5-15 これからどうするか
8月2日の19時52分。
突き刺すような直射日光が黒色に覆われた代わりに、鬱陶しい程の蒸し暑さが体に纏わりつく時間帯。
しかし、我々はそんな蒸し暑さからはかけ離れた空間に避難していた。
「番号札196番でお待ちのお客様ー! お待たせいたしましたー!」
店員さんの声が店内に響き渡る。
俺は196番と書かれた白い印刷物を持ちながらカウンターに向かい、ハンバーガーとフライドポテト、ドリンクが置かれたトレーを受け取る。
「ありがとうございます」
そして、トレーを持ったまま階段を上がる。2階には客がほとんどおらず、壁沿いに備え付けられた6人掛けの席に5人だけ。
俺はそこを目的地とし、足を動かす。
「おかえりなさい」
シロアはふわりと微笑みながら椅子をずらして、俺を座りやすくしてくれる。
「あんがと……でさ」
俺は座りながらトレーを机に置き、5人に向けて問いかける。
「なんでマックなの……?
対面には戒刃。その隣には真弓と雷矢。
俺の隣にはシロア、そのさらに向こうに槍華。
さっきまで命のやり取りをしていた筈なのに、俺達はなぜかマックにいるのだ。
「えー? だって暁理がご飯食べよっていったんじゃん」
槍華はそう言いながらビッグマックにかぶりつく。
隣のシロアも、幸せそうにエグチを夢中で頬張りながらコクコクと頷く。食いしん坊か? この2人。
「真弓、ポテト美味しい?」
「……おいしい」
雷矢はポテトをつまみ、真弓の口元へ運ぶ。それに呼応するように、目が腫れ上がっている真弓は小さく口を開いてポテトを咀嚼する。
側から見ればカップルだけど、双子の姉弟なんだよな。
「……なんか、緊張感ねぇな」
戒刃はため息をつきながらホットコーヒーを啜る。
その言葉は愚痴のようにも、慈愛のようにも聞こえ……待ってこいつ夏なのにホットコーヒー? エアコン効いてるとはいえホットコーヒー飲むの? 通すぎない?
「……まぁ、いいか」
俺はハンバーガーの袋を半分開けて、サムライマックを一口齧る……うまっ。神がかりにうまい。咀嚼すればするほど、肉汁となんかよく分からない旨みが身体中に広がる。ドーパミンが物質化したら多分サムライマックみたいな形になると思う。サムライマック、生まれてきてくれてありがとう。
「……いやいや! それより!」
俺はハンバーガーをトレーに置いて、口を開く。
「今後の方針を決めよう。そのために、まずは状況整理だ」
俺のその言葉にシロアと戒刃が頷く。
「……あー、その前に、ちょっといい?」
雷矢が手を挙げる。
俺達は反射的に彼の方へ顔を向けると、雷矢は頭を下げた。
「みんな。ごめん」
「……私も、ごめん」
2人はまるであらかじめ話していたかのように、深々と頭を下げた。
「みんなに、最低な事をした……」
そう零す真弓の声は震えており、まるで叱責を恐れる子供のような雰囲気を纏っていた。
ただ……
「……なんのこと?」
無意識に言葉が零れる。だって謝られることなど、されてないはずだ。
「……えっ」
真弓は顔を上げて、信じられないものを見るような表情をした。
「いや、だって……暁理にビンタしたじゃん……」
「あーそれか。別にそんなの謝る必要ないよ。気にするなって」
俺はひらひらと右手を振る。
実際、気にしてないし。本当にそこまで畏って謝られる必要はない。
それを見た槍華は軽い声色で2人に語りかける。
「そうだぞー。暁理なんてな、俺の腕を引きちぎってるからな」
「「えっ」」
双子の声が重なる。爆弾をぶち込むな。
「ごめんって」
俺が手を合わせて槍華に謝罪すると、槍華は揶揄うようにニヤニヤと笑う。根に持つタイプなのかよ。
そんなことをしていると、戒刃が呆れたように口を開く。
「つーかそれはどうでもいいんだよ」
「俺の腕が引き千切られたことが?」
「ああ」
「ひっど!! 聞きました暁理さん!? 腕を引き千切られた事をどうでも良いって!! 全く!! 引き千切った奴の顔が見てみたい!!」
「俺だよ」
なんで戒刃じゃなくて俺の顔が見たいんだよ。恋してんのか?
