小学生の頃から、なにかある度に抱きついてきた。
正確に言えば、俺が泣いている時が多かった気がするが……とにかく、零奈は俺を元気にするために、安心させる為によく抱擁をしてきた。つまり、零奈はハグをすれば元気が出るという哲学を持っている。その哲学に則って、俺は今、零奈を抱きしめている。
「え?いやお前、これ好きだろ?元気でるかなーって」
「いやいやいやいや!ダメだって……今は!」
「でも昔はよく抱き合ってたじゃん」
「抱き合うって言うな!破廉恥!」
「破廉恥警察出動しちゃうか?」
「しない!」
そう叫びながら身体をバタバタさせていたが、次第に大人しくなっていき、いつの間にか俺の後ろへ腕を回していた。
「……はぁ」
零奈は小さくため息をつく。
俺の身体には零奈の体温、呼吸音、心音、匂い、感触が一切取りこぼされる事なく伝わる。
その全ては彼女の生存を肯定してくれる。
その事実が、不思議と魂に平穏を与えてくれる。
可笑しいな。零奈が元気になる為にした筈なのに、俺も小さくて温かな元気を貰ってしまった。
何秒経ったか分からない。だけど、俺たちは永遠のような刹那の間、言葉は無くとも通じ合っていた。
きっと、それだけは間違い無かった。
「……元気になったか?」
「……うん」
零奈はゆっくりと俺の身体から離れていく。それを俺は受け入れて、零奈から離れていく。
抱き合っている時は見えなかった零奈の顔は、夜の暗さでよく見えなかったが、耳が赤く染まっているように見えた。
雲の隙間から月明かりが差し込んだ瞬間、零奈は口をゆっくりと開いた。
「ありがと」
頬も耳も赤く染めながら、零奈は穏やかに笑う。
数秒の沈黙が流れた後。
ふと頭に思い浮かんだ疑問を零奈に投げかける。
「てかさ、俺が本殿にいた時、零奈何してたの?」
俺の言葉を聴いた零奈は顎に手を触れ『うーん……』と零し、気まずそうな顔をしながら答える。
「……助けを求めてた」
「助け?どこに?」
「それは……」
零奈は何かを数秒悩み、捻り出したような答えを零す。
「……『サテライト』に」
「……なにそれ?衛星?」
「うん……そうなるよね」
零奈は諦めのような『ですよね……』という顔を隠そうとしない。
「えっなに?意味、衛星じゃないっけ?」
零奈はそんな俺を見て小さく息を吐き、覚悟を決めたような顔で話出す。
「暁理。今から暁理にとって意味の分からない話をするね」
「意味の分からない?」
「うん。それでも、出来る限り理解できるように噛み砕いて説明するね」
零奈は深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始める。
「まず……私たちがいる世界とは別の世界があるの」
「……ん?」
初手から躓きそうなんですけど。
なに?スピリチュアルの話か?
零奈は自身の指を絡めさせ、どこか恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「それで、さっきの『人の顔』は世界と世界を繋ぐ扉だったの。こっちの世界への侵攻の為に」
「は、はぁ……」
零奈の話があまりにも突飛すぎて、あまり頭に入ってこない。
「暁理が読んでる漫画には異世界が出てくる事あるでしょ?それと似たようなものだと思って」
「異世界……」
まあそれなら理解できなくも無い。
「さっきのトカゲ人間は龍人。別世界の人間なの」
「は、はぁ……」
「他にも、天使とか悪魔とか吸血鬼とかがいるの」
「うん……」
なんとなく分かってきた。普通の人間がいるこの世界と異形の人間がいる別の世界の二つがある……ということか?
「つまり、この世界ともう一つ別の世界。世界が二つがあるってこと?」
脳内に浮かんだ疑問をそのまま投げかけると、零奈は少し間を置いてから答える。
「えっと……世界は二つじゃなくて……沢山あるの」
沢山?二つじゃないのか。
「へー……どれぐらいあるの?」
「現在確認できてるだけで……二億ぐらい」
「……んへっ?」
信じられないぐらい間抜けな声が出る。
二億?二億って……想像もつかない。
そもそも俺たちがいる世界ですら、広さを想像できないのに、それが二億……?
「それで、その二億以上ある世界を管理する組織。それが『サテライト』なの」
零奈は淡々と話を続ける。
「それで当然、この世界もサテライトは管理している。常にこの世界を監視していて、異常が起きたら対応する」
俺は零奈のその発言に違和感を感じてしまう。
「さっきの『人の顔』は異常じゃないの?」
「あれはすんごい異常だよ……普通ならサテライトが出動する案件。でも……来なかった」
零奈の顔が暗くなる。
話の内容は全然理解できてないが、嫌な予感がする事はわかる。
「こっちから通信を送っても一切返ってこない」
零奈の顔がさらに暗くなる。
「この世界は今、断絶されてる。侵攻してきた世界以外は干渉できない可能性が高い」
「つまり……」
「つまり……助けは来ない。私以外で戦える人間が、この世界にはいないの」
そう零す零奈の顔には分かりやすく絶望が浮かんでいた。
「いやいや!零奈超強いじゃん!さっきの凄かったし!」
「……でも」
零奈は長い黒髪の先が床に着くほど顔を落とす。
「暁理が……」
小さな声で、あまりにも小さな声で出力されたその言葉の意味を理解するのは、今の俺の混乱した頭ではできなかった。
それよりも先に、純粋な疑問が先行してしまった。
「……そもそもなんで奴らはこの世界を攻めてきたの?」
その疑問を投げかけた瞬間、零奈は肩をビクッと揺らす。
「それは……」
零奈が何かを言いかけた次の瞬間。
「……来た」
零奈が勢いよく立ち上がり、何も無い空間から再び黒い鎌を顕現させる。
「うわっ!?」
黒い鎌には赫い焔が纏われており、その焔は俺の内臓まで焼き尽くされそうな程に熱い。
「零奈……?」
零奈は真っ直ぐに空を見上げている。
俺もつられて、零奈が見ている空を見上げる。
「ッ……!!」
そこには先程と同じ、巨大な白い『人の顔』があった。
大量の異形を吐き出した口。
養護教諭を殺し、俺を殺そうとした化け物達を吐き出した口。
「零奈ッ!!あれ!!」
「大丈夫」
無意識に出力された叫びを遮るように、零奈は力強い言葉を発する。
「元気貰ったから……大丈夫」
鎌を振り上げ、ゆっくりと振り返る。
「暁理は……私が護るから」
零奈は俺の顔を見ながら、優しく強く微笑んだ。
そして今、『人の顔』の口が再び開く。
お読みいただきありがとうございます。感謝の極み。
ここ最近は毎週投稿してますが、明日から仕事がガチ忙しくなるので、来週投稿できるか分かりません。誠にごめんなさい。
あと、1-1から1-6までの一部を書き直しました。
話の本筋は変わっていませんが、台詞や設定を一部変更しています。ご了承下さい。




