1-6 クズ
「……とりあえず、色々処理しないと」
零奈は俺の反対側へ顔を向けて、冷たく呟く。
それは明らかに、幼馴染の俺を拒絶する行為。
「……待って!零奈!」
抵抗するかのように、無意識に喉から叫びが出てしまう。
「……」
しかし、零奈は俺の叫びを無視して足を動かし始める。何処かへ逃げるように、少し強い風のように足を動かす。
「零奈!」
もう一度、力強く叫ぶ。
しかし、零奈は一切振り返る素振りを見せず、淡々と一定のリズムで足を動かす。
分かってる。分かってるよ。
俺は零奈に最低最悪な顔を見せてしまった。
きっと『人殺し』を見るような顔をしてしまった。
零奈は救けてくれたのだ。護ってくれたのだ。
あのトカゲ人間から。あの人型の化け物達から。
それなのに、零奈に向けてあんな顔をしてしまった。
そして、零奈にあんな哀しい顔をさせてしまった。
「ッ……」
それだけは、絶対にやってはいけない事なのに。
「零奈ッ!!」
いつのまにか駆け出していた。
叫びながら飛び出していた。
そこに、理性も合理も無かったような気がする。
そして3秒にも満たない時間で、零奈との距離が5mまで近づいた瞬間だった。
「やめて」
零奈は先程まで命を刈り取っていた鎌を俺の眼前に向ける。
「これ以上近づいたら、殺すから」
その声は氷のような冷たさで、その眼はタールのように沈んでいた。
それは、拒絶。
もうそこに、いつもの零奈なんて存在しなかった。
……けれど、違う。
違うのは、分かる。
零奈のその脅しは───
「……そんなつもりないだろ」
俺は鎌を掴む。
「───」
零奈は驚きを隠そうとしない。
手には鋭い激痛が疾り、赤い血が流れ始める。
だけど、俺はこの手を離さない。
零奈の発言は嘘だと分かっているからだ。
零奈の発言からは殺意が見えない。
自慢じゃないが、俺は人の悪意に敏感だ。
人への恨みや嫉み、妬みや憎しみを感じる事が得意だ。一切の得は無いが。
殺意も悪意のカテゴリーだろう。
殺意なんてあんまり感じる機会は無いが、さっきのトカゲ人間が俺に向けた殺意や、零奈がトカゲ人間に向けた殺意を感じ取れた俺なら分かる。
「……なんで分かっちゃうかなぁ」
零奈は小さな声で呟く。
似合わない程に弱々しく、か細い声。
そんな零奈に答えるように、力強く答える。
「零奈が分かりやすいんだよ」
「そうかな……」
一瞬、無音が響き渡る。
「……ごめんな、あんな顔して」
無意識に懺悔が溢れた。
零奈はその言葉を聞いてから、少し間を置いてから淡々と応える。
「……別に、私が人殺しなのは本当だから」
「でもっ……零奈は俺を救けてくれたんだろ……?」
「……」
零奈は答えない。なにも答えない。
目線を落としたまま、言葉を紡ぐ事はない。
「人を殺してでも、俺を救けてくれたんだろ?俺のた───」
「───もっと前から殺してる」
俺の言葉をかき消すその告白は、
「私はたくさん人を殺して、たくさん人を傷つけて、たくさん人を終わらせてきた」
それはまるで嘔吐のように、激しく流れ落ちる後悔だった。
「私は暁理の知ってる私じゃない。私は間違えた。間違えたまま、ここまで来てしまった。ただのクズなの」
目が合わない。地面と眼を合わせている零奈の顔は、乱れた前髪に隠れて見えない。
だけど、その声は震えていた。掴む鎌も、足も、髪も震えていた。
「私は……私は」
零奈の何かが零れようとした瞬間だった。
「───違う!」
俺は無意識の内に鎌から手を離し、零奈を抱きしめていた。
「零奈は零奈だ。それは間違いない」
言葉が零れる。反射的に零れていく。
「零奈はッ……!零奈は明るくて優しくて……俺が苦しい時に、何度も励ましてくれて、側にいてくれた……」
ただ零れる。
励ますための言葉じゃない。
「零奈は俺の……自慢の幼馴染だ」
ただの事実をただ伝える。
「人を殺してようと、間違えようと、クズでも俺の大切な幼馴染」
「零奈がクズなら、俺もクズだよ」
「……」
零奈は腕の中で少しだけ動き、ゆっくりと俺の胸に顔を埋める。
「零奈……?」
その問いかけの数秒後、零奈は小さく震えた声で言い放つ。
「……ばーか」
「なんで!?俺なりに励ましたつもりなんですけど!?」
「うるさいぃ……」
零奈は俺の胸に顔を埋めたまま、肩を小さく揺らす。
「……はぁ」
俺は零奈の頭を撫でる。そして同時に痛感する。
今、目の前に零奈がいる。それだけで、心の中にある器が満たされていくのを感じる。それほどまでに、零奈の事が大切なんだと理解する。
零奈が人を殺していようと、人を傷つけていようと、人を終わらせていようと、どうでもいい。
それ以上に零奈が大切だと理解してしまった。
だから、俺もクズだ。
それだけは世界がひっくり返ろうとも、絶対に変えることの出来ない事実だろう。
気がつくと、零奈の肩の震えは止まっていた。
何か次の言葉をかけようと、脳を動かし始めた時だった。
「……やるしかないよね」
そう零奈が呟いた瞬間、床に転がっていた黒い鎌が一瞬で消えた。
「……んえっ!?」
間抜けな驚きが漏れる。
しかし、零奈は俺の驚く声を無視して血まみれの俺の手を掴み、申し訳なさそうな声で話し始める。
「今から暁理が理解できない話をする。でも理解しなくて良い。ただ私を信じて」
握られた零奈の手はさっきまでの手の冷たさではなく、まるで炎を纏ってるかのような温かさを宿していた。
「……なっ、なにを?」
純粋な疑問を投げかけると、零奈は淡々と衝撃的な言葉を放つ。
「このままだと、この世界の人間は死ぬ」
「……えっ?」
「全員死ぬ」
「えっ?えっと……?」
普通に理解出来ない。死ぬ?この世界の人間が?
な、なんなんだ?隕石でも落ちてくるのか?
そんな困惑を他所に、零奈は話を続ける。
「でも……せめて暁理だけは逃がしたい。だから、お願い」
手を握る力が強くなる。
「私と一緒に来て」
言っている意味は分からなかった。
しかし、その眼には偽りなんて一切無かった。
それだけで、分かってしまった。
零奈は世界中の人間と俺の命を天秤に掛けたとき、俺の命を取ろうとしている。
「ッ……」
だからこそあまりに重い発言。重い事実。
どう考えても、俺の命と俺以外の人間の命は釣り合ってない。
俺の命に価値なんてある訳ない。
世界中の俺以外の命は尊いもので、俺の命は無くても良い。「さっさと死ね」と親から言われた事を思い出す。俺は零奈以外の人間だったら、きっと断っていただろう。
でも、零奈の顔を見て、首を横に振る事は出来なかった。
零奈の眼に映ったその覚悟を見てしまった以上、簡単に無下にする事は俺には出来なかった。
「……分かった」
この選択が、俺の人生最大の過ちだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回、書き終わった後の読み直しで「なんか違う……」となって半分以上展開書き直してる為、所々変な表現あるかもしれません。そこは随時修正させていただきます。
ご了承下さい。