「で……雷矢。いくつか聞きたいことがある」
「もちろん。全部話すよ」
雷矢はそう言うと、爽やかな顔に陰りが見える。
「……でも、ごめんね。正直、俺にも分からない事が多いんだ」
雷矢は深く深呼吸をして、硬い声で断言する。
「俺はもう死んでます」
その言葉に、雷矢以外の五人全員が息を呑んだ。
雷矢は俺達の反応を一瞥すると、何事もなかったかのように言葉を続ける。
「俺は佐藤に殺されました。俺の死体も見ましたよね。あれは本物です」
「っ……」
真弓は雷矢の言葉に顔を歪ませる。その眼には雫が溜まっており、今にも決壊しそうだった。
しかし、雷矢の話には明確な矛盾がある。
「じゃあさ……今の雷矢はなんなの?」
俺は目の前で話している雷矢を指差す。
理に反した矛盾が、目の前で起きている。
生きている雷矢と、死んでいる雷矢が共存しているのだ。
雷矢は俺の言葉に少し申し訳なさそうな顔をし、口を開く。
「……こっちも、本物です。多分」
「……ん?」
その言葉に、全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ気がした。
両方本物?
「順を追って説明します。まず、俺は佐藤に殺されました。その記憶もあります。ただ……その後の記憶は、真弓が俺の死体の前で泣いている記憶なんです」
「……私の?」
真弓は眼から一粒の雫を零しながら問いかける。
たしか真弓の話では、死体の雷矢の前で泣いていたら、背後から生きている雷矢に声をかけられたらしい。
そして真弓は、死体の雷矢をなかったように振る舞い、生きている雷矢を真実として振舞っていた。
はっきり言えば現実逃避だが、その気持ちは分からなくもない。むしろ、同じ立場に置かれたら同様の行動をしてしまうかもしれない。
もし死んでいる零奈と生きている零奈が同時に存在していたなら、きっと生きている零奈に縋り付くだろうから。
「お前、よくまともでいられるな。目の前に自分の死体あるのに」
戒刃はどこかテストの点数を褒める同級生のようにに口を開く。
それに呼応するように、雷矢は謙遜しながら答える。
「いや……流石にびっくりしたよ。だって殺された記憶はあるし、目の前に自分の死体があるし、混乱するよ」
「でしょうね」
反射的に言葉が漏れる。
殺されたのに生きてる。しかも目の前に自分の死体がある。
ホラー以外のナニモノでもない。
「一瞬、幽霊になったのかと思ったけど、ちゃんとモノとかには触れるし……これに関してはよく分からないんだ。でも、一つだけ言えるのは、今の俺も、あの死体も両方本物だよ」
「……じゃあ、次の質問」
戒刃は低い声色で問いかける。
「なんで佐藤に殺された」
その言葉に、雷矢は少しだけ哀しそうな顔を見せた。そしてゆっくりと、何かを諦めたように口を開く。
「……俺は、母さんが殺された時の事件を追っていた」
「……お母さん?」
真弓は雷矢の言葉に反応する。
2人の母親は2人の父親に殺されている。肉親が肉親を殺すという凄惨な事件が起きていた。
しかし、実際は佐藤がそのように自作自演をしていたらしい。最低最悪の裏があったのだ。
「許せなかったんです。母さんが殺されたのも、お父さんが無実なのに逮捕されたのも」
雷矢はテーブルの上に置いた拳を握りしめる。
「何より、母親殺しの噂で真弓が傷つくのを見てられなかった」
そう言い放つ雷矢の声は強く、鋭く、痛々しかった。
「そもそもがあり得なかったんです。父さんも真弓もアリバイがありましたし、どう足掻いても母さんは殺せなかったはず。なので、その逮捕のきっかけを作った報道をした佐藤の事務所とか家に潜入してたりしたんです」
「やべぇことやってる」
「それはそれで逮捕されるやつじゃん」
俺と戒刃が反射的に言葉を放つ。
行動力の化身じゃん。
「そしたら……佐藤に目をつけられて、殺されました」
そう言う雷矢の仕草は、悪戯がバレた子供のようだった。
「殺されそうになって家まで逃げて、でも結局殺された。殺された時、包丁は一本だけだったけど、死んだ後に二本追加したっぽいね」
雷矢は笑いながらポテトをつまむ。
「そんなあっさりと……」
「もう飲み込んでますから。とりあえず、俺の話は全部しました。次はあの2人をどうするかです」
雷矢は笑いながら話を転換する。
しかし、俺はその雷矢の落ち着き具合に違和感を感じた。
なぜなら、佐藤や鬼兵と同じく、俺達は雷矢にとっては異常の筈だ。
そう思い、俺は雷矢に質問をする。
「……俺達のことは聞かないの?」
「あ、はい。『サテライト』ですよね。佐藤の事を調べてる間に知りました。異世界とか超常を司る組織ですよね」
「……こわ」
知ってるのかよ。てか、佐藤達も『サテライト』の事は知ってんだな……いやまぁ、あの口ぶりなら当然か。
「いや待て。さっきの雷……命術はなんだ」
ふと、戒刃が雷矢を指差して問いかける。
すると、雷矢はどこか哀しそうに笑いながら答える。
「あれは死んだ後に出来るようになったんです。別に前々から出来てた訳じゃないですよ」
雷矢は眉を下げながら気楽に笑う。しかし、戒刃はその言葉に懐疑的な顔を浮かべていた。
「……死んでから?」
「はい」
「そんなことがあり得るのか……?」
戒刃は顎に手を当てながら呟き、そのままなにかを考えていた。
「……」
会話が止まった一瞬、なんとなく、俺はその隣にいる真弓へ目を向けた。
予想通りではあったが、彼女の顔は憔悴し切っており、間違いなく混乱していた。俺はそんな彼女へ向けて声をかける。
「……真弓は大丈夫?」
「えっ……?」
真弓は摘んでいたポテトをトレーに落とす。
そして、目線を机に落としながら言葉を落とす。
「……大丈夫じゃないかな」
真弓はそのまま、首を絞められたような声で言葉を続ける。
「雷矢が生きてるし……みんな変な力使ってるし……変な人もいたし……お母さんを殺した人は別にいるってわかっちゃったし……色々混乱してる」
「だよなー……ごめんな」
「なんであやまるの」
俺の言葉に、真弓は申し訳なさそうに笑った。
真弓は雷矢が生きていること、母親を殺したのが佐藤である真実、それに、命術という異常・超常を直視したのだ。混乱するのは至極当然だろう。
「……まぁ、今じゃないな」
ふと、戒刃は諦めたようにため息を吐いた。そして、そのまま再び口を開く。
「話を戻すか。まず、敵は2人。『マガル・デザイア』を所持している佐藤と鬼兵。そして、奴らの目的は大まかに言えば『大阪駅を爆破すること』だ」
「今聞いてもバカみたいだよな」
「ああ」
槍華の言葉に戒刃が同意する。
確かに、バカみたいな目的だ。
だが、佐藤の目的に関してははもっと根深いような気がする。
奴は大阪駅を爆破すると同時に、命術や鬼の存在などを公表する事や、俺達と戦って英雄になるとほざいていた。
つまり、奴には目的が複数あるのだ。
目的達成のどれかが叶わなくても、一つでも叶えば奴の望み通りになるという、非常に好都合な願望。
「……」
しかし、奴の発言には違和感がある。
なんというか、一貫性があるようでない気がするのだ。
あいつはもっと根深い願望があるような気がする……
「……まぁ、いいや」
とりあえず、今はそれを考える暇はない。
「……どうやって勝てばいいんだろ」
今、考えるべきはそれだ。
鬼兵と佐藤にどうやって勝つか。
俺達は既に鬼兵との戦闘で負けているのだ。4人がかりでも勝てなかった。
どうすることもできない気がするけど……
「……」
沈黙が落ちる。
誰も勝ち目がないことは分かりきっているから。
そんな時。
「やほー」
気の抜けた成人女性の声が聞こえてくる。
声の方向には、半袖のTシャツとデニムの短ズボン、長い緑髪を靡かせながら現れたのは。
「ゲノムさん!?」
我々は上司であるゲノムさんだった。
お読みいただきありがとうございます。
めっちゃ中途半端なところで終わってますがご了承ください。




